第71話 船上のパーティー 3

 部屋に入ってくるなり、鼻血を出して倒れたリベラの看病をしながら、みんなでのんびりと過ごす時間は楽しい。そんな時間は長く続くことはなく、そろそろパーティーが開始される時間が近づいている。


「そろそろ行きましょうか。リベラ、大丈夫?」


 カリンが呼びかけると、リベラがゆっくり起き上がった。


「だっ、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「無理しなくてもいいのよ?」

「いえ、本当に大丈夫です。慣れました」


 チラチラとこちらを見てくるが、ボクは知らない。


「そう、では行きましょうか」


 カリンに促されてボクらは部屋を出る。

 女性ばかりの中でバルに乗って移動するボクらは目立つようで通り過ぎる人に振り返って見られることが多々ある。めんどうなのでいちいち気にはしないが、人の視線というものはうっとうしいものだ。


「リューク様、注目を集めてますね」

「そりゃそうにゃ」

「あれを見て、振り返らないご婦人はいないでしょうね」

「さすがは主様です」


 後ろで女子たちが何やら言っているが、カリンがニコニコしているので問題ないのだろう。


「さぁ到着しましたわ」


 豪華客船の最上階にある展望ダンスホールは、数百名が入っても余裕なほどの広さを誇っている。全面ガラス張りの展望はどこを見渡しても美しい夜景と夜の海が遠くまで見渡せる。


「リューク、こちらですわ」


 カリンに導かれてカリビアン陣営の貴族たちが集まる場所へ、集まった貴族たちをカリンから紹介を受ける。

 ボクは適当に挨拶を返しながら、名前を覚えるのはめんどうだなぁ~と考えているとタシテ君がやってきた。


「リューク様。父を紹介させてください」


 そういってタシテ君と一緒にやってきたのは太ったネズミ?


「これはこれはリューク様。いつもタシテがお世話になっております。トゥーン・パーク・ネズールにございます」


 身振り手振りの大きなオジサンが恭しく礼をしてくれる。シルクハットにカイゼル髭がよく似合っている。

 ネズミのような髭ならもっと似合いそうだけど、カイゼル髭がなんだか愛らしい印象を受ける。


「うん^ ^可愛くていいね」

「これはこれは……わかりますかな?」

「うん。その髭、素敵だと思うよ」

「まさに!!!私の髭をご理解頂けるとは!!!リューク様、必ずあなたは大物になるでしょうな」


 うん。このオッサンチョロいな。


「タシテ君とは友達として仲良くさせてもらっているよ」

「友達……でございますか?これはこれは……思った以上にお優しい方なのですね」


 ネズール伯爵は優しい瞳で笑っている。


「タシテよ」

「はい。父上」

「お前の言ったことの意味が理解できた。だが、デスクストス公爵家の一員としては危うい……お前がリューク様をお守りするのだぞ」

「はっ!もうこちらからも手は打ってあります。裏工作でネズールが負けるわけにはいきません」

「ならばよい。リューク様。それでは息子を残しておきますので、どうぞお使いくださいませ」

「えっ?別に何もしてもらうことないよ」

「これはこれは、大物ですな」


 一人で納得したネズール伯爵が去って行くと、別の人間が近づいてきた。


「あら~あなたがリュークちゃんね」


 2メートルを超える身長に筋肉質の身体。

 だが、着ているのは紫の派手なドレスで、臭いのキツい香水と厚い化粧をした……が話しかけてきた。


 ボクは知らないが、カリンとタシテ君以外の全員が膝をついて礼を尽くしている。


「あらあら、私のこと知らないようね」

「リューク様。ゴートン侯爵様です。デスクストス公爵夫人のご実家に当たります」


 ああ~なるほど義母さんの実家の侯爵家か……ゲーム世界では義母さんの後ろ盾として登場していたな。まぁこんなゴツイオバオジサンは印象的で覚えていそうだけど、まったく覚えていない。


「あらあら、可愛い顔が困っているわね。でも、ソソるわね」


 ゾゾッと背筋に悪寒が走る。


「タシテ君。この人はどういう人なの?」

「……無敵です」

「はっ?」

「ですから、無敵です。今のところ誰も勝てる人がいません。唯一対抗できるのは、デスクストス公爵様だけだと言われています」

「ムフッ」


 タシテ君の説明を聞いて、ボクが顔を見ると何故か口を尖らせて投げキッスをされた。


「えっと、ゴードン侯爵?」

「あら、リュークちゃんは私の甥だから、私のことはお姉様と呼んでいいわよ」


 お姉様?オジ様じゃなくて?でも、もう考えることがめんどうだ。


「お姉様。初めまして?ボクはリューク・ヒュガロ・デスクストスです」


 ボクが、お姉様と口にすると周りの貴族たちが驚いた顔でこちらを見てきた。


「あっら~リュークちゃん。本当に良い素質があるわね!!!見た目も綺麗だし、もしかしてこっちの人?」

「いえ、ボクはカリンとシロップが大好きなので、絶対に違います」


 カリンが顔を赤くして、シロップが膝を突きながら尻尾をブンブンさせている。


「あらあら、リュークちゃん。見た目とは違って♂ね。いいわ。私のことお姉様って呼んでくれたから少しだけ味方してあげる。可愛い甥だもの」


 そういって濃い臭いが近づいてくる。

 逃げるのもめんどうなので、バルに身を委ねて待ち受ける。


「このパーティーは新年を祝うものだけど……裏切り者を懲らしめちゃう予定なの。その中にあなたの大切な人もいるかもね」


 言いたいことだけ言って離れていくお姉様。ちょっと臭いが残ってクサイ。


「あらあら、きっとメキちゃんはリュークちゃんのことなんて気にしていないでしょうけど……傲慢なくせに小さなあの男は何をするかわからないから気を付けなさい。私、リュークちゃんのこと気に入っちゃった」


 意味深なことを言いながらウィンクするのはやめてほしい。あまり気分が良い物ではない。


「お姉様は、ボクの敵?」

「あらあら、子供なのにおませちゃんね。お姉様を落とすつもり?」


 ワイルドで低い声の中に心臓を鷲掴みにされたような圧迫感が含まれる。


 強者とはどこにでもいるものだ。


 ゲームにお姉様が出ていれば最強であることに間違いない。


「ううん。お姉様は嫌いじゃないから戦いたくないなって」

「あらっ!ポッ」


 何故か顔を赤くするお姉様。うん、可愛くない。


「イケナイ子ね。ふふ、まだ決めかねていたけど……沈黙を守ってあげる」


 またも意味深なことを言ってウィンクをしたお姉様は向きを変えて歩き出した。

 どこから出したのかわからない扇子を振って去って行く姿は迫力満点だった。


「さすがはリューク様です!」

「リューク、あなた凄いのね。ゴードン侯爵とまともに話が出来る人ってほとんどいないのよ!」


 タシテ君とカリンが興奮しているけど、ボクだって疲れたよ。あれは戦ってはいけない相手だ。


 きっと裏ボスがいれば、あの人に間違いない。

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