第43話 覚悟

《Sideリンシャン・ソード・マーシャル》


 あの日、ルビーに負けた後に意識を取り戻した私の横にはダンがいた。


「うっ、うん。ここは?」

「よう。目が覚めたか、姫様」

「ダン、ツッ!!そうか……私は負けたのか……」


 顎に残る痛みと、未だに揺れる視界。

 ダンがいる安心感と共に、ルビーに負けたことを実感する。デスクストスが言うことが正しかったような喪失感が胸を締め付けた。


「ああ。負けた。俺たちは二人とも負けたんだ」

「なんだ?お前は悔しくないのか?!」

「悔しいさ。悔しいから、俺たちは理解しなくちゃいけねぇ」

「……何をだ?」


 私は揺れる視界を閉じて、顔を腕で隠しながら問いかけた。


「俺たちは間違っていた」

「間違ってなど!」

「間違ってんだよ!!!!誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろよ!!!」


 否定する私に対してダンが怒鳴り声を上げる。

 それは今までの彼とは違う叫びだと理解できる。


「……ダン」

「いいか、リューク・ヒュガロ・デスクストスは強い。

 それもとんでもなく強いんだ。あいつの家が悪さをしてる?そんなこと知らねぇよ。

 あいつ自身は強さを手に入れるために努力してんだよ。それを認めて理解しろ。

 俺たちは強くなる努力をあいつ以上にしないと勝てないんだ!

 リンシャン!お前はあいつよりも弱い!」


 それは私も考えていたことだ。


 強さをもっている相手であること。

 奴を慕う者達がいるということ。


 奴個人は何か悪いことをしたか?と聞かれれば何もしていない。

 やる気無く何もしようとしないといった方が正しい。


「すまん。言い過ぎた」

「いい。私も……自分で考え始めていたことだ……」

「よし。寮に帰って美味い物食べようぜ。腹がへっちまったよ」

「ああ」


 ダンに肩を借りて部屋に帰った後も、私はリューク・ヒュガロ・デスクストスについて考えていた。


 それからの日々は、リューク・ヒュガロ・デスクストスを目で追う日々だった。

 負けた手前、ダンジョンでは奴の言うとおり効率的にレベルを上げた。

 マーシャル領にいたときは危険な魔物が多かったので、戦える相手は限られていた。

 そのため騎士に守られ、少しずつレベルを上げるのがやっとだった。


 だが、魔物が弱いこともあるのだろうが、リューク・ヒュガロ・デスクストスの言うとおりに魔物を倒して行けば、二週間ほどで私はレベル10に達していた。


 レベル10は騎士としては駆け出しとして認められるレベルで、基本的にレベル20からが騎士として認められるレベルになる。

 身の軽さを味わい、眠らされる前の魔物に気づいて簡単に倒すことができた。

 奴に咎められるかと思ったが、奴は何も言わずにただ近づく敵を眠らせ続けていた。


 ミリルも弓を撃てる範囲が広がり威力も上がった。

 ルビーの素早さや隠密力も高まっている。

 レベルを上げることで、各々が得意な分野がレベルアップしているのが実感できた。


 いよいよ課外学習本番という頃には、私のレベルは15にまで達していて、浅瀬であれば一人でダンジョンにチャレンジしても問題ないレベルになっていた。


 出発の際に準備万端にして行ったつもりが、三人からダメだしを受けた。

 荷物を減らされ、防具も最小まで減らされてしまった。

 実際、身軽で動きやすくダンジョンに必要なかったのでミリルの説明も実感できた。


 いつも通りリュークの魔法で魔物を倒す課外授業初日には、私のレベルを16にした。

 こんなにも簡単にレベルが上がっていくのは、今まで感じたことがない。

 夜になると、奴が用意した天幕の中で寝ることが出来た。

 それも奴のお陰で安全に休むことが出来た。


 全て、リュークが起点となっている。


 先に眠ってしまったリューク、女子だけで話す機会が出来てミリルとルビーに謝罪することができた。

 今までの私はリュークを敵視するあまり、二人のことを考えていなかった。

 それはリュークが言った言葉が正しかったことを認めることになるが、ここまで効率よくレベルが上がって二人が強くなったのを見ている私は認めるしかない。


 奴を見るようになって……奴自身は無害で、様々なことに気を使っていることがわかってきた。


 自分の派閥の者達がリュークに命令されて嫌なことをすることもない。

 傲慢な貴族は、下の派閥に悪さを命令することがあるが、リュークは何もしない。


 派閥の者達がのんびり出来るように、休憩時間にはどこかに居なくなる。

 リュークが教室から居なくなれば教室内でのもめ事も起きない。(基本的にもめていたのは私だった)


 考えるあまり眠りが浅くなり、ふと気がついたときリュークがベッドからいなくなっていることに気づいた。簡易な装備だけ持って、私は天幕を出た。


 リュークの姿を追いかけて気配を辿った先にリュークがいた。


 まだ明け方の暗い時間、リュークは一人で鍛錬をしていた。

 格闘術で身体を動かしながら、魔法を発動して、武術と魔法を融合させるような独特な型を実戦していた。


 ……見惚れてしまった。


 滑らかな型に、鍛え上げられた身体、美しい魔法はどれだけ鍛錬すれば辿りつけるのかわからない。ダンが言った意味をやっと理解できた。

 私は……気がつけば奴に襲いかかっていた。


「くっ!さすがだな」


 あっさりと躱されてしまう。


「なんのつもりだ?本当に殺されたいのか?ここは学園でも、成績ランキングでもないんだぞ。ダンジョンでお前を殺せば証拠も残らない」


 威圧を受けて、初めて分かる。リュークは強い。


「……それが本来のお前か?」

「はっ?」

「気配を消して、ずっとお前が起きてからの行動を見ていた。激しい肉体の鍛錬。それをしながらの魔法発動……凄い技術だ」


 これが本来のリューク・ヒュガロ・デスクストス……。


「ハァ~、何がしたいんだ」

「私と戦え」

「また、それか……お前は本当に戦うことしかできないのか?」

「……私がバカなことはもうわかった!」


 私は自分の目でちゃんとリュークを見ていなかった。


「デスクストス公爵家が我が家にとって、敵なのは変わらない。

 だけど、お前が私の敵なのかどうかは……私にはわからない」


 家族の話を疑うわけじゃない。

 でも、私にはリュークが敵には感じられない。


「ずっと私はお前を敵視してきた……だけど、ダンは言ったんだ。誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろって」


 ダンの話をすると、リュークは深々と息を吐いた。


「一度だけだ。模擬戦として戦ってやる」

「本当か!!!」

「但し、金輪際ボクに対して戦いたいと言ってこないことが条件だ」

「ありがとう!」


 嬉しかった。戦うことで語り合えることもある。


「何をかけての戦いだ?」

「何も……私は、戦うことで相手と会話していると思っている。お前と戦うことで分かることがあると信じているんだ」

「そうか。戦闘バカだな」


 奴が初めて笑った顔を見た。少し胸が痛い。


「いくぞ」


 もっとも得意な一撃で初撃を放つ。

 しかし、躱されて腕を掴まれそうになった。


「やらせるか」


 何度攻撃を仕掛けても当たらない。


「くっ!ハァハァハァ」


 息を切らした私の元へリュークから初めて攻撃を仕掛けてきた。


「ぐうっ、まだだ」


 奴が仕掛けた攻撃を掴んで共に倒れる。


 なっ!!!


 私の唇にリュークの……!!!!!!!!!!!!!


「んん」


 リュークは何もなかったように離れていく。


「チェックメイトだ」


 そういってデコピンを受けた。


「ハゥッ!」


 衝撃が強すぎて立てない。


「ボクの勝ちだ。金輪際、ボクに戦いを挑むなよ。ハァ~シャワー浴びてこよ」


 去っていくリューク……私の初めては……リュークと?一気に顔が熱くなる。


「二人の元へ戻るのはまだ無理だ」


 私は顔の火照りを冷ます為に辺りを歩いているうちに違和感に気づいた。


「なぜだ?魔物がいない?」


 違和感を覚えた私はしばらく散策をして天幕へ戻り、ミリル達に異変を報告した。


 リュークは眠っていて、彼の顔を見るだけでドキドキしてしまう。


 今……私の横にはリュークが寝ている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る