第170話 働きたくない

 倦怠感が凄い。

 体は重く。眠さが異常に強い。

 強敵との戦いに《怠惰》を使った代償として、ボクは身も心も怠くなっていた。


「こっ、こらリュー様、動いてはダメでありんす」


 現在はノーラに膝枕をしてもらっている。

 最近のノーラは、ボクの近くで本を読むことが多い。

 元々、力や体は強靭でレベルもカンストしているので、強くなるためには知識が必要だとボクが伝えると一緒に本を読むようになったからだ。


 現在は、後の先の使い手や、達人の心得などを読ませている。その合間合間で、恋愛小説をシロップと読んでは語り合っていることを知っている。


「ノーラはいい匂いがするから好き」


 お姉様は強烈な匂いがして臭かったけど。

 ノーラはお香のような香りがして落ち着く。

 ボクの側にいろと言ってから、刺々しさが抜けて、今では本物の花魁のように妖艶さを醸し出している。


「リュー様、あきまへんって言うてるやないですか?今ええとこなんです。大人しくしといてほしいでありんす」


 ノーラの太ももは程よい。

 シロップやカリンともまた違った感触で、意外に細いのに引き締まっていて程よい弾力が気持ち良い。


「エリーナ姉様。あれは」

「いつものことですわ。私のお膝だって空いているのに、最近はノーラさんばかり」


 ボクはここ三日ほど、セシリア・コーマン・チリスが拠点にしている砦で休息をとっている。

 砦と言っても、元々城郭都市として使われていたところなので、街もあり、城壁や城も完備されている。

 ボクらは城の中でのんびりしていた。


 獣人三人娘は、未だにレベルがカンストしていないからと言う理由で狩りに向かった。

 ボクとノーラのお世話は、なぜかアンナが完璧にしてくれている。


「アンナ。お茶」

「はい!リューク様」

「飲ませて」

「はい!リューク様」


 どうして、ここまで言うことを聞いてくれるのかわからないけど。ボクは怠惰に過ごせるので、ありがたい。

 カリンには劣るけど、アンナが作る料理もなかなかに美味しい。


「ふぅ〜今回の《悲恋の女騎士》はハラハラと緊張感があって面白いでありんす」

「戦略と冒険要素も入ってくるからね。毎回女騎士がピンチになるから結構ドキドキだよね」

「そうなのでありんす。自ら苦難に身を投じて、人々のために戦いに赴く女騎士。ピンチに見舞われながらも必死に争い。生き残る。たまに出てくる通りすがりの旅人もいい味を出しているでありんす。逆に、同じ騎士で背中を預け合う。ヤンチャ騎士はもう少し考えて行動をした方がいいでありんす」


 ノーラと本の感想が言い合えるようになったのは嬉しい。ボクはほとんどの本を読み終えて、そろそろ新しい本を仕入れないと、三周目に突入してしまう。


「悲恋の女騎士シリーズはボクのお気に入りだけど、そろそろ在庫も尽きてきたね」

「それは大変でありんす!どこに行けば本が入手できるでありんす?」


 ボクの言葉に悲壮感たっぷりな顔をするノーラに、ボクは初めて顔を上げてセシリアを見た。


「セシリア嬢。本はないの?」

「ありません!そんな物にお金を使うぐらいであれば、軍事をもっと強化するか、食料を民に配っています!」


 マーシャル領にしても、チリス領にしても、どちらも上位ダンジョンが近いこともあって、常に戦いを強いられて、土地は痩せ、飢餓に苦しむ民がいる。


「そうか、困ったな」


 体が怠くて動きたくない。

 だけど、退屈を紛らわせる本がない。

 これは由々しき事態だ。

 カリンがいれば、美味しいご飯を食べられるし、アカリがいれば面白い実験を見せてくれる。


 ボクの奥様たちは、怠惰なボクを飽きさせないように快適さと面白さを与えてくれるが、彼女たちがいない。


「ふぅ〜そろそろカリビアン領へ帰ろうかな。ノーラも発散できたでしょ?」

「帰れば、本がありんすか?」

「ボクの家に帰ればたくさんあるけど、宮殿の方はこれからかな。まぁカリンが少しずつ本を集めてくれているから、多少は増えているかも」

「なら、帰るでありんす。上手く力を抑えることもできるようになったでありんす」


 ノーラが力を抑えられなかった原因として、戦うことが一番の楽しみだったことに起因している。

 常に楽しいこと(戦闘)を求めていたが故に周りに威圧を放っていた。

 だが、今は一番楽しいこと(読書)になったので、本を読んでいるときは興奮しない限り威圧を放つことはない。


「ちょっと待ってくださいませ!」


 ボクらの意見が一致したのに、待ったをかけたのはセシリアだった。


「うん?何?脅威は退けてあげたでしょ?」


 迷いの森の主だった蝿と、魔王の住処の主たる魔王が同時に現れた時は、ボクも死を覚悟した。

 だけど、魔王が、蝿を連れていなくなってくれたのでボクとしては役目を終えたと思う。


「まだです!確かに、一時のことを思えば魔物の数は減りました。ですが、未だにマーシャル領では魔物が溢れております!どうか、冒険者としてマーシャル領に行って魔物の討伐をしてきて欲しいですわ!」


 セシリアはユーシュンの婚約者として、次期第一王妃筆頭である。ここで恩を売っておくのも一興ではあるけど、ボクの答えは……


「めんどう」


 だって、身体が怠いんだもん。もうおうちに帰って寝たい。


「そこをなんとか!」


 メリットも提示できない。本もない。

 ただただ願いを口にするだけのセシリアに多少の苛立ちを覚える。


「きっ「失礼致します」」


 ボクが言葉を発する前に、部屋の扉が開かれて見知った顔が入ってきた。


「おや?タシテ君じゃないか?どうかしたの?」

「お久しぶりです。リューク様。今回は、父上の依頼をお伝えする伝言係としてやってまいりました」

「ネズール伯爵の?それは珍しいね。いつもボクの助けをしてくれているからね。話は聞くよ」

「それは当たり前のことなので、どうぞお気になさらないでください。あっ、その前にリューク様にはこれを」


 そう言ってマジックバックから、大量の本を積み上げるタシテ君。ボクが読んだことのない物語や、本のタイトルがたくさん見えている。


「うわ〜やっぱりタシテ君はわかっているね」

「リューク様の望むがままに」


 ノーラもボクの膝枕をしていなければ、飛びつきたい衝動に駆られている。

 ボクは体を起こして、タシテ君と目線を合わせた。

 解放されたノーラは、タシテ君が出した本へ飛びつき。

 なぜか、エリーナがボクの横へ腰を下ろした。


「それで?要件は?」

「魔王を刺激しないで、マーシャル領を鎮圧していただきたいのです」

「どうしてネズール伯爵が?」

「貴族派は、現在下準備に忙しく、助け舟を出せる者がいないそうなのです」


 タシテ君はボクに嘘をつかないように、慎重に言葉を選んで要件を告げてくれた。だが、十分にボクには理解できた。


「なるほどね。そう言うこと……手土産のお礼はしないとね」

「ありがとうございます!!」


 タシテ君が来た理由は、彼ならボクが動くとネズール伯爵が予想したんだろう。ボクはまんまと乗ってあげることにした。


「それじゃ、シロップたちが戻ってきたら、行くとしますか」


 ボクは立ち上がる。

 城から見えるマーシャル領へ視線を向けた。

 雪山に包まれたマーシャル領には、リンシャンとルビーの両親がいる。


 ボクはもう少しで終わる、冬休みを寒いところで過ごさないと行けないようだ。


 振り返ると、エリーナが膨れた顔をしていた。

 なぜだろう?

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