第305話 庭と縁側

 シロップ、ルビー、リンシャンもすっかり皇国の生活に慣れつつある。

 着物姿の三人は美しくて、とても目立つ。


「この飴、美味しいにゃ」

「美味しいです!」


 ルビーの誰とでも仲良くなるコミュケーションの能力はさすがだね。

 ミソラとすぐに仲良くなって、一緒に馬車の端に座って飴を食べている。


 僕はリンシャンに膝枕をしてもらってユヅキに団扇で仰いでもらう。

 シロップが御者をしながらゆったりと進む皇国の道は整備がされていないので車輪に負担をかけないための走り方をしていた。

 馬車の中は、バルニャンがショック吸収をしてくれているので一切の揺れを感じない。


「旅は道連れ世は情けと言うけど、どうして君が乗っているの?」

「釣れないことを言わんでください。わっちもバル様に興味が持ちました。それだけですよって、見るだけでええんどす。それに神都にはわっちの家もあるんどす。寝泊まりするんやったら、宿よりもわっちの家を使ってくんなまし」


 そう言って乗ってきたのはアオイノウエだ。

 アオシも聖刀を神都に持っていっているので、青龍の領地を守護するものが爺を除いて全ていなくなっていることになる。


「まぁ世話になるからいいか。それで? 何が目的なの?」

「何もないとは言わへんよ。ただ、そうやね。バル様の目的を見極める。それやいけまへんか?」

「いいや。面白い物が見せられるのかはわからないけどね」

「構いません。虎が出ようと龍が出ようと、バル様ならあり得そうとしか思わへんわ」


 アオイノウエは最初に会った時から、のらりくらりと底を見せない女だ。

 


 三日ほどの馬車での旅は、皇国の街並みを見ながらゆったりとしたものだった。青龍領は気候も穏やかで、人も穏やかなのでボクらを見ても嫌な顔をしないで受けれいれてくれた。


 だが、真っ青な巨大な門に守られた神都は巨人族でも通れないのではないかと思うほど高い門と壁に守られている。


「真っ青だな」

「朱雀領から入るための門は真っ赤でありんす。玄武領なら真っ黄。白虎領なら真っ白でありんすね」


 門を通れば賑やかな街の中が見えてくる。

 これまで歩いてきた青龍領が田舎というのがわかるほど、整備された石畳の道路。木造ながらも構造がしっかりしている建物たちが整然と並べられ、区画整理がされた街は美しかった。


「どうでありんす?」

「綺麗だね」


 青い門を守護するのは、青龍の戦巫女であるアオイノウエということだ。


「そうでありんしょ。ふふ、わっちもこの国の街並みは好きでありんす」


 皇国には亜人を差別するという宗教が存在しない。

 通人も、亜人も、魔族ですら普通に暮らしている。


「こっちにわっちの屋敷がありんす」


 神都についてからは、アオイノウエに案内してもらって街並みを進んでいけば、色街と呼ばれる区域に入り、そのさらに奥へと進んでいくと大きな屋敷が見えてくる。

 門を潜れば、太陽の光から枝垂れる松の樹々の間に縫い込まれ、石畳の小道が広がり、細い川が流れて小さな池が出来ている。

 緑の葉と水の音が心地よく調和し、時間の経過が緩やかに感じられる。ほんのりと薄暗い場所に置かれた石灯篭が僅かな灯りを放ち、その先には縁側のある茶室が佇んでいた。


 穏やかで雰囲気がある庭に、ボクはゆっくりと縁側に腰を下ろした。


「いいね」

「なんだい、あんた?」


 老婆と言うには美魔女がキセルを咥えて、隣で縁側に座っていた。


「ボク? ボクは気に入った場所を見つけたから、座っているよ」

「はっ! なんだいあんた? 見たことがないほどの色男だね。だけどね、ここは私の場所だよ。他所者はどっかに行きな」

「悪いね。ボクはここを気に入ったから譲ってもらうよ」

「そんな我儘が通るとでも!」

「お婆様、お久しぶりでありんす。帰りんした」


 アオイノウエが横に座る老婆に声をかける。


「アオイノウエ、あんたの連れかい? ふん、妙な男を連れ込んでんじゃないよ。ここは女の園だ。男子禁制だよ」

「失礼しんした。せやけど、一族の長になられた方ですよって」

「長! なんだって?!」


 老婆が眼を見開いて立ち上がり、こちらを見る。

 ボクは開けられた縁側に横になる。


 ボクとアオイノウエを交互に見て老婆は何かを諦めた顔をする。


「うちの人は死んだのかい?」

「配下になられんした。管理の許可もいただいておりんす」

「なんだ、そうかい。あの人はまだ」


 老婆は深々と息を吐いて、膝を折って頭を下げた。


「青龍領が当主、カザト・ソウショウが妻、チヨと申します。新たなご当主様に拝命いたします」

「よろしく、チヨ。ボクはバルだ」

「バル様、改めてこの度の目的をお聞きしても?」

「人を探している」

「人でございますか?」

「そうだ。ボクが皇国に来た一番の理由でね。青龍領にいるかと思ったんだが、そこにはいなかった。だから神都にやってきた。人探しの手伝いをしてくれるかい?」


 ボクの言葉にチヨが笑みを作る。


「ここは、色街。ここはどんな商品も取り扱い、どんな情報も集まってくる。皇国の中心地。何なりとお申し付けくださいませ」


 先ほどまでの暴言はなりをひそめ、老婆は楽しそうに笑っていた。


「よろしく頼むよ」

「話がまとまってよかったわ! バル様の目的。わっちも興味がありんす。お手伝いさせていいただきますよって」

「ああ。それとハク皇太子に謁見を求められているからね。礼服の用意もできるかな?」

「ハク様に! それは大仕事になりますね」

「そうなの?」


 ボクがアオイノウエを見ると、困った顔をして笑っていた。

 どうやら面倒なしきたりがあるのかな? そういうのは面倒だから、全てバルニャンに丸投げだね。


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