前夜 2 

《side ジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロス》


 小国家郡と呼ばれた国々は全て滅びを迎えた。

 通人、亜人、精霊、魔人、多種多様な種族が混じり合う帝国は、規律と法律が整備された。


 領土は隅々まで人々に帝国に屈するのか、それとも抵抗するのか問いかけた。

 

 従う者は受け入れ、反発する者たちを薙ぎ払い、死体の山を作ったことは懐かしい。


 帝国人として生まれた私は、戦争をしていない年を知らない。

 生まれてから、二十歳になるこの年まで誰かがどこかで争いをしているのが当たり前なのだ。


 そして、私もその一人として将軍になり、戦争に身を投じてきた。


 だからこそ、帝国の悲願と言われていた小国家群の統一が成し得たことは大きな意味を持つ。もう戦争をしなくても良いのだ。


 帝国はお祭り騒ぎで、統一を喜んだ。

 だが、これは序章であったことを知ることになる。

 帝王様によって、軍の最高責任者たちであるイシュタロスナイツ。

 文官の最高責任者である宰相やその無形が呼び出されて帝王の前で膝を突き、頭を下げた。


「まずは、皆のお陰で悲願であった小国家郡は統一されて、帝国の基盤を作ってくれたこと感謝する」


 帝王カウサル・バロックク・マグガルド・イシュタロス様からお褒めの言葉をいただけるなど、今までの人生ではありえない言葉だった。


 これは帝王様が人生を賭けた事業あり、それを成就されたことは喜ばしいことだ。


「「「「「悲願達成おめでとうございます」」」」」


 皆で声を揃えて、祝いの言葉を発する。


「うむ。これにより帝国は最も巨大で、強力な国として完成した。だが、これでは終わらぬ」


 私は帝王様の言葉に耳を疑った。


 これでは終われぬ? ここまで巨大な帝国を作り上げて足りない? 


 アイスウォールの向こうに住む巨人たち。

 多くの精霊族や亜人が暮らしていたブラックフォレスト。 

 崖を超えて住んでいたホエール族

 そして、互いに牽制しながら、小さな国を名乗っていた通人。


 いったい何万人の人々を従えたのか、私は把握しきれていない。

 従った者たちは、今では帝国の重鎮として活躍している者たちもいる。

 だが、能力を認められなくて、もしくは反抗して滅ぼされた国や種族も存在した。


 それなのにまだ終わりではない? 大陸最大の国になってまだ不満だというのか? 私は呆然と帝王様の言葉に耳を傾ける。


「大陸は一つの国にならねばならぬ。それは起こり得る魔王の脅威に対して対抗するためだ。現在は王国が隣接しており、我々は防波堤を得たように見える。だが、王国が滅び、他の三ヵ国が魔王領として取り入れられてしまえば帝国だけでは勝てぬ」


 意外な帝王様の言葉にどよめきが生まれる。


 それは私の中でも芽生えた疑問だった。


 魔王? 今更、そんなものに恐る必要があるのだろうか? 魔王など伝説の生き物であり存在しているとは思えない。


 それに、魔王など巨人族との戦いに比べれば大したことはなく、王国に住まうリューク・ヒュガロ・デスクストスとの知恵比べを知っている私は、リュークがおめおめと魔王の脅威を受けるとも思えない。


「帝王様! 発言よろしいでしょうか?」


 若き文官の一人が挙手する。


「うむ。許そう」

「はっ、ありがとうございます。ただいま、帝国は戦乱に一応の統一がなされ、内政整備に入る動きを見せておりました。我々文官たちは内政を整えるために支配した領土を見聞して必要な予算を組んでおります。そこで、三国に対して戦争を仕掛ける余裕はあまり多くはありません」


 若き文官は、どうやら経済産業省の者なのだろう。

 金勘定を帝王に伝えるとは愚かな。


「何も今すぐ始めるとは行っておらぬ。三カ国には降伏勧告を送り猶予を与える。その間に帝国も準備を整えよ」


 帝王様の言葉に若き文官は、時間が足りないと反論をしたいところではあるだろうが、それを口にしてしまえば、己の無能を訴えているだけになる。

 

「かしこまりました」

「うむ。他に意見のあるものはおらぬか?」


 私が挙手する。


「ジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロス。発言を許そう」

「ありがとうございます。私は、この二年で王国に潜入して、皇国の領土を奪う経験しました。皇国はすぐにでも帝国の力があれば打ち滅ぼせると確信しております。ただ、王国に住まうデスクストス家は帝国にとっても脅威な存在であると判断しました」


 私の発言に、イシュタロスナイツの中にはバカにするような態度を取るものもいる。だが、意外にも私の発言に対して帝王様自らが頷いてくださった。


「わかっておる」

「えっ?」

「我は一時期、王国に難を逃れていた時期がある。その際に出会ったデスクストスも厄介な男だった」


 帝王様の言葉に、私だけでなく大勢の者たちが驚いた顔をしている。

 若き日の帝王様のことを知るのは、この場では一人だけだ。

 イシュタロスナイツ第零位シド。


 帝王様の古き友であり、帝国最強と呼ばれる男。


 カウサル様が最前線を離れるきっかけを作った者であり、帝国統一を成し得た功労者。私などよりも知略、戦略、戦闘。全てが上になるお方だ。


「だが、所詮は一貴族にしか過ぎない。もしもデスクストス家が王国を支配して王となっていたなら、我も脅威に感じたであろう。だが、デスクストス家は内乱を起こすことなく、王国を支配しないまま放置した。それは脅威とはなり得ない」


 帝王様の発言は尤もだ。


 リュークがいくら優れていようと、一貴族では動かせる人員に限りがある。

 帝国に比べれば、圧倒的な数の前にひれ伏すことしかできない。

 

 いくら個人の力が強かろうと、戦争は個人の力で決まるものではない。


 私は席に座り直して、帝王様の言葉に納得した。


「どうやらこれ以上の意見はないようだ。それでは三カ国に向けて宣戦布告に近い降伏勧告を送りつける。反発する国は帝国の鉄槌を持って決着をつける」


 帝王様が目の前に置かれたワインを持ち上げる。


「帝国の栄光のために」

「「「「「「帝国の栄光のために!!!!」」」」」


 全員が帝王様に向けて杯を掲げた。

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