第244話 深海ダンジョン調査隊 3
《sideシェルフ・マーメイド》
海は広い、世界の七割は海で出来ている。海では熾烈な争いが繰り広げられて、海域を取り合うための戦いが日夜繰り広げられていた。
「シェルフ様、ハンギョ共が侵略を訴えております。撃退されますか?」
最近になってダンジョンマスターになった半魚人の若造が、妾に戦いを挑んできていた。若造が妾に挑むなど笑止千万。
この世は弱肉強食。弱い者は淘汰されるだけよ。
「挑まれた戦いを引くことなどできるかものか! 戦じゃ!」
「はっ!」
海の中は、戦いと共にある。
ナメられた者は淘汰され、滅びを迎えるだけだ。
地上? なんだそれは? 弱者どもが生きる地などどうでもいい。
海には化け物がいくらでも存在する魑魅魍魎の巣窟じゃ。
小さな世界で、海の中に入ることもできない者たちなどどうでもいい。
「ふぅ、なんとか凌いだのう」
「シェルフ様、最近はこの海域も荒れてきておりますなぁ」
長老である亀の姿をした爺は昔からの私の教育係だ。
私を試すような瞳を向けてくる。
深海ダンジョンダンジョンマスター三代目として舐められるわけにはいかない。
「力を示せば良いのだ! この海域はマーメイド族の物だ」
「それならばよろしいが」
どいつもこいつも私を馬鹿にしている。
数百年も生きる妾は、深海ダンジョンの三代目として、十分にこの海域を支配してきた。
「シェルフ様、最近地上から海に降りてくる者がいるようです」
「地上? お前は馬鹿か? 地上の者は海の中で息もできぬのだ。降りてきたからと言ってどうとでもなる」
「それならば良いのですがのう」
報告にきた海兵に私は苛立ちをぶつけてしまう。
爺は小言をいうように、不安を口にする。
どいつもこいつも、私が本気になれば、半魚人の若造など簡単に滅ぼせる力があるというのに、イライラとさせる。
「シェルフ様! また半魚人共がきました! しかも、今度は海怪々を連れてきているようです!」
「なんだと!」
宮殿を出れば、巨大種と呼ばれる海の怪物がこちらに向かってきている。
「海坊主はどうした?」
「もうやられております」
「くっ、使えんな。妾が出る。準備を致せ」
三又の矛を手に取り、ダンジョンを出ようとしたところで、世界が一変した。
圧倒的な熱量と紫の光が、海を照らして全てが吹き飛んだ。
それは海の水が割れ、宮殿から空と太陽が見えた。
「はっ?」
敵も、味方も、海すら消え失せ。
歪みのない太陽が宮殿を照らし、地上から一人の男がこちらを見下ろしていた。
何が起きたのか理解できないまま、海は元に戻っていた。
妾は、ダンジョンに戻って自身の椅子へ腰を下ろした。今まで妾の周りで慌てていた海兵も、攻め込んできた巨大種も、半魚人共も一瞬で消え失せた。
ダンジョンから生まれた魔物も、他のダンジョンから生まれた魔物も、全てが魔石へ変わってしまう。
「なっ、何が起きたというのだ?」
「シェッ、シェルフ様、これは!!!」
「長老? 何が起きたのかわかるのか?」
全く状況が理解できない。
恐ろしい海の怪物も消滅して、どこにもいなくなった。
「ちっ、地上の人間による襲撃だと考えられます」
「はっ?」
「ですから、地上の人間が攻めてきたのです」
「何を言っているのだ、爺。いくらお前の言葉でも」
「私は千年を生きる者です。前に同じ現象を見たことがあるのです」
「なっ!」
あのような所業を地上に生きる者ができるというのか? それも千年も前から? 生きている者が攻めてきた? それは我々に勝ち目があるはずがない。
「爺、どうすればいい? 妾は死ぬのか?」
死は怖い。怖いが、妾の死で皆が助かるのであればそれもやむなし。
「まず、間違いなく敵対すれば種族全てが死に絶えることでしょう。私が知る所業をなすことが出来る者を、地上では魔王と呼びます。魔王は世界を破壊する者ですじゃ」
世界を破壊する者。
魔王。
そうか、妾は破壊神に目をつけられたのだな。
「手立ては、何もないのか?」
「私が考えられることは三つですじゃ」
「聞こう」
爺は、長老であると同時に我が軍の軍師でもある。
耳に痛い言葉であろうと、それは妾らマーメイド族を生かすために言ってくれていること言葉なのだ。
「一つは、破壊神が海を割るためには魔力が必要です。今回のことで大量の魔力を消費したと考えられます。今を狙ってこちらから攻め込み魔王を倒しますじゃ」
「こちらの戦力もかなり削られたが、やれるか?」
「正直、厳しいと思っておりますじゃ」
爺が顔を歪め言葉を探すのに苦心している。
それは勝算が少ないということだ。
「次は?」
「姫様の美貌を武器に魔王を籠絡するのですじゃ」
昔の呼び名である姫様と口にする爺。
動揺がそれだけで感じられる。
「籠絡? そっ、そんなことを妾ができると」
「全ては種族のため、そして生き残るためでございますじゃ。姫様は美しく、歌とダンスがお上手です。それを武器に籠絡を」
「……最後の手立てはなんだ?」
これほどまでに勝算が薄いのか? だが海を割るほどの相手に確かに勝てるとは思えぬ。
「全面的に降伏して、相手の出方に全てを従いますじゃ」
「生殺与奪の権利を、相手に委ねるというのか?!」
「そうですじゃ。敵対すれば確実に滅びまする。しかし、降伏ならば、万に一つの可能性を残せるかもしれませぬ。こんな老耄の命で良いのならば、いくらでも差し出しましょう。ですが……」
爺の瞳に妾は覚悟を見た。
そうか、お前はそこまでの思い詰めて種族を守ろうとしていたのか。
「わかった、魔王がどのような人物なのか、話をしてこよう。礼儀を優先する。妾一人で向かう」
「それがよろしいかと」
妾は残された者たちに見送られて地上を目指した。
そして、ダンジョンマスターとしての能力を使って、近くにいるダンジョンマスターの位置を確認して会いに行った。
《侵略を開始しますか?》
《目の前に静かな眠りダンジョンのダンジョンマスターがいます》
「ようこそ、深海ダンジョンのマスター殿」
海にはいない、白く軟弱な肌をした男。
だか、男からは得体の知れない恐怖が漂っており、妾は確信する。
この男が魔王だ!
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