第310話 麒麟

 皇王を人質にとってボクが脱出を図ろうとしたのを見越してなのか、皇太子であるハク・キリン・キヨイが怒声を上げた。


「貴様らの王はボクが捕まえているぞ」

「そんなことは関係ない。皇王様も言っていたであろう? この城には陰陽術が施されている。貴様は逃げられぬ!」

「逃げるさ。必ずな」

「ならば、その前に術を発動させればいい」


 ハクの瞳には皇王の姿は映っていない。

 その瞳は狂気が宿って、陰陽術を使うための印を結ぶ。


「やっ、やめるでおじゃる! ハク!!!」

「唵!」


 皇王の側にいるのは危ないと判断して、ボクは皇王を手放して距離を取る。

 

「ギャー!!!」


 皇王が悲鳴をあげた。

 陰陽術を発動させたハクを睨んで事切れる。

 全身に重みがかかり、何かからの威圧を感じた。

 

『キエエエエエエエエエ!!!!!!!』


 奇声と共に現れた存在は見たこともない生き物だった。


 身体は鹿で、牛のしっぽと馬のひづめを持ち、龍のような顔に一本の角があり、 全体の毛は黄色く、ウロコで覆われ、さらに背中の毛は五色に彩られていた。


 霊獣を召喚したのか? 初めてみる生き物に、その強さが計り知れない。ボクが威圧を受けている。


「さぁ! 見せてくれ麒麟よ。皇国最強の霊獣よ! 生贄は捧げた。貴殿の力を持って、皇国の敵を滅ぼせ! どうだ? バル! 我こそが神なのだ」


 嬉々として叫び声を上げるハク皇太子。


 だが、麒麟と呼ばれた霊獣はハクを睨みつけて雷を落とした。


「なっ! 何をする?! 麒麟よ。貴様は皇国の守り神であろう! 我の言うことを聞け! 我こそが次の皇王になる者ぞ!」


 ハクの言うことなどお構いなしを攻撃を続けて、麒麟は城を跡形もなく破壊した。


 それでも満足できなかったのか、街へと向かおうとしていた。


「おっと、それは困る。バカどもだけで許してくれよ」


 皇国のバカな権力者だけなら放っておいてもいいが、街にはシロ、リン、ルビ、ユヅキ、ミハルがいる。

 彼女たちが対応できるような化け物じゃない。

 

 夫は家族を守る者だ。


「何をするつもりだ! 貴様如きが霊獣を相手に戦えるはずがない!」

「黙れよ大馬鹿者が! 妻のために命を張れない夫は《怠惰》も許されない。《怠惰》でいるためにはやるべきことはやるんだ! それにな。この国はボクの嫁の国でもあるんだ。守ってやる必要がある」


 ココロやカスミ、それにノーラの故郷でもある。


 ボクはバルニャンを体から取り出して、空へと飛び上がった。


 麒麟の前に出て対峙する。


『キエエエエエエエエエ!!!!!!!』


 目の前にきたボクに対して怒りを表す雷を放つ。


「お前が皇国の城に囚われて、陰陽術の媒介にされていたのか?」


 城を破壊して、国を滅ぼうそうとするほどの怒りを持っているこいつは可哀想なやつなのかもしれない。


「なぁ、麒麟。ボクと遊ぼうか?」


『キエエエエエエエエエ!!!!!!!』


 怒りで我を忘れているのだろう。向かってくる麒麟をバルニャンが上手く避けてくれる。

 雷鳴を轟かせ、体当たりを繰り返す麒麟を避けて、落ち着かせるなめに、スリープをかけようとするがなかなか魔法が通らない。


 魔法耐性が強い。さすがは霊獣というわけか。


「バルニャン!」


 ボクはバルニャンを戦闘モードにして纏った。

 普通の状態で触るためには、魔力を全身に纏う必要があるので疲れる。その役目をバルニャンに任せれば戦うことは楽だ。


「とことん殴り合ってやるよ!」


 バルニャンを纏えば、霊獣を相手にしても殴り飛ばしてやることができる。


「なぁ、麒麟。お前はずっと閉じ込められて鬱憤が溜まってるんだよな? 怒りはボクが受け止めてやるよ」


『キエエエエエエエエエ!!!!!!!』


 向かってくる麒麟を避けて顔面を殴り飛ばす。


『キエ!』


 何度も何度も何度も、雷を放ち、魔法で防ぎ、大気が揺れ、それを抑え込む。


 麒麟の怒りが治まるまで、ボクは麒麟を相手をした。


 ダメージを負い、暴れ回ったことで、先ほどまでの怒り狂っていた麒麟の瞳に光が宿る。


「どうだ? 殴られて正気に戻ったか?」


『キエ!』


 首を傾げる霊獣は可愛い。

 顔は竜のようだが、見た目は鹿で空を飛んでいる。


「ふふ、なぁ麒麟。ボクは街を守りたい。できればこの国を滅ぼさないでいてくれないか? お前は強い。真剣に戦えば、どちらかが死ぬまでやり合う必要がある。お前が求める物があれば差し出そう。あそこにいる人間を殺したいなら殺せばいい。だが、そうじゃないなら、俺のところに来ないか?」


『ブルルル』


 麒麟が馬のように嘶き、ボクの前で魔力を溢れさせる。


「主人になるなら力を示せってことかな? いいよ。あ〜久しぶりに全力で行こうかな? ここに来るまでに色々と溜まっていたし、体はダルイ、本当に霊獣風情がウザいよ」


 ボクは久しぶりに《怠惰の大罪魔法》を解放する。

 使わない。ただ魔力を溢れさせて放出するだけだ。


 それでも体からスッと力が抜け落ちていくのがわかる。


 目の前で魔力を溢れさせていた麒麟の数十倍の魔力の柱が噴き上げる。


《ブルル》


 全力を出し切った。


 疲れるけど、スッキリした。


 もう動くのも怠い。

 バルニャンに体を預けると、麒麟がボクに向かって頭を下げていた。


「うん? 認めたってことかな?」


『キエエエエエエエエエ!!!!!!!』


 怒りではなく、遠吠えに近い奇声を上げる麒麟。


「乗れって? ああ、いいよ。バルニャン。鞍の変わりをしてくれ」


 麒麟の上に跨る。


 リンシャンがホワイトエナガに乗っていたのが羨ましかったので、バルニャン以外の生き物に乗ることは興味がある。


「空の散歩はバルニャンに任せていたけど、麒麟に跨って進むのは楽しいね。これなら馬車も浮かせられるかな?」


 今まではのんびりとした旅行だったけど、麒麟に引いてもらえるなら馬車に乗った空旅行もありかもね。


「この世界に制空権はないから、どこでも行き放題だ」


 麒麟のタテガミを撫でてあげると、『キエッ!』と嬉しそうな声を出す。


「いつまでも麒麟は変かな? 名前をつけた方がいいか? 黄色い毛並みに竜のような顔と角。う〜ん、王角オウキかな? 王なる角を持つ天かける聖なる獣だからな。それぐらい強い存在だ」


『キエエエエエエエエエ!!!!!!!』


 受け入れてくれたオウキを連れてボクは嫁たちが待っている色街へ帰った。

 途中で、トビに帰ることは告げてあるから問題ないよね。


 皇国の問題なんて、ボクには関係ないから。

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