第119話 いざ 王都へ

《side???》


 豪華な部屋の中には、二人の人物が杯を傾けていた。


「あなたが私のところへ来るなんて、珍しいんじゃない?何年振りかしら?いつも私が出向いてばかりで」

「貴様のところに来たわけじゃない」


 傲慢な態度で、ソファーにもたれる男の杯にワインが注がれる。


「ふふ、あの子を見に来たのかしら?あなたも素直じゃないわね。過保護に育てる子と谷底に落とす子。別々の育て方をして、我が子の行く末を見るなんて」

「黙れ」

「黙りませんよ〜ふふ、本当に傲慢なんだから。

 あの子は面白いわね。貴族とは思えない考え方をするくせに、貴族本来の振る舞いをしている。今後が楽しみで仕方ないわね」


 男はワインを飲み干して立ち上がる。

 窓から見えるのは、迷宮都市ゴルゴンから離れていく馬車の一団だった。


「会って行けばいいのに、あんたにとってはどちらでもいいのでしょうけれど」

「計画に支障が出なければ問題ない。わかっているんだろうな?」

「もちろんよ。私もそろそろ飽きてきたところなんだもん。面白いことは大歓迎よ。新しい芽もたくさん見てきたしね」


 二つの影が異常な雰囲気を纏う。


「2年後だ」

「あの子の結婚発表が引き金になるのね」

「そうだ。王国は長らく続いた平和に終わりを迎える」

「罪な人ね」


 二つの影は何を話していたのか…… 知る者は二人以外にいない。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 帰りも馬車で七日間ほどかけて帰るのだが、行きは乗っていなかったエリーナとアンナもこちらの馬車に乗っている。まぁ広いから問題ない。

 この三ヶ月は色々なことがあったので体がダルい。


「リューク、私の足を枕にするか?」


 ボクの眠気に気づいたリンシャンが、膝枕を提案してくれる。眠気に負けたボクは、リンシャンの足に頭を下ろした。


 修学旅行に行く前は後ろに控えていたリンシャンが、ボクへ膝枕をしてくれるなんて思っていなかった。

 ボクとしてはありがたい。寝心地がいいね。


「あっ、ズルいわよ。リン」

「エリーナ。これは早い者勝ちだ。まぁ先は長いんだ。今日は譲ってくれ」


 愛おしい者を撫でるように、リンシャンがボクの髪を優しく撫でてくれる。

 ボクは身を委ねている間に眠りについてしまった。

 気づくと夜になっていて、ボクはテントの準備に入る。

 寝ていてもバルが警備をしてくれているので、問題はない。


「リューク」


 行きと同じように、リンシャンがボクに話かけてきた。

 あの時は、ボクの愚痴を聞いてもらったはずだ。


「どうした?」

「私の愚痴を聞いてくれないか?」

「ああ、もちろん」

「ありがとう」


 ボクはバルで椅子を作ってリンシャンを座らせる。

 目の前で火を起こしてコーヒーを淹れる。

 豆は、迷宮都市ゴルゴンで買った物だが、悪くない香りがするので気に入っている。


「苦いのは苦手か?」


 コーヒーを飲んで、顔を顰めるリンシャンは可愛い。

 ボクは砂糖とミルクを足して、もう一度飲むように進めた。


「これなら、うん。美味いな」

「口に合ってよかったよ」

「リュークは、本当になんでもできてしまうんだな」

「なんでもはできないし、ボクはあまり動く気はないよ」

「それも真実なんだろうな」


 二人で焚き火を眺める。


 リンシャンと、ゆっくりコーヒーを飲む日が来るなんて思いもしなかった。

 きっとチョロインのリンシャンは、ダンを選ぶと思っていたから…… 推しだからこそ、幸せになってくれればいいと思っていた。


「私は… 好きに生きてみようと思う」

「好きに生きる?」

「ああ、これから時代は激動の渦に飲み込まれていくことだろう」


 ボクは手を止めてリンシャンを見た。


「だが、どんな時でも、私はリュークのすることを疑わない。いや、リュークが悪いことに手を染めたとしても一緒に落ちていく。支えるんじゃない。私はお前と共にありたい」


 それは果たして愚痴なのだろうか?告白を受けている気がするんだが……


「ありがとう」

「ただ、私は家族が好きだ。まだ、今すぐにお前の元へ全てを投げ捨てて行くことはできない。

 もしも、出来るのであれば、家族と共にリュークの元へ行きたいと思っているんだ」


 なるほど、それはリンシャンにとっての愚痴なんだろう。


「それは難しいことだな」

「ああ、とても難しいと思っている。

 デスクストス家のリュークは敵だ。

 マーシャル家のリンシャンでは……

 全く、家とは、立場とは、厄介なものだな」


 ふん、と言いながら息を吐くリンシャンは、思い詰めた様子はない。むしろ、やりがいのある仕事に取り組む前に意気込んでいるよにすら見える。


「リューク。もう私の中に迷いはない」


 そう言って立ち上がったリンシャンはコップを置いた。


「ずっとお前からだったな」


 誰にも見えない場所だったこともあるが、リンシャンから初めてボクへキスをした。


「これは私の誓いだ。どんなことがあろうと、何があろうと、私、リンシャンはリュークの妻として心を捧げる」


 家名を名乗らない個人としての誓い。

 それは他の誰も見ていない。二人だけの誓いだった。


「ああ。リュークは、リンシャンの夫として、それを受け入れる。ボクの心を捧げよう」

「ふふ、王都に帰れば、しばらく一緒にいられないな」

「なら、今は一緒にいよう」


 立ち去ろうとするリンシャンの腕を掴んで、ボクはバルに乗って飛び上がる。


「うわっ!」

「夜は長いんだ。まだ一緒にいられるさ!」


 旅先の夜空は王都とは違う綺麗に星が光り輝いて、二人を照らしていた。


 

 

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