第57話 一年次 剣帝杯 4
モニターに映し出される二人の戦いは、観客たちを大いに盛り上がらせた。
極限まで魔法に固執した魔女リベラ。
魔法を開眼しながらも、意志と己が肉体で勝利を納めた女騎士リンシャン。
二人の戦いは剣帝杯を湧かせるのに十分な熱量を含んでいた。
「リベラ・グリコ嬢は惜しかったですね」
ボクの横ではモニターを見つめるタシテ君が従者のように控えている。
君も貴族だよね?しかも悪巧みする側なのに、なんで執事風なの?
「それでもリベラは自分の戦いに満足してるんじゃないかな?」
「そうなのですか?」
「ああ、終わった後の顔が満足そうだったよ」
「それは良うございました」
何故だろう……タシテ君が……執事にしか見えない。
物凄く良い笑顔でこちらに返事をしてくれる。
「リューク様はどのような手をお考えなのでしょうか?」
「手?う~ん、そうだね。ボクは優勝は考えていないから、適当に気に入らない奴の邪魔が出来てればいいかな」
「気に入らない奴ですか?例えば、入学式のときのダンのような?」
「いいや。ダンは面白いからね。放置かな……それよりは、君に話をもってきたアクージ君とかかな?」
「なるほど、ご自身よりも上に立とうとする者を許さぬと……納得です」
タシテ君が満足そうに頷いている。
「それで?君はどうするの?剣帝杯」
タシテ君はボクの質問を聞いて、清々しい顔をする。
「一度だけ戦ってみたい相手がいるのです」
「ほう~それは誰?」
「リンシャン・ソード・マーシャル様の騎士ダンです」
「へぇ~」
意外な人物の名前が出て、ボクはタシテ君の思惑を考える。
先ほど入学式のことも言っていたから、気になっていたのかな?
「あっ、勘違いなさらないでくださいね。私怨ではありません。リューク様に無礼を働いたからと言う理由ではないので、申し訳ありませんが……彼はこの半年間、剣帝アーサー様の元で修行を受けていたと聞きました。ですから、私の力を試したいと思ったのです」
真面な理由にボクは意外に感じてしまう。
「いいんじゃない。ボクは君の実力を知らないけど、ガンバってね」
「はっ、リューク様の名に恥じない戦いをお見せしたいと思います」
そう言ってタシテ君はボクの元を離れていった。
ボクはバルに乗った状態で漂いながら、お祭り騒ぎの剣帝大会を観戦していた。
賑やかな人混みをかき分けて、近づいてきたのは戦闘を終えたリベラだった。
「お疲れ様」
顔をボクに見せないように俯いていたリベラに声をかけた。
「負けて……しまいました」
顔を上げたリベラは、気丈に笑っていた。
その姿はどこか痛々しい印象を受ける。
「せっかく、リューク様から魔力吸収を教えて頂いたのに……戦闘で活かしきることが出来ませんでした」
そんなことは気にしなくてもいいのに、真面目な彼女は自分を許せないのかな?
「リベラは良くやったと思うよ」
何の慰めにもならない言葉をかけることしかできない。
「リューク様……前に一つだけ願いを叶えてくれると言う話を覚えていますか?」
実験が成功したとき、ボクは四人にお礼のために出来ることをすると伝えてある。
「ああ、覚えているよ」
「一度……断られてしまったのですが……バルに一緒に乗せて頂けませんか?」
「一緒に?」
カリンに嫉妬されちゃうね……だけど、それでお礼になるのなら今回は特別にいいかな。
「いいよ。おいで」
「……ありがとうございます」
ボクがスペースを空けると、リベラが身を縮めてバルへ座る。
「少し寒いから近づくよ」
「はい」
バルに飛び上がるように指示を出して、ゆっくり上昇を始める。
日が傾き出した夕暮れ時は、夜とは違った昼と夜が交じり合う……夕日がリベラの顔を一時的に隠してしまう。
「うぐっ」
漏れる嗚咽……決してボクから何かを語りかけることはない。
「すみません。せっかくバルに一緒に乗って頂いたのに」
こんなときでも強がるリベラは……本当に強い子なのだろう。
「構わないさ。君は、よくやった」
「そうでしょうか?勝てると思っていました。
リンシャン・ソード・マーシャル……私はリューク様の側で魔法を学び……強くなった気になっていました」
彼女が零す弱音を否定はしない。
「大量の魔法攻撃も、意表をついた作戦も……彼女の気持ちには勝てませんでした」
大粒の涙を滲ませた瞳を何度も拭いて、彼女は自分の負けを口にする。
「リューク様に頑張るって言ったのに……私は……」
カリン……許してくれるかな?泣いている女性を慰めるためだから……後で謝ろう
「おいで」
ボクはリベラをそっと引き寄せた。
彼女の溢れる言葉を……溢れ出す涙をボクの胸で受け止めてあげる。
「リベラ」
「はい?」
「君は間違っているよ」
「私が間違っている?」
「ああ、別に戦いに勝つことが全てじゃない。ボクと過ごしていて、戦うことが大事なんて言ったことある?」
「ありません」
ボクはこれまで戦いを否定してきた。
ダンに挑まれても拒否を示した。
リンシャンに挑まれても、ダンジョンボスが出てきても戦わなかった。
怠惰のためだけど、戦うことほどめんどうなことはないと思っているからだ。
「戦いで勝利して、偉いという奴は野蛮人だ。
勝った者は気分がいいかもしれない。
だけどね、殴られた方は痛い。殺された家族は悲しい。
そんなのは勝利じゃないんだよ。魔物と変わらない。
人は知恵を持っているから、知恵を使って快適な暮らしが出来る。
より良い未来を考えられる。
君は魔法を使って研究をすることを目的にしているんでしょ?ボクは戦いで勝つことよりも、魔法を発展させる君の方がずっと凄いと思うよ。
戦うことよりも、兵器を作る奴よりも……生活を発展させる人、医療を発展させる人、農家や料理、食べ物を作り出す人、みんなを楽しませる人……そんな人たちの方がずっと凄いんだ。
だから、戦いに負けたことは恥なんかじゃない。勝った奴を喜ばせてやればいい。
君は戦い以外で、大勢の人を幸せにしてあげられるんだ。
君は戦いで勝つ奴よりも、もっと凄い人だよ」
あ~こんなくさいセリフを言うつもりはなかったんだけど、ガラにもなく熱くなっちゃったね……
「あっあの、ありがとうございます」
リベラはボクの胸に抱かれている間に、涙は止まっていた。
「リューク様のお考え……素敵です。騎士だとか、魔法だとか、人が競い合う世界の中で……自分の信念をお持ちになられているのが……」
いや、ただ平和なら怠惰でいられるからだよ。
ボクは、ボクの周りが平和であればそれでいいんだ。
そうすれば時間は緩やかに、のんびりと過ぎていってくれるんだからね。
「日も完全に落ちてきたね」
「リューク様」
「なに?」
「暖かいです」
ボクはリベラを抱きしめている。
今更ながらそれを実感して、カリンへの罪悪感を思い出した
これはリベラの願いだからね。後でたくさん謝ろう。
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