第304話 次なる目的地

 いつまでも悲しみに暮れていても、仕方ない。

 何よりも、皇国の情勢は刻一刻と状況が変わっていっている。

 ボクがいない間にアイリスお姉様がヤマトを殺して、メイを奴隷として連れ去ったことは意外だった。


「面倒くさいけど、そろそろ動かないとね」


 ダンジョンを手に入れたことで、体のだるさは多少は軽減した。

 ベルーガ領から皇国に来るまでに、ダンジョンの恩恵を受けていなかったので、怠惰に侵食されているような気がしていたけど、ダンジョンを手に入れたから分散することができた。


「ほっ、本当に宜しいのですか?」


 温泉から上がってバルニャンに体を預け、ミソラが膝に乗る。ミソラと共にお風呂上がりのかき氷を頂きながら目の前で平伏するアオシを見た。


「うん。ボクには必要ないからね」


 ボクはヤマトが死んで、墓に刺さっていた聖刀クサナギをアオシにプレゼントした。


「皇国の宝剣ですから、喜ばれると思います」

「アオシは使わないの?」

「ざっ、残念ながら私は選ばれておりません。使うことはできないのです」

「ふ〜ん、まぁいいけど。ボクはバルニャンの解析が終わったから、もうどうでもいい。持っていって」

「あっ、ありがとうございます」


 アオシが何故だか恐縮しながら、聖刀を受け取って立ち去っていく。


「だっ、旦那様。冷たいです」

「うん? ああ、ごめんね。氷の滴が落ちてしまったようだ。ユヅキ」

「はい」


 ユヅキがタオルを渡してくれたので、ミソラの足を拭いてやる。ボロボロの町娘の格好から、綺麗な花柄の浴衣をきたミソラは可愛い。


「だっ、旦那様。ありがとう」

「ああ、構わないよ。さて、明日には出発することになる。そろそろ、休みなさい」

「はい!」


 温泉宿で過ごすのも、これが最後だ。


「旦那様」


 ユヅキの声に、ボクはバルニャンに乗ったまま、中庭へと移動する。

 そこには骸骨のような顔をした骸が頭を下げていた。


「やぁ、骸。どうしたんだい?」

「ヒョヒョヒョ、バル様。前回は随分と皇太子様にふざけた文を送られましたな」

「そう? ボクは真面目に書いたつもりだよ?」

「ヒョッ! でしたら、なんとも豪気なお方じゃ。ヒョヒョヒョ」

「それで? 今日はどうしたの?」

「はっ! 各地で戦乱の火種が広がっております。故にご報告に参りました」

「へぇ〜、暇つぶし程度にいいね。聞かせてよ」


 僕はユヅキにお茶を入れてもらって、のんびりと話を聞く姿勢をとる。


 バルニャンに全身を預け、隣にユヅキを座らせる。

 ユヅキは何も言わなくてもウチワであおいでくれた。


「はっ、はぁ。それでは玄武領から。バドゥ・グフ・アクージが将軍となり、一万の軍勢が玄武領に雪崩込みました。元々、雪と沼地が多い土地なので、人口は少なく被害はそれほど出ていませんが、神都近くまで攻め入られ、玄武領の守護者は死亡。玄武の戦巫女は行方不明。領主であるゾウフ殿も生死不明と聞いております」


 さすがはテスタ兄上だね。

 やる時は徹底的に攻めて、相手の痛手になることをよくわかっている。


「玄武領のダンジョンはどうなったの?」

「えっ? ダンジョンですか? 詳細は分かりませんが王国側が抑えていると思われます」

「そう」

「さらに、白虎領は王国が攻め入るに呼応するように、イシュタロスナイツ第四席ジュリア・リリス・マグガルド・イシュタロスが攻め入り、守護者が防衛に回ったようですが敗戦して逃走をした模様です」

「ふ〜ん、ジュリアは出世して手柄をゲットしたわけか。やるね」


 ボクは友人の活躍が嬉しくて、ユヅキを抱き寄せてキスをした。


 祝福のキスだ。


「んんん、バル様」


 ユヅキの顔が女性らしさを強調する。


「ウォッホン、報告は終わりましたので、私はこれにて」

「ああ、ありがとう骸。そうだ。明日から旅を再開するから」

「ほう、どちらに行かれるので?」

「決まっているじゃないか。神都だよ」

「それはようございます。皇国一の発展都市……! えっ? 行かれるのですか?」


 意外そうな顔をした骸が目を見開く。


「うん。だって手紙にも書いたでしょ。万障バンショウを乗り越え、心構えをして、神都への訪問に備える所存でございますってね」

「あれは、てっきり行かないための言い訳かと」

「ひどいな。そんなわけないじゃないか、ちゃんと招待は受けるよ。ただ、あの時は他の目的があっただけ。明日から神都に向かって出発するからよろしくね」

「はっ、はい」


 骸との話を終えたボクはユヅキを抱き上げて寝室へと向かった。



《sideクーガ・ビャッコ・キヨイ》

 

 帝国の猛攻を受けて、傷ついた俺はジッちゃんがいる山へと逃げ込んだ。


 小山ではあるが、ダンジョンになっていて、容易に攻め込むことはできない。


「なんじゃビャッコ。負けたのか?」

「負けてねぇよ。負ける前に逃げてきたんだ」

「それを負けたというんじゃよ。情けないのう。ワシが若い頃はもっと決起盛んに死ぬまで戦ったもんじゃ」

「爺は死んでねぇだろ」

「だから、相手を殺すまでということじゃ」


 小柄な図体からは考えられない武術の達人である爺から、俺は様々な戦い方を教えられた。それでもバルには及ばず、今度の相手は一対一では遅れは取らないが、数に負けてしまっている。


「はぁ、とにかく相手もここまで攻めてくるぞ」

「それはどうじゃろうな」

「あん? 来ないっていうのかよ?」

「そうじゃ、帝国はあくまで皇国や王国に存在を示すことが目的じゃろうからな。そのため深追いはせんじゃろ。皇国に攻め入って勝利を収めた。それ以上の成果は要らぬ」

「そういうものか?」

「ビャッコよ。貴様もワシの後を継ぐならば、腕っぷしだけでなく兵法や戦略戦術を学ぶことじゃ。そうしなければ、大切な仲間を殺すことになるぞ」


 爺の言葉は、むかつくが図星だ。

 それに自慢の腕っぷしでも敗北した俺が強くなるためには、もっと勉強も必要になる。


「わかったよ。爺。俺に兵法を教えてくれ!」

「ほう、お主が心変わりか、良い出会いをしたようじゃな。帝国に攻められたことも損ではなかったかも知れぬな」

「ウルセェよ」

「兄様?」


 俺が爺と会話していると、幼い妹が姿を見せる。十にも達していない妹を守るためにも俺は強くならなくちゃいけない。


「オセイ。起こしちまったか?」

「ううん。大丈夫。兄様は大丈夫?」

「ああ、俺は強いからな大丈夫だ。だから安心して眠ってくれよ」

「はいです。無理はしないでね」


 そういって俺を抱きしめてくれるオセイ。

 俺はこいつのためにも死ぬわけには行かない。


「ビャッコよ。常に戦況を読んで状況を見極めよ」

「押忍!」


 爺の元で学び直して、アオイノウエをゲットするぜ。

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る