第141話 二年次 剣帝杯 2

歓声が聞こえる闘技場から離れて、生徒たちが立ち寄らない特設会場へ案内される。

予選では誰かがここで戦いを繰り広げたのだろう。


だが、使われなくなった臨時会場は静けさと、誰も寄りつかない寂しさがあり、月の光だけが照らしていた。


「《スクープ》………やっぱり無理っすね」

「それがハヤセの属性魔法か?」


彼女からボクに向かって魔力が伸びているようにしか見えない。どんな属性能力なのかはわからない。


「私の属性魔法は《情報》っす」


ボクが警戒しているのを感じたからか、ハヤセから属性魔法について語り出した。


「《情報》か、それは凄い属性魔法だな」

「…………驚きっす」

「うん?どうした?」

「リューク様で二人目っす。私の属性魔法を《情報》と聞いて凄いって言ってくれたのは」


ハヤセはいつも顔を隠している。

髪は短いのに前髪だけは長くて、目元が隠れている。

それは彼女に自信がないことを表しているように見えた。


「そうだな。《情報》だけではどんな能力なのかはわからない。だが、ハヤセはここに来てボクに属性魔法を使おうとした。それが《情報》という属性魔法だとするなら、相手から何らかの情報を得るための魔法ということになる」

「その通りっす」


ボクの推測を肯定するハヤセの表情はよく見えない。


「何よりも、ハヤセはボクのクラスメイトに接近して色々と話を聞いていたことを考慮すればね」

「全てお見通しなんですね」

「それで、今度は何を仕掛けようとしているのか教えてくれるんだろ?」


ハヤセは初めて顔を上げた。


「私の属性魔法は攻撃的な魔法ではないです。

他者の記憶から情報をすくい上げて、手に入れることが出来るっす。

発動条件として、相手から信頼を勝ち取り信用を得なければなりませんっす」


彼女は自分の属性魔法についての解説をして、ニッコリと笑う。


「リューク様には効果がなかったす。でも、他の人たちは新聞部だと名乗ってお話しを聞かせてほしいと私が言ったら、信用してくれるっす」

「まぁ普通はそうだろうな。疑うのは常に他者を疑っている者ぐらいだ」

「そうっすね。だから私は他の人よりも多くの《情報》を持っているっす」

「ふむ。それも認めよう。ボクにその情報を教えてくれるのか?」


彼女は月を見上げる。


「嫌っすよ!リューク様は、ダン先輩に女性を仕掛けようとした悪い人っす。だから、私はリューク様を倒す方に回るっす」

「出来るか?」


ズン、いきなり身体が重くなるのを感じた。


振り返った先には、マルリッタがいた。


「君もボクの敵かい?」

「私は別に、ただあの方に頼まれたら断れないだけです」


美しい女騎士殿の属性魔法は、どうやら魔力封じと言ったところか?ボクの身体を動かしていたバルとの連結が切れたのを感じる。同時に、レアメタルバルこと、バルニャンとの連結も切れた。

魔力の量がいくら強くても、魔力を使えなくされては量など関係ない。


「それで?君たちだけでボクに勝てると思うのかい?」


バルが使えなかったとしても、体術だけで彼女たちを圧倒できる自信はある。


「いいや。お前の相手をするのは俺だ」


そう言ってマルリッタの後ろから現われた人物に、ボクはやっと危機的状況であることを理解させられる。


「ガッツか」

「そうだ。魔法が使えないお前なら負ける気はしない」


そうだろうな。


《不動》と《再生》の二つは、物理攻撃しか持たない今のボクには最悪の相性だ。


「あんたが相手じゃ逃げることもできないか?」

「やってみろ。今日は一切の手加減をしてやらんぞ」


剛剣と言われる太く大きな剣を構えたガッツは、初日に会った時の威圧や殺気が、お遊びであったと伝わってくる圧倒的なまでのプレッシャーを与えてくる。


黒龍ほどとは言わないが、今まで出会ってきた中で一番の強者であることは伝わってくる。

これが手加減を止めたガッツの力。

その真っ赤な瞳に黒い炎すら見えてくる。


全身がプレッシャーで圧迫されて重い。


いつもなら魔法を使って逃げられる。

戦いになればバルがいて、代わりに戦ってくれていた。


覚悟を持って戦うのは、実は初めてなのかも知れない。


自分の手を汚す。


魔法はどこか、自分自身でありながら特別な力だと思えていた。


魔法が使えなくて、バルもいない。


やるしかないじゃないか………


「ヒッ!」


ボクの近くにいたハヤセが悲鳴を上げる。

そう言えば、彼女が近くにいたことを忘れていたな。

裏切り者の彼女を殺すことは容易い。


だけど、彼女を殺せばボクとダンは完全な対立関係になるだろう。


それはめんどうだ。


本来のキモデブガマガエルルートに戻ることすらありえるかもしれない。


ボクはゆっくりと全身に闘気を巡らせる。

魔法が使えなくても、闘気は別のものとして使える。


「ガッツ、先に謝っておく」

「この状況で、俺に謝ることがあるのか?卑怯なことをすると罵るのではないのか?」


言われて見れば、ハヤセにマルリッタ。それにガッツの三人でやっとボクを倒せる土俵を作り出していた。

だがそれを、一切卑怯だなんて思わなかった。


「全力でやった答えがこれだったのだろ?」

「………お前を殺す。迷わせるな」


もしかしたら、ガッツはこの作戦を反対したのかもしれない。仲間になれば快活で良い男なのだ。

ただ、バカで言うことを聞くことしか出来ない脳筋なのが、救えないバカではある。


「やっぱりボクから謝っておこう。この状況はお前を殺すしかないようだ。手加減ができない」


闘気を膨れあがらせる。

魔法が使えないことを想定しなかった日がないと思うのか?バカにするなよ。


側にいたハヤセは息をするのも忘れて意識を手放して倒れた。


「なぁ、ガッツ」

「なんだ?」

「ボクは、あくまで《怠惰》な悪役貴族だと、自分で自負していてね。ボクから《怠惰》を奪おうとするなよ。悪役貴族しか残らないじゃないか」


ボクの拳がガッツの腹へと突き刺さる。


「グファッ!」


ボクの速度について行けなかったガッツが、身体をくの字に曲げて息を吐く。


傷を《再生》するガッツに打撃は意味がない。


「カット」


ボクは手刀でガッツの心臓を突き刺した。


「捕まえたぞ。リューク!」


大量の血液を口や胸から流しながらも、ガッツはボクの手を掴んでいた。


剛剣を握る腕が膨れあがって、ガッツは剣を振り抜いた。

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