第118話 修学旅行最終日

 ボクが目を覚ますと、スイートルームのベッドの上でシロップに手を握られていた。


「おはよう。シロップ」

「おはようございます。主様」

「どれくらい寝ていたのかな?」

「3日ほどです」

「そうか……ボクの体に異変はあるかい?」


 自分でも体に異常がないか確かめる。

 あそこまで《怠惰》の力を使ったのは初めてのことだ。

 魔力が枯渇するほどの消費は子供の頃以来なので、こうやって気分が悪いまま目を覚ますのは随分と久しぶりな気がする。


「お身体には異常はありません。気分はいかがですか?」

「うーん、大丈夫だと思う。まだ起きたくないから、状況を話してくれるかい?」

「はい」


 シロップが話し始めてボクは目を閉じた。


 黒龍を撃退したボクらのチームは、意識を失ったダンとボクを連れて帰還した。

 50階層のフロアボス撃破は、アレシダス王立学園修学旅行に来た生徒のなかでは初めてのことだ。

 塔のダンジョン50階層を突破できた者は、冒険者ギルドからS級認定冒険者の称号を与えられることになっている。


「ボクの称号は……」

「受け取られるのかわかりませんでしたので、保留にしております」

「ありがとう。辞退しておいてくれ。他のチームメンバーが受け取る分には、反対はしない」

「お一人を除いて辞退されました」

「一人を除いて?」

「はい。ダン様を除く三人は辞退されました」


 辞退したのか…… それは彼女たちの自由だ。ボクが何かを言うことはない。


「他の状況はどうなっている?」

「主様が望まれた人材は、すでにカリビアン領へ移送を開始しました。また、メルロだけはリューク様の元で働きたいと言うので、王都に同行します」

「そうか、3日経ったと言うことは明日で迷宮都市ゴルゴンも最終日だね」

「はい。本日の午前中にゴードン侯爵による別れの挨拶が行われました。夜には送別会のパーティーが行われるそうです」


 ボクはゆっくりと身体を起こした。


「なら、挨拶に行こうか」

「大丈夫ですか?」


 身体を支えてくれるシロップの顔が心配そうだ。

 食事をとっていないから貧血気味なのかな?クラクラといつも以上に動くのが億劫だ。


「ああ、なんとかね。準備を手伝ってくれるかい?」

「はい。クウ」

「はっ!」


 いつもなら自分でするのだが、どうしてもめんどうに感じてしまう。二人に手伝ってもらい身支度を終える。

 シロップとクウが、いつ目覚めてもいいように準備を進めていてくれたのはありがたい。


「さぁ行こうか」

「はっ!」

「お供します」


 御者を務めるシロップの横にクウが乗り馬車が走り始める。


 ボクが動き出すと、数台の馬車が後に続く気配を感じたが、馬車が走り始めるとまた眠りついた。


「……到着しました」


 クウの声で目を覚ますと扉を開かれた。

 扉の向こうには煌びやかなパーティー会場の前に綺麗な華たちが咲いている。


 七人の美少女がドレスに身を纏い、ボクを出迎えてくれたのだ。


「お待ちしておりました。リューク様」


 中央にいるエリーナがスカートの裾を持ち上げる。

 他の六人もエリーナに習ってボクに向かってスカートを持ち上げて頭を下げる。


「みんな綺麗だね。馬車が着いてきているのは気付いていたけど、わざわざ待っていてくれたのかい?」

「旦那様の目覚めは、シロップさんから聞いていましたから」

「そうか、なら行こうか」


 ボクはエリーナとリンシャンの間に割り込んで歩き始める。全員が笑顔で出迎えてくれるのは嬉しいね。

 リベラやアカリはさすがに堂々としていて、ミリルやルビーはまだまだ慣れていない様子だ。

 アンナさんも末席に控えてくれているのは、花を添えるためかな?


「リューク」


 パーティー会場の階段を上がると、ダンとタシテ君が並んで待っていた。タシテ君は何も言わずにダンに場を譲る。相変わらず優秀な男だ。


「ダン、お前のお陰で黒龍を倒せた。ありがとう」

「俺は!……」

「いつか、お前が本当に心から守りたいと思う者が現われば、自ずと力は解放される。強くなることも大切だ。

 だが、強くなって守りたいと思うほど、大切な人を見つけろ。そうした方がもっと強くなる」


 リンシャンとダンが両思いなら、ボクは身を引くつもりだった。だけど、リンシャンはボクを選んでくれた。

 その責任はとるつもりだ。ダンに見せるようにボクはリンシャンを抱き寄せた。


「わかった」


 ダンはグッと何かを飲み込んで、拳を突き出した。


「俺は強くなる。S級冒険者の称号を受けたのも、前に進むためだ」

「ああ、それがお前が選んだ道なら進むがいい」


 ボクは、片手にリンシャンを抱きしめ、もう片方の手でダンと拳をぶつけた。


 パーティー会場へ入ったボクらに、修学旅行生たちから注目が集まる。

 ボクは真っ直ぐにゴードン侯爵の元へ赴いた。


「あら~随分と遅れての登場じゃな~い?!それに私よりも派手なのはダメよ!」

「少し寝過ごしたら、華やかになりました」

「ふふふ、仕方ない子ね。あなたには楽しませて貰ったから許してあげる。それに多くのプレゼントも貰っちゃったからね。本当に出来る男だこと」


 チラリと会場にはボクが再生した人材が数名、お姉様の仕事を任されている。


「明日で、迷宮都市ゴルゴンを離れます。お世話になりました」

「名残惜しいわね。あなたなら幻の100階層に到達できるかもしれないって思ったんだけど」

「ボクが目指すのは100階層ではありませんので」

「そうだったわね。あなたが目指す未来。楽しみにしているわ。チュッ!」


 投げられたキッスをダンに向かって弾いておく。


「んもう、つれないんだから。私のベッドは空けておくわよ」

「遠慮しておきます。これだけの美女で埋まっていますので」


 ボクは両手を広げて彼女たちを自慢した。


「ふふ、英雄色を好むのね。あなたの未来を奪いたくなるわね」


 異常な気配を発したゴードン侯爵の前に、シーラス先生が立つ。


「その辺でお止めください。デスクストス君。回復おめでとう。だが、そういう知らせはまずは教師に頼むよ」


 苦笑いするシーラス先生によって興醒めしたお姉様は、威圧を収めてくれる。


「ご迷惑おかけしました」

「いいや。君は私との約束を守ってくれた。やっぱり君に託してよかったよ」


 シーラス先生との約束など考えてもいなかった。


「それでは、ゴードン侯爵。良い日々を送らせていただきありがとうございました」

「ええ、またいらっしゃい。今度はどのような立場になっているかはわからないけど……ね」


 怪しい笑みを作るお姉様に、ボクは一瞬だけ真顔になってその場を離れた。


「さぁ、みんなで食事でもしよう」


 ボクは仲間たちを連れてパーティー会場を出た。


 修学旅行も終わりだ。


 早くカリンに会いたいな。

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