第171話 一人きりの戦い

《sideリンシャン・ソード・マーシャル》


 私は愛鳥であるホワイトエナガの世話をしていた。

 寒い地域でしか生息できない鳥ではあるが、我々を乗せて飛んでくれるので、愛鳥として子供の頃から共に育ってきた。


「スノー。いよいよお前の初陣が迫っているみたいだ」

「ピー!」


 迷いの森から溢れた魔物の行軍は、次第に多くなってきている。チリスにも魔物が溢れ出して、こちらに手助けを送る余裕などない。

 いよいよマーシャル騎士団の総力を上げて挑まなければならない。


「姫様!」

「ダンか、ハヤセのそばにいなくていいのか?」


 決戦前夜のマーシャル領は至る所で宴が催されている。今生の別れになる者もいるかもしれないのだ。

 今宵は、マーシャル領の倉庫を開放して戦前に赴く者たちを鼓舞していた。


「ハヤセとは、一緒に辺境伯領近くの領境に向かう。マーシャル公爵様は、迷いの森へ進軍するそうだ」

「そうか。私はチリス領との領境に向かう。どこも厳しい状況だ」

「ああ。なぁ、姫様?」

「なんだ?」


 次にダンと会うのは魔物の行軍が終わりを告げた時だけだ。


「リュークに助けを求めないのか?」

「どうしてリュークの名が出てくるんだ?」

「だって、そうだろ? 姫様とリュークは好き合っているんだろ?」


 ダンの口から告げられた事実に、私はスノーの手綱を握りしめる。


「どうだろうな?私とあいつは、魂の伴侶となった。だが、互いの家柄や人生を支え合うつもりはない。もしもあいつが私を望むなら……」

「ならここを抜けて、リュークのもとへ行けばいいだろ?」

「言っただろ。あいつが望むならと。私は望まれてはいない。それに私があいつを望んでしまえば、あいつの最後の決意を踏み躙ることになる」

「最後の決意?」

「ああ。デスクストス家との決別を、私の願いによってさせてしまう」


 いくら奴が家族と上手くいっていないからと言って、私の願い一つで、リュークを家族と引き裂くことはできない。


「……必ず生き残ろう。そして、また学園でリュークに会おう」

「そのつもりだ。私はこんなところでは死なない」


 私とダンは互いに拳をぶつけ合って、戦場へと分かれていった。


 次の日からマーシャル騎士団の行軍が開始した。

 我々マーシャル騎士団は、領民を助けながら、奪われた領地の奪還をするために戦いを挑んだ。


「リンシャン様!チリス領内で、未確認のバケモノが出現したと報告が来ています」

「何っ!やっと魔物の行軍にメドが立つかと思えば」


 報告があった漁村近くの戦場では、魔物も人も跡形もなく消え去っていた。

 残されているのは戦闘の後と、僅かばかりの武器や防具だけだった。


「一体、何が起きたと言うんだ?」


 まるで、大きな化け物が戦場を丸ごと飲み込んだような跡地が残されていた。


「とにかく、マーシャル領内に、化け物が出現しないように防波堤の強化を急げ!」


 大勢の騎士たちが命を散らしていた。

 それでも魔物の行軍が止まらない日々が続いて、食糧も尽きかけている。


「リンシャン様。撤退のご命令を」


 騎士団を維持することも難しい状況に追い込まれていた。雪が降り積もり戦場は、魔物と騎士の死体で荒れ果てている。


「わかった。私が殿を務めよう。貴殿らは、退路を確保しつつ撤退に入ってくれ」

「リンシャン様が殿!!!なりません!殿ならば我々が務めます!どうか、リンシャン様はマーシャル領ソードに戻って騎士団の再編をお願いします!」

「ならん。私にはホワイトエナガがいる。最悪飛んで逃げることもできる。だが、貴殿らは自らのエナガを失い。馬か徒歩だ。この雪では行軍は確実に遅くなる。私はいつでも帰ることができるのだ。どうか、貴殿らを守る役目をさせてほしい」


 私は、覚悟を決めていた。


 もう、リュークに会えないかもしれない。


 マーシャル領を守る。それが私の役目なのだ。


「……承知……致しました」


 副官を務めてくれた騎士に、生き残った騎士たちを預ける。私は僅かばかりの手勢で殿を務めることにした。


 残った者たちにはエナガがいて、いつでも逃げることができる。


「貴殿らの命は宝である。危ないと自ら判断したのならエナガ共々すぐに離脱して逃げてくれ!」

「「「「「はっ」」」」」


 数十騎の数えられる程度の軍勢で、魔物の行軍を止める。ふと、ダンの父であるダンケルクの名を思い出す。

 きっと、彼も死ぬ寸前まで戦うことを選んだのだろう。


「いくぞ!!!!」


 私の号令と共に、数十騎のエナガ部隊が空を翔ける。


 長槍を使い、弓を引いて、魔法を放ち。

 持てる力の全てを使って、魔物たちを食い止める。


 一人、また一人とエナガと共に騎士たちが戦場から姿を消していく。

 彼らもまた、家族を守るために戦いに身を投じたのだ。


 気付けば、戦場を飛ぶエナガは私とスノーだけになっていた。


「ハァハァハァ、雌雄は決したか……スノー、すまないが最後まで付き合ってくれ。初陣をこのような形で飾らせてすまない」

「ピー!!!」


 ホワイトエナガは、私を乗せたまま高々と空へ飛び上がり急降下と共に戦場の魔物たちを蹴散らしていく。


「ふふ、まだまだやれると言うのか?いいだろう。お前と私は二人で一人の騎士にならん」


 私は一人で戦場を飛び回り、他の騎士たちが逃げる時間を1秒でも長く稼ごうとした。

 ホワイトエナガの片翼が失われ、自らの片足が折れて、武器が使えなくなっても戦い続けた。


「ふぅ〜もう腕も上がらないな」


 疲れた体は、ホワイトエナガにもたれて霞む瞳に映るのは、溢れんばかりの魔物たちの姿だった。


「リューク。最後に一目会いたかったな」

「なら、会いに来てよ。ボクは怠惰だから、君が来てくれないと困るよ」

「えっ?」


 暖かい光に包まれて、体の痛みが引いていく。

 体力は戻っていないので、意識は朦朧としているが、そこには夢でも見ているのかと思う人物が立っていた。


「リューク?」

「うん。そうだよ。こんなところで一人で死ぬなんて酷いな。君はボクの魂の伴侶なんだから」


 夢を見ているのだろうか?それとも死ぬ寸前に、神が奇跡を起こしたのだろうか?


「夢でも、神様でもないよ。でも、君の疲労もピークだろうから、今は寝てて、あとはボクらがやっておくから」


 優しい声と共に、私は眠りへ落ちていった。


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