第369話 ようこそネズールへ

 ボクらが馬車に乗ったまま門を通って行くと、街の中は煌びやかな景色が其処彼処と目に飛び込んでくる。


 天井までも映像システムを駆使した、ドーム状の屋根が映像を投影しており、目を飽きさせない。


 建物もカラフルで、入ってきた人を楽しませるための工夫が至る所に見て取れる。

 地面や下水と分けるマンホールまで綺麗に装飾されてどこを見ても楽しい。


「凄いです!」

「うわ〜」


 素直な感想を声に出すエリーナとクロマは楽しそうだ。

 アンナやクウは声を出してはいないが、それでも視線をあちらこちらに向けているので興味を持っているのだろう。


 御者を務めるタシテ君は小窓を開いて、解説をしてくれる。


「天井は防御結界を外側に、内側では王都で使われている映像モニターを領内全土に張り巡らせています」


 どれだけお金が掛かっているのかわからない。

 映像は、ボクらがアレシダス王立学園に通っているときに開発されたぐらいのものだ。


 建物もテーマパークのコンセプトを考え、一つ一つにこだわりを感じる。


「凄いですわね」

「エリーナ、今日は移動しないから、遊んできてはどうだい?」

「リュークは行きませんの?」

「ボクは少しタシテ君と話があるんだ。君たちで行っておいで」

「案内人をつけましょう」


 タシテ君が指示を出すと、馬車が止まってテーマパークのキャラらしき着ぐるみが馬車を開いた。


 その先にはキャストらしき者達がエリーナたちを歓迎するように歌い踊る。


「うわ〜。ありがとうございます」

「アンナ、クロマ、クウ、エリーナのことを頼む」

「「「はっ!!!」」」

「君たちもできるなら楽しんでおいで」

「「「はい」」」


 彼女たちもできることならば、楽しい気分でいてほしい。帝国との戦争は始まったばかりで、戦火はここまで届いていない。


 今だけなら楽しむことも可能だろう。


 馬車の扉が閉められて、ボクはタシテ君に連れられてテーマパークの中でも一番豪華なホテルへと到着する。


「リューク様、こちらへ」

「ああ」


 バルニャンに乗り換えたボクはタシテ君に案内されて、豪華なホテルへと入っていく。

 だが、どこかでこの豪華なホテルが、裏の顔があるのだと思ってしまう。


 ネズールとはそういう家だ。

 

 ホテルの入り口には大きな噴水が作られ、ホテルの廊下ですら傷がつかない鉱物が使われて美しい。


「エレベーターか、凄いね」

「ご存じで?」

「ああ、見るのは初めてだけどね」


 魔導エレベーターは、大きな建物がなければ使われることはない。

 今まで、ボクが見た中で一番大きな建物が塔のダンジョンで、次に迷宮都市ゴルゴンの宮殿ぐらいだ。


 それも全て階段で魔導エレベーターは存在しない。


 魔導エレベーターは帝国では主流だと聞いたので、あちらは王国よりも発展しているのかもしれないな。


「それではどうぞ堪能ください」


 魔導エレベーターは、静かに上の階へとボクを運んでいく。やっぱりバルニャンの方がいいな。


「ふぅ、このホテルはどれくらいの高さがあるの?」

「三十階ぐらいまでありますね」


 空飛び魔物も存在する世界では、高い建物はそれだけで標的にされてしまう。


 だが、街全体をドーム上の天井を作ったことで結界があり、守られていることで高い建物を作れるようにしたのだろう。


「ネズール領の技術力の高さだね」

「我々は人種の差別はしませんから、ドワーフの技術力を採用させてもらっています」

「さすがだね」


 十階を超えたところで魔導エレベーターの背面がガラスになっていて、街全体が見渡せる。


「とても広く見えるね」

「意外にそうでもないんです。王都の半分ほどの敷地しかありません。それにネズール領内は、ここ以外は荒野ですので、作物も作れません。この周辺を少しずつ開拓はしていますが、なかなか広げるのは難しいです」


 煌びやかに見える表向きの場所では見えない。

 地下や裏通りに行けば、開拓をするための試行錯誤が見えるのかもしれない。


 人を出迎えるために多くの人間が裏で頑張ってくれているんだろうな。


「さぁ、つきました」


 最上階のスイートルーム。

 このフロア全体が部屋になっている。


「お待ちしておりましたぞ! リューク様」


 そう言ってボクを出迎えのたは、タシテ君の父に当たる。元ネズール伯爵だった。


「久しぶりだね」

「ええ、数々の活躍はお聞きしております。此度は我が家の者を救出にご協力いただけることお聞きしました。心よりお礼申しあげます」

「ああ、その前に色々と現場の把握と、帝国の地図や勢力図を知りたいからね。詳しい話を教えてもらいにきたよ」

「はい。そのつもりでご用意しました」


 そう言って、ネズールパーク全域を見渡せるほど大きな窓ガラスが、全てスクリーンになって画面が切り替わる。


「こちらが我々ネズール家が集めた帝国の地図にございます」


 この世界は地図を作ることが難しい。


 他国の領土にいって安全に地形や気候変動を判断するなど、どの国も許さない。


 それを成し遂げ、ここまで精密な地図を作り上げたのは、長年に渡りネズール家が帝国に潜伏していたことが窺い知れる。


「これは凄いね!」

「あなたのお父様、プラウド・ヒュガロ・デスクストス様の命により、四十年前から少しずつ書き足していった地図にございます。大きな変動がなされた場所は変更をして、国や住んでいる者が変わっても変更しました。これは昨年の最新版にございます」


 四十年……。


 その重みを噛み締めながら、ボクは帝国の地図を頭に入れていく。


 ゲームの知識では、帝国と王国は小競り合いを行い。

 王国と帝国を均衡している間に、ダンが帝都に赴き、帝王を倒して終了というだけだった。

 

 あとは、帝国に残った民に治世を任せるというものだ。


 だが、実際に生きている者達が、それを為せるのかなどボクにはわからない。


 現状はテスタ兄さんが指揮をとり、ダンの影はない。

 だが、王権派が瓦解した事実がある以上。

 ダンは、別行動をとって帝国に向かうはずだ。


「なるほど、帝国は100万の犠牲をもって他の国を疲弊させた上で制圧を目論んでいるのか」

「そのようです」


 死んでもよし、死ななければそれもまたよし。


 帝王がいかに残忍な人間なのか理解できた。


 アグリお姉様が話していた人物とは随分と違うようだ。


「どうか、よろしくお願いします」


 元ネズール伯爵に頭を下げられて、ボクはスイートルームの操作方法と部屋の鍵を渡された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る