第154話 最強

 ゆったりとした足取りで動き出したノーラ先輩。


 カランコロンと厚底の下駄の音が鳴る。

 ゆったりとした動作は、彼女が強者である現われだ。

 動きが速くても、遅くても、彼女には関係ない。


 ただ、強い。


 揺るぎない自信と強者だという事実。


 相手が逃げるならどこまでも追いかけ、逃げずに向かってくるなら、全力で迎え打つ。


 彼女が獲物と定めれば、王国のどこに逃げても逃げられない。


 現在、彼女の標的はボク。


 その理由はわからない。


 ただ、ボクは彼女のことを知っている。


 彼女は、隠しヒロインだ。


 大人向け恋愛戦略シュミレーションゲームである以上。


 そう、ゲームである以上。


 一度の攻略でゲームが終わっては面白くない。

 長く遊んで貰うために、プレイヤーを飽きさせないために開発者ならどうするのか?


 簡単だ。


 決まったメインヒロイン以外のシナリオを生み出せばいい。


 裏ヒロイン。


 開発者が編み出した解決案は、二周回目以降にゲームをプレイする際に、裏ヒロインや隠しヒロインを攻略出来るルート、新シナリオが出現するようになる。


 新シナリオを選ぶ条件として彼女の存在がキーになる。


 ノーラ先輩は、一周目では立身出世パートのボスとしてしか出現しない。


 だが一周回目の攻略後、二周回目のプレイ時には、一年次と二年次の剣帝杯で出現するようになる。


 一周目のシナリオを攻略したことで、引き継いだレベルやアイテムなどを駆使して彼女を剣帝杯で倒すと、新しいシナリオを選択出来るようになる。


「あんさんは強い。わっちと一緒に世界を変えなんし」


 そういって誘いに乗ると、貴族陣営に寝返るというシナリオが選択できるようになる。


 貴族派に寝返った際の攻略対象は


 ノーラ先輩

 アイリスお姉様

 ビアンカ・アクージ


 他にもサブヒロインとして貴族派の女性が出現する。


 学園パートでノーラ先輩を選択したことで、デスクストス家は、邪魔になったキモデブガマガエルのリュークを排除する。


 まぁ、そこでもリュークは殺されるわけだ。


 強力な陣営に寝返ったゲーム主人公は、ゴードン家の後ろ盾を得て悪逆非道を行うことができる。


 立身出世パートの裏ルートと呼ばれるシナリオで、正規のヒロインたちを敵に回して戦い。リュークがしていた陵辱シーンを主人公が行えるようになる。


「考え事なんて余裕やねぇ~」

「あなたと戦う気はないよ」

「あら、つれへんねぇ~。なら、あの街を破壊したら戦ってくれるんやろか?怒って、わっちと戦うてくれると思うんやけど?」


 ノーラ先輩はこういう人だ。


 欲しいこと、したいことがあれば強欲に求め続ける。


 その精神は狂っている。


 彼女は、最強種として生を受けたことで、戦いに飢えていた。満たされない心を埋めたいと……


 ゲームの主人公が強いままニューゲームを始めたことで、二周目でやっと倒すことが出来る存在。

 敗北を味わった後も挫折することなく、更なる戦いを求め続けて活躍していく。


 彼女は喉が渇いて水を求めるように、飢えを満たしていた。


「ある者は嫉妬に狂い。ある者は色欲に溺れ、ある者は傲慢に全てを手に入れる………つくづく呪われた貴族しかいないんだな」


 ボクも怠惰に狂っているのかもしれないけれど………


 彼らのようには成りたくはないね。


「ルールは?」

「全力で」

「判定は?」

「相手が負けやと思ったらそれでええよ」

「ボクがこのまま敗北を宣言をすれば?」

「カリビアン全土を滅ぼすまでとまらんやろね」


 目がマジだ。戦いを始めれば決着が着つくまで終わらない。彼女にはカリビアンを滅ぼすことが出来てしまう力を持っている。


「メリットがないな」


 だから、ボクは戦わない。


「はっ?」

「ボクにメリットが無さ過ぎる。脅して戦わせたとして、ボクは逃げてもいいわけだ」

「逃げてもええよ。どこまでも追いかけて必ず戦わせるよって」

「それって叶うのかな?」

「どういう事どす?」

「ノーラ先輩は本気で戦ってほしいんでしょ?」

「そうどすな。そのためにあんさんの大切な人を、人質にしてでも」


 彼女は、そういうやり方でしか物事を考えられない人なんだろう。

 無理やりにでも、自分の思い通りにして欲しい物を手に入れる。


 だけど、彼女とボクの相性は、実はボクに有利だと思う。


「それならボクみたいな《怠惰》には無理だよ」

「どういうことどす?」


 ボクは臨戦態勢を取らずにバルニャンに身体を預ける。

 花魁がキセルを吸って火鉢に凭れるようにしなやかな体勢で、余裕と品格を持って溜息を吐く。


「最悪、全てを捨ててこの国から出てもいい」

「なんやて?そんな薄情で情けないことがありますかいな」

「それがそうでもないんだよね。めんどうなんだよ。人付き合いって……別に全てを失ってもいいかなって思うときは多々あるんだ。そのきっかけがノーラ先輩から逃げるためなら、それをしても良いと思えてしまう」


 これは紛れもない本心だ。


 シロップとカリンを連れて、船に乗って世界旅行に出てもいい。

 別に王国に固執しなくても冒険者として生きていくことも出来てしまう。


 付いてきたいと言ってくれる子は連れて行くし、自分の人生を歩む子は好きにすればいい。


 ボクがいなくなった街を破壊したとしても、ボクは罪悪感は持たない。


 だって、それをしたのはボクではなくてノーラ先輩なのだから。


「とんだ拍子抜けどすなぁ~、かー様からは面白い男や聞いて来たんどすえ。かー様の見る目も曇ってしもうたということどすなぁ~」

「そうなんじゃない。さぁ、拍子抜けしたなら帰ってよ」


 ボクはノーラ先輩との話を切り上げて飛び上がろうとする。


「待っておくんなまし」

「何?」


 珍しく素早く動いたノーラ先輩がバルニャンを掴んだ。


「ふっふっふ。そないな口車に乗ると思てはるんでどすか?」

「いくら頑張っても本気ではやらないよ」

「まぁそれはわかりんした」

「なら、何?」

「しばらく観察させてもらいんす」

「はっ?」

「わっちもあの街にしばらく滞在しんす」

「いやいやいや、絶対嫌だけど」

「今度はマジで言いす。私を受け入れて街に入れるか、無理やり街の門壊して隣で寝られるのどっちがええです?」


 強者って我儘だ!


 これは言い逃れできないはど本気の圧がある。


 せっかく煙に巻いてやり過ごそうと思ったのに……


「ハァ~わかった。滞在は認める。だけど、揉め事はなしで頼むぞ」

「それは約束できひんなぁ~あんさんが本気で戦ってくれるんなら、揉めるのもありやと思いますんで。わっちの勝手にさせてもらいます」


 本当に厄介な火種を受け入れてしまった。


 深々と溜め息を吐いた。


「さて、案内頼みましょか」


 図々しくバルニャンに乗り込んできたのを、うんざりしながら宮殿へと戻った。


 招いてもいない客を連れて………

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