第309話 他の動き 10
《sideハク・キリン・キヨイ》
幼き頃から疑問に思っていたことがある。
どうしてこの国は、こんなにも素晴らしいのに、争いが絶えないのだろうか? 皆が手に手を取り合っていけばきっと上手くいく。
そう思って勉強に礼儀作法にと、幼き頃の私は思って皇太子として恥じない自分を目指していた。だが、成長するに連れて考え方は変わっていった。
他の兄弟姉妹たちは私を次代の皇王にするために、勝手に身を引いていく。
そして、皇太子とは特別な存在なのだ。
我が国の陰陽術では八百万の様々な神が存在しており、思想や考えが様々に溢れているのだ。
それを一つにまとめるなど不可能なことだ。
他国が、一つの宗教の教えにしたがい、力を集めているのに我々は好き勝手に神を崇め、好き勝手に動き回っている。これでまとまるはずがない。
では、どうすればいいか? 簡単だ。
力ある者たちを排除すればいい。
特に、厄介なのは私のことに対して、言うことを聞かない者。
すぐに反対の意見を言う者。
そして私の言葉を否定して勝手に突っ走る者。
本当に大変だった。
五大老は、私が生まれる前から存在する者たちだ。排除のしようにも私では力がない。
だが、その五大老を誰かに打ち負かしてもらうほどに、力を失墜させてくれれば弱体化できる。
さらに、何かと私に反対の意見を突きつけてくる者たちに対しては、排除する処置を秘密裏に行っていた。
最後に面倒なのは、何を考えているのかわからない身内だ。
彼らは勝手にワシを皇太子に奉り上げ、自分たちは自由気ままに遊び呆けている。私に必要なのは未来を見通せるココロだけなのだ。
他の兄弟姉妹はいらぬ。
唯一、ワシを慕い、強さもある白虎ぐらいか?
皇太子とは皇国を意のままに操れる地位なのだ。それは神に等しく。
いや、むしろワシこそが神と言っても良いのではないか? 皇国の民にとって、バカで無能は皇王よりも、賢く、将来性のあるワシこそが神としてこの国を治めねばならぬ。
そんな日々に終わりがきた。
「ああ、ずっと言いたかったことがあるんだ」
「なんだ?」
「どうしてお前たち皇国の支配者たちはバカばかりなんだ? あまりにも賢い者が少なすぎる。もっと世界に対して目を向けたらどうだ?」
冒険者風情が知ったような口を聞くな。
「貴様は許さん!!」
ワシがこれまでどれだけの労をかけて、ここまでたどり着いたのか知らぬくせに、自由気ままな冒険者風情に何がわかる? 我こそが皇国において、もっとも高貴な存在であり、我こそが神なのだ。
皇国に住まう者たちが崇め奉る存在なのだ。
「ほう、この状況でどうするつもりだ? 貴様らの王はボクが捕まえているぞ」
「そんなことは関係ない。皇王様も言っていたであろう? この城には陰陽術が施されている。貴様は逃げられぬ!」
「逃げるさ。必ずな」
「ならば、その前に術を発動させればいい」
ワシは首を絞められて、顔を青くする皇王様をみる。
情けない顔だ。
昔は、この方を父として、神として崇めていた。
だが、いつしかただの傀儡であることに気づき、存在が許せなくなっていった。
「やっ、やめるでおじゃる! ハク!!!」
「唵!」
首が絞められる力が緩んだ瞬間。
皇王の声が聞こえたが、私は仕掛けを発動するために術式に力を込める。
「ギャー!!!」
皇王が悲鳴をあげて、陰陽術を発動したことでワシを含めたこの場にいるものの体が重くなる。
城に封印されし聖なる獣キリン。
それを皇王の命を持って召喚したのだ。
皇王の命を奪ったのは王国冒険者のバル。
それはこの場にいる者たちならば理解してくれるだろう。
元来麒麟は幸せを招く存在として知られている。
安定した穏やかな日々をもたらす幸福の象徴とされてきた。
そして、古くからの言い伝えでは、「仁の心を持つ聖人が出現する前兆として現れる」とか、「王が仁のある政治を行う時に現れる」と語り継がれていた。
だからこそ、数年前の皇王は、麒麟を捕えて封印した。
本来は幸福をもたらす存在であり、善良とされてきた麒麟を捕まえたことで、皇国はおかしくなってしまったのかも知れない。
麒麟は仲間の窮地で怒りを表す。
「さぁ! 見せてくれ麒麟よ。皇国最強の霊獣よ! 生贄は捧げた。貴殿の力を持って、皇国の敵を滅ぼせ! どうだ? バル! 我こそが神なのだ」
ワシが嬉々として、叫び声を上げると麒麟がギロリとワシを見て雷を落とした。
「なっ!」
突然の雷に体がついていかない。
それでもワシは自らの陰陽術で雷を受け止めた。
「何をする?! 麒麟よ。貴様は皇国の守り神であろう! 我の言うことを聞け! 我こそが次の皇王になる者ぞ!」
私の叫びは虚しく。
麒麟は城を破壊する勢いで、雷を落とし続けた。
激しく鳴り響く雷鳴は、麒麟の怒りを表すように城を跡形もなく破壊して、街へと延びようとしていた。
「おっと、それは困る。バカどもだけで許してくれよ」
そう言って目の前に立っていた冒険者バルが透明な紫色をしたクッションに乗り込んで飛び上がっていった。
「何をするつもりだ! 貴様如きが霊獣を相手に戦えるはずがない!」
「黙れよ大馬鹿者が! 妻のために命を張れない夫は《怠惰》も許されない。《怠惰》でいるためにはやるべきことはやるんだ! それにな。この国はボクの嫁の国でもあるんだ。守ってやる必要がある」
何を言っているのか全くわからないが、城から街へ向かう麒麟の前へと立ち塞がった。
「バカはお前だ! この間にワシは」
「どこにいくつもりだ? ハクの兄貴」
「なっ! どうしてお前がここに? 白虎」
「ハァ、帝国との戦いを報告に来たら、まさかハクの兄貴が反乱を企てているとはな。あの戦いが終わったらわかっているよな」
「うるさい! ワシは皇太子ぞ! 貴様の言うことなぞ誰が信じるか!」
「それはここにいる侍たち全員だろ?」
そう言って振り返った先には、白虎によって守られた侍たちが私を睨みつけていた。
「バカな! 貴様らは皇太子の言うことが聞けないのか!」
「聞けませぬ。もう皇王様が亡くなられ、あなたは皇王様を殺した反逆者だ!」
侍たちの怒りの目が向けられる。
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