第172話 マーシャル領突入作戦会議
タシテ君の依頼で、マーシャル領へ行くことが決まったのは仕方ない。
だけど、ボクの体は怠くて動ける状態ではない。
なので、体は動かさないで口だけを動かすことにした。
「それで?リンシャンの位置は把握できているの?」
「リンシャン様ですか?少々お待ちを」
タシテ君は廊下に出て、数名の使用人に何やら言伝を始めた。
数分待っていると、一枚の紙切れを持って現れた。
「どうやら、マーシャル領内はかなり危険な状態に陥っているようです。迷いの森から溢れる魔物に騎士団だけでは対応しきれていないようですね。数年前に作られた防備のおかげで持ち堪えてはいるようです。ダンジョンとの間に作った見張り塔や、壁ですね。ですが、そろそろ限界が近く。指揮系統を三つに分けて各方面から総力戦に入るところのようです」
さすがは、情報のネズール。
しっかりとチリス領内やマーシャル領内にも、耳を潜ませていると言うことだね。
「急がないといけないわけだ。シロップたちも戻ってきたからボクらだけで動くことは簡単だ。だけど、それじゃあ完全に迷いの森から溢れる魔物を討伐はできない」
タシテ君とボクのやりとりを、呆然と眺めているチリス侯爵令嬢へ視線を向けた。
「セシリア」
「なっ、なんですの?」
「君が総大将だ」
「ふぇ! 私が総大将?!」
ボクの言葉に驚いた声を出す、セシリアに頷いて状況の整理を始める。
「チリス領内は、迷いの森から溢れていた魔物たちは、蝿がいなくなったことで沈静化に向かっている。そこで、領境線まで軍を進軍して、迷いの森から溢れる魔物たちの掃討戦を始めてくれ。その指揮は領主の娘である君の役目だろ?」
「もっ、もちろんですわ! 我が領内のことです! できますわ」
力強く頷くセシリアは、小さい胸を張って宣言する。
「ただ、少しだけ軍を分けてほしい。分けた軍の指揮をエリーナ。君に頼みたい」
「私にですか?」
「ああ、そちらは冒険者や傭兵など。チリス領内で雇っていた者たちだ。彼らには迷いの森から、マーシャル領への道を整備してもらう。エリーナとアンナ、それにタシテ君には彼らの指揮を頼む」
「かしこまりました。リューク様が望むがままに」
タシテ君は、すでに状況がわかっているようだ。
盤上の駒を使って、最善の一手を目指すために。
ボクの体が怠くて動けない今、現状では最強の駒は本に目を光らせるノーラということになる。
「ノーラ。ボクと一緒にマーシャル領へきてくれるかい?」
「もちろんでありんす。わっちは、リュー様と共にいるでありんす」
「ありがとう。シロップはノーラの補助を頼めるかい?馬車の御者もシロップにお願いすると思う」
「もちろんです。リューク様の身を守り、運ぶのは我が務め!」
シロップは凛々しい顔で、ボクの忠犬っぷりを遺憾なく発揮する。
「バルは最終手段として、クウはボクの側で伝令係をしてくれるかい?」
「かしこまりました! リューク様!」
クウは足が速いので、ボクが伝えたいことを他の人に伝える役目を担ってもらう。魔物が溢れる場所に飛び込むので、それぞれの情報共有は必須事項だ。
「さて、ここまで現状把握、配置決めは終わったわけだ」
一人だけ名前を呼ばれていない者がいる。
ボクはわざと彼女の名を呼ばなかった。
彼女は言った。自分には目的があると……
彼女は言った。強い人の力を借りたいと……
彼女は言った。そのために全てを捧げると……
「わっ、私がまだ名前を呼ばれていないにゃ!」
全員の視線が、ルビーへと向けられる。
「ああ、名を呼んでいない」
「どうしてにゃ? 私もリューク様とマーシャル領へ行くにゃ!」
「いや、ここからは危険になる。ルビーは一旦、カリビアンに戻るのも一つだ」
ボクの発言が信じられないと言った顔で、ルビーが驚いた顔をする。
エリーナも、ボクの意思を測りかねて、何かを発言しようとしたが、アンナに止められていた。
「そっ! そんなのって無いにゃ! わっ、私は両親を助けるために、リューク様に全てを捧げたにゃ! ここで帰ったら両親がどうなったのかわからないままにゃ!」
彼女は誰よりも奥ゆかしい。
自分の意思を強く持ち、常識人で、自由奔放に見える見た目とは裏腹に、自分の願いを口にすることが苦手だ。
「なら、ルビー。この場でお前に問う。お前は何を望む?」
ボクは、二人きりの時ではなく。
他者が見ている場所でルビーに問いかけた。
それは、彼女自身への試練だ。
本当に望むことを、口にしなければ望みは叶わない。
ボクは怠惰でいたい。
何度もそれを口にしてきた。
未だに怠惰な生活は叶っていないけど、それでもみんながボクに怠惰をプレゼントしようと動いてくれる。
「わっ、私は別に一人でも行くにゃ」
「本当に?」
「いっ、意地悪にゃ。どうしてそんなことを聞くにゃ?」
「今なら、大勢の人が迷いの森を目指して動いてくれる。一人で探しても見つからない物も見つけやすくなるだろ?」
「にゃ?!!!」
でも、それは、ボク一人に頼むことじゃない。
ここに集まる全員に頼むことだとボクは思う。
「……そういうことにゃ。リューク様は本当に意地悪な人にゃ。だけど、最高の旦那様にゃ」
ルビーはボクの意図を察したようだ。
深々と全員に向かって頭下げた。
「私の両親は迷いの森で行方不明になっているのにゃ。お願いにゃ! 迷いの森に行くなら、私の両親を一緒に探して欲しいのにゃ!」
よく言えました。
ルビーは、いつも自分のことよりも他人のことを優先する。常識人で、奥ゆかしい行為ではあるが、彼女自身の望みは叶わない。
望みを叶えたいなら、口にしなければならない。
「ルビやんの両親。わっちも一緒に探すでありんす」
「そうですね。任せてください。犬獣人の私は人探しが得意です」
「わっ、私もお手伝いできることがあれば手伝います。ルビー姉さん」
これまで一緒に旅をしてきた三人が協力を申し出る。
「うむ。そういう事情があったとは、私の知らない情報ですね。迷いの森は調査不足なのでお力にはなれませんが、ご協力できるところは致しましょう」
「邪魔な魔物は私が払いのけておくわ。ルビーは両親を探してあげて」
タシテ君、エリーナの励ましにルビーは涙を流した。
アンナがそっとハンカチを差し出す。
「よし。これで配置は完了だな。セシリアがチリス領内に残る迷いの森から溢れた魔物を掃討。エリーナ、タシテ君は、領境に溢れる魔物の討伐。そして、ボクを含めた遊撃部隊が、マーシャル領へ侵入して先遣隊として迷いの森を目指す。それでいいね?」
ボクが取り仕切る作戦会議に異論を述べる物はいなかった。体がだるいから動きたくないと思っていたけど、頭を使うのも疲れるね。
今度は、シロップに全て演説してもらおうかな?
「リューク様」
会議を終えた部屋に残ったボクへ。
ルビーが声をかける。
「なんだい?」
「ありがとうにゃ。まさか、こんなにも早く両親の元へ行けるなんて思ってなかったにゃ」
「そうだね。ボクも来年以降になると思っていたよ」
「ふぇ? そうだったにゃ? 行ってくれるつもりだったにゃ?」
「もちろんだよ。ルビーの願いを叶えるって言っただろ?」
ルビーはそれ以上言葉を発することなくボクの胸に飛び込んで頭を擦り付けた。
「大好きにゃ! 本当に、全部終わったら私の全てをもらって欲しいにゃ」
「そのつもりだよ。ボクのために生きてね」
「わかったにゃ」
ルビーは顔を上げて、その可愛い顔でボクにキスをした。
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