第188話 黒の塔
三年次に行われる大規模チーム戦を前に、黒の塔では決起集会が開かれようとしていた。
カリンの料理があれば最高なんだけど、卒業してしまったので、本日は黒の塔が誇るシェフたちが腕によりをかけて食堂に立食パーティー形式で料理や飲み物を用意してくれた。
パーティーの手配は全てタシテ君が引き受けてくれて、司会進行はリベラが進めている。
「皆さん。三年次が始まり。学園としては最後の年になります。それぞれ能力を高めてきた者。研究や勉強を頑張ってきた者。それぞれが力を発揮する時です。大規模チーム戦は、三つの競技で力比べを行います。まず、最初に行われるのは、学科試験からです。二年次までに勉強してきた基礎学科の総合点を競い合います。貴族派である皆さんは教養を兼ね備えている教育を受けておりますので、問題なく上位成績を取れると判断しております」
リベラの煽るような物言いに対して、貴族の子たちを見れば名誉を傷つけられたことで、闘争心を燃やす瞳をリベラに向けている。
プライドの塊のような彼らとしては黙っていられるはずがない。リベラに舐めるなと野次を飛ばす者までいる。ボクの従者であることは理解しているので、口汚く罵る者はいないが、それをしたいと思っている者も少なくはないだろ。
「ええ。信じております。貴族である皆様は他のチームよりも全てにおいて、上位の教育を受けているのですから。魔法も、実技も負けないことを信じております」
二年間の成績を競う基礎学科総合試験は、全生徒の総合点をチームごとに分けて発表されることになっている。
基礎学科に関しては、全員が必修科目として履修している。では、貴族だから優秀かと言えば、そうでもない。
むしろ、アレシダス王立学園に通えたことを名誉に思うのは、平民の方が多く。
属性魔法も持たない平民からすれば、学科こそが最も力を発揮する場所ということになる。
つまり、黒の塔は最下位にならないようにするのが目的になるので、リベラのような煽りがなければ貴族は適当に勉強をして、適当な点数しか取らない。
それでも十分に卒業に足る点数は取れる。しかし今回はそれでは負けてしまうので煽りを入れたのだ。
貴族とは面倒な生き物だ。
高貴なる者の義務として、自分の自尊心を大切にするのだから。
リベラは男爵家の令嬢だ。貴族社会で言えば下位貴族であり、ボクの従者でなければ司会をできるような身分ではない。
彼らを煽るには下位貴族が、中位、上位貴族を煽るのが一番手っ取り早い。
だが、さらに彼らをやる気にさせるためのもう一つの方法もまた存在する。
ボクは立ち上がって彼らの前に進む。
貴族とは確かに高貴な存在でいることを誇りに思う。
それと同時に、自分よりも高貴な者と認める相手には平伏したいという思いを持つ。
見た目、成績、家柄、全てが彼らよりも上位の存在が前に立てば。自然に彼らは頭を下げる。抗えない衝動が胸を締め付け、それもまた貴族として抗えない。
それはまさしく貴族の精神だ。
「君たちは素晴らしい。一人一人がアレシダス王立学園の三年次へ進級できるだけの実力者たちだ」
彼ら一人一人の顔を見て、実力を褒め称える。
上位貴族のボクが声をかけるだけで喜びに打ち震える。
「君たちの実力については何も心配はしていない。だからこそ、気負いすぎてミスをしてはいけない」
やんわりと注意を促すことで釘を刺す。上位の者から言われる言葉は、下位の貴族から言われる煽りとはまた別の意味を持つ。
精神は、高貴なる名誉を守るために。
体は、上位貴族から命令を遂行するために。
彼らのやる気を最大限まで引き上げる。
「さぁ、今日は決起集会だからね。楽しむことも大切だ。存分に楽しんでくれ。乾杯」
ボクが決起集会の挨拶と、乾杯を伝えればリベラの仕事は終わりを告げる。後の始末は、ボクに次ぐ伯爵家のタシテ君が取り仕切ってくれるのだから。
挨拶を終えて、ボクと話したいと願う者たちの相手をして、食事を摘む。それは彼らの気持ちを昂らせて、ボクの仕事を一度だけで終わらせてくれる。
ふと、人の波が途切れて仕事の終わりを告げられたところで、テラスへと移動を開始する。二年前であれば、カリンと楽しく過ごしたテラスもすでに最後の年を迎えてしまった。
「お邪魔してもよろしいですか?」
「リベラか、もちろんいいよ。ボクの愛しい君」
「ありがとうございます。ですが、意外でした。リューク様は演説をしてくださるなんて。面倒だと言ってタシテ様に全てお任せするのかと?」
「うん。本当はそのつもりだったんだけど、少し事情が変わってね」
「転校生たちのことでしょうか?」
「ああ、他国の人間がいる前で、貴族派が力がないと見せるのは得策ではないと判断したんだ」
「リューク様は、本当に不思議な方ですね」
リベラとの付き合いも三年目になった。たくさんの話をしているはずなのに、リベラは出会った時のようにボクを不思議な人だという。
「ええ、出会った時は魔法の深淵を知る天才少年だと私は思っておりました」
「ふふ、マルさんの影響を受けすぎだよ」
「父は今でも、リューク様が編み出した数々の技法を聞くたびに喜んでいますよ。魔力吸収に再生魔法。私からやり方を聞いて自分でもできないかと研究するほどです」
「マルさんにならいくらでも教えるけどね。文通は今でもしているし。質問はされなくなってしまったけど」
「それは父も同じです。質問をされなくなったから、こちらから聞きづらいと言ってました」
「本当に、マルさんらしいね」
魔法を愛し、謙虚なマルさんは今でもボクを尊敬してくれて敬ってくれている。
「リューク様を知れば知るほど不思議だと思います。子供のように研究に没頭したり、王都全ての宗教家を相手に戦って。修学旅行では、まるで、未来を知っているような助言をしてくださいました。私では到底知り得ない思慮の深さに不思議に思うことしかできません」
リベラは、クウが対応できない場所の従者をずっと続けてくれていた。
そして、ボクからの指示に従って様々な事象実験も行ってくれた。
ボクにとってリベラは魔法研究の助手であり、共同研究者として必要不可欠な存在になった。
「全てはね。《怠惰》のためですよね?」
ボクの言葉にリベラが言葉を重ねる。
「そうだよ。ふふ、ねぇリベラ。ボクの部屋に来ない?」
「よろしいのですか?」
「ああ、今日は君と朝まで語り合いたい気分だ」
ボクはバルに乗ってリベラと浮き上がる。そのままボクの部屋へとリベラを連れ込んだ。
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