第169話 下準備

《side???》


 黒曜石で作られた長テーブルを囲うように左右に座る面々は、貴族派の重鎮達が揃っていた。

 王国の上位貴族たちの当主たちがずらりと並び主賓の登場を待っていた。

 これまでの当主とは変わった家もあり、未だに重苦しい緊張感に包まれていた。


 そんな緊迫した部屋の中に堂々とした足取りで、遅れてやってきた男は最奥の中央の席に腰を下ろした。

 集まった者達からの注目を集める視線が向けられる。


「皆も聞いていることと思う。我らが敵が動きを見せた。これにより一刻の猶予もなくなったと言えるであろう。ネズール」

「はっ!」


 名を呼ばれた太ったネズミのような伯爵が、自慢のカイゼル髭をなぞりながら立ち上がる。


「我が耳によりますれば、遭遇場所はチリス領内。マーシャル領の迷いの森に起きた魔物の行軍に起因するものと思われます。それを興した元凶は新たな生命体であり、《大罪魔法》の痕跡を残したそうです。ただ、対峙したリューク様もまた」

「もう良い」


 報告を遮られても、ネズール伯爵は、恭しく頭を下げて席についた。


「ゴードン」

「は~い♪」


 重苦しい空気をぶち壊すような返事するが、誰もそれを咎める者はいない。

 彼女を遮れる者は、この場には中央に座るお方だけである。そのお方が許しているのであれば、問題ないということになる。


「貴様の駒はどうなっている?」

「う~ん、ごめんなさいね。どうやら上手くいかなかったみたいなの。リュークちゃんをこちらに引き戻そうと思ったんだけど逆に引き込まれちゃったみたい」

「おいおい、姉さん。それは」


 革ジャンに片目が潰れた若い男が、ゴードン侯爵の失敗報告に難癖をつけようとした。だが、ゴードン侯爵から向けられた視線で口を紡ぐ。


「アクージ家の新当主殿は随分と口が軽いようねぇ~私が塞いであげようかしら?物理的に……」


 ゴードン侯爵は投げキッスとウィンクをする。


「ウェー!もう、あんたの時代は終わったんだって教えてやってもいいんだぜ!」


 ゴードン侯爵の威圧に動じたのは一瞬だけで、新アクージ侯爵は反抗的な口調で反論する。


「お二人ともおやめください。御前の前ですよ」


 二人を止めたのは、グフ伯爵の新当主になったチーシン・ドスーベ・ブフである。聖職者として、教皇の地位を得た彼は、聖女アイリスの後ろ盾として教会を掌握している。その功績は、彼に威厳を与えつつあった。


「うるせぇよ!早々に尻尾を振ったくせによ!」


 常にケンカ腰のアクージ侯爵を咎めるように、最奥の右側に座るテスタがジワリと魔力を漏れ出す。


「アクージ侯爵、元気があって羨ましいが少し黙れ」


 テスタの魔力を込めた言葉に、アクージ侯爵もさすがに罰が悪いと思ったのか言葉を止めた。テスタの向かいに座るゴードン侯爵も両手を挙げて引き下がる。


「カリビアン伯爵。食料はどうなっておる?」

「貯蔵は十分に、30年は戦えるでしょう。貿易相手にも困ってはおりません」

「うむ」


 貴族派が見ているのは、王権派ではない。

 むしろ、その後ろに見え隠れする魔王の存在にあった。集められた当主たちもそれは理解している。

 それぞれの報告が終わり、視線がデスクストス公爵へ戻される。


「計画開始まで、一年を切った。だが、未だに王都全域及びそれぞれの領地の工事は終わってはおらん。未だ、動くのは時期尚早である。今まで通り魔王を刺激せずにおりたい。誰ぞ、マーシャル領へ出向いてはくれんか?」


 デスクストス公爵の言葉に、誰もが自治領のことでテンヤワンヤの中では難しい状況である。手駒としている貴族達も全てを使って準備に取りかかっているのだ。


「よろしいでしょうか?」

「ネズール。貴殿が行ってくれるのか?」

「私ではありませんが、我が息子に使いを出してもよろしいでしょうか?」

「うむ」

「先ほど申し上げた通り、リューク様がチリスにおられます。そのままチリスからマーシャル領は近い。我が息子とリューク様は友好的な関係を築いております故」

「奴を使うか」


 すでにここに集まる貴族達は、デスクストス公爵がリュークのことなど駒の一つとしか思っていないことを知っている。

 それこそ幼い頃は、駒にもならぬために捨てるつもりであったことも。最近は駒としての役割を果たしていると多少認めている節があるのだ。


 ネズールの提案は、他の貴族達からすればありがたい話だった。


「そうね。私の娘もいるから手伝わせましょう」


 そこに助け船を出したのは、ゴードン侯爵だった。

 それには今回の作戦を失敗した尻拭いも含まれていた。


 情報のネズール。

 強欲のゴードン。


 二家から、次代の当主を使いに出すというのだ。

 これ以上の申し出はない。


「いいだろう。あやつを使って、迷いの森の鎮圧を進めてくれ。魔王の怒りを買わぬ程度に調整はさせてな」


 デスクストス公爵は、全ての話を終えたと言って立ち上がる。


「承知いたしました」

「わかったわ~」


 それに習って全員が席を立つ。


「我らが王国の未来のために」

「「「「「「我らが王国の未来のために」」」」」」


 テーブルに置かれいた杯を持ち上げて、全員が飲み干した。


 ―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【sideテスタ】


 忌々しい。狂おしいほどに忌々しい。


「テスタ殿」

「グフ伯爵。どうされた?」

「貴殿は、どちらなのか聞きたくてな」

「どちらはとは?」

「リューク様と対立するつもりなのか?それとも放置されるのか?」


 グフ家新当主は、アイリスの後ろ盾をしている。

 肝の据わった男であり、聖職者としては前当主よりも優秀であると聞いている。

 人々に好かれるなど羨ましいことだ。


「別に。あやつが我々の邪魔をしなければ放置しておくだけだ。今は、我々の役に立っている。その間は使い潰すだけである」

「そうですか。ならば、現在は対立はないと考えてよろしいな」

「何を気にすると言うのだ?あのようなやる気の無い者を」


 少しだけ興味が湧いた。

 グフ家は、今まで通人至上主義を謳ってきた。

 それは何も迫害を目的にした者では無い。

 魔王の配下たる魔族を排除するために必要だったため、そうしてきたに過ぎない。


 それを撤回する出来事があったのは聞いているが、果たして意味はあるのか?


「あなたは、彼の方の本質を見ていない。彼の方は、御前に最も近いと私は思っております。機会があれば一度話してみなさい。あなたが彼の方と敵対しないことが分かれば私は安心できる」


 そう言って立ち去っていく姿を見て、あやつの顔を思い浮かべる。


「全く。アイリスもリュークも愛苦しい思いをさせてくれる」


 去ったグフ家とは反対の方向に歩いていけば、アクージ当主が待っていた。


 目配せをして歩き始める。


 動乱を始める下準備をしなくてはならない。

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