第106話 スラム街

 迷宮都市ゴルゴンには華やかな街並みとは裏腹に、栄華に馴染めなくて転落した者たちや、他の都市で生きて行けなくなった者たちや流れ着いてきた者たちが住まう場所がある。それこそ彼らによって作り出された巨大なスラム街が、迷宮ゴルゴンの一角に広がっていた。


 上下水道が整備されていると言っても、人から獣の様な匂いが立ち込め、行き倒れた者は痩せ細ってミイラのように干からびている。生きているのが不思議なほどだ。


 ボクは聖人君子ではないため、全てを救えるなんて思っていない。救う気もない。

 それにここにいる者たちは、ある意味で何もしない存在として、己の人生を選択してここまで落ちてきたのだ。

 最後は獣のように食事だけを探して、彷徨うだけの怠惰な生き物を救う必要などありはしない。


「本当にこんなところにいるのか?」


 ボクの前を先導するシロップは、全身をローブで隠す冒険者スタイルでこちらを振り返る。


「はい。集めた情報によりますと、リューク様が求める鍛冶師はこちらにいると判明しました。

 ゴードン侯爵へ作品を差し出すことを拒否したため、店を失い、スラムに落ちたようです」


 なるほど、ボクの求める人物は思った通りの人だと言うことだ。


 スラム街を奥へと進んでいくと、薄暗い雰囲気と共に怪しい奴らから、視線を感じるようになった。

 シロップが姿を隠しているのは、そういう輩除けということなのだろう。

 ボクにもローブをかぶるように言っていたが、ボクは拒否させてもらった。


「こんなところで綺麗な格好してるってことは、襲ってくれってことだとわかってるんだろうな?」


 散らかった歯並びと、頭の乱雑な生え際をした者が声をかけてきた。ボクはバルに命令して瞬殺で鎮圧させる。

 触れるのも汚いような気がしたので、マジックポーチから棍棒を取り出して吹き飛ばした。


「テメェ!やりやがったな!」


 一匹現れると、数匹が群れになって集まってくる。


「バル、ボクの気持ちがわかるね」

「(^O^)/」


 バルの返事を聞いて、ボクはシロップとしばらくの間、空へ避難することにした。


 空から見える景色は、迷宮都市ゴルゴンを一望出来て、建物が乱雑に建てられている都市は、ボクにはゴチャゴチャとした都市に思えてしまう。


 それはそれで調和が取れているのかもしれないが、ボクには歪で醜悪に見えた。


「あっ、あのリューク様?」

「何?」

「どうして尻尾をずっと触っておられているのですか?」


 モジモジと恥ずかしそうにするシロップは可愛い。


「う〜ん、ちょっと欲求不満だから?」

「!!!!お慰めしますか?」


 顔を赤くしてそっと近づいてくるシロップ。


「ごめんごめん。そっちじゃないんだ。なんて言うのかな?イライラするっていうのかな?ボクは《怠惰》だから怒るのも嫌なんだけど」


 ボクはスラムを見下ろす。


「キモデブガマガエルが凄く嫌いなんだ。そうなりたくないからね」

「どういうことですか?」

「下にいる彼らは、まるで潰れたカエルのようだってことだよ」


 暴れるスラムの者たちは不潔な印象しか受けない。

 もしかしたら、ボクの知らない病原菌を持っている者もいるかもしれない。


 それは不快な印象しか感じない。だけでなく苛立ちをボクに与えてくる。


 そんなボクの態度に、シロップは困惑した顔をしている。


「わからなくてもいいよ。ただ、醜い者たちを見るのが嫌なんだ。血筋かな?アイリス姉様と同じで、ボクも好きじゃないんだよ。

 彼らにはそんなことを気にする余裕もないのかもしれない。だけど、それすら彼らが選んだ道だ」


 ボクは魔力を高めていく。


「見た目ってさ、雰囲気だけでもイケメンを作ることができるんだ。清潔感は、毎日お風呂に入ったり、身なりを整えるだけでも出来るよね。


《怠惰》でいることを否定はしない。


 だけど、ボクには超えたくない一線があって、彼らはその一線を完全に越えてしまっているんだ」


 子供であれば、手を差し伸べて成長の段階から改善してあげられる。

 元々、清潔感を知識として持つ者であれば、環境を整えてあげれば理解できるかもしれない。


 だけど、清潔さを学ばず、年齢を重ね、手を差し伸べる価値がない者まで救う気にはなれない。


「命は取らないけど、もしもボクの邪魔をするなら殺すよ」

「ひっ!命だけは」


 スラムを包み込むボクの魔力を浴びて、潰れたカエルたちは悲鳴を上げる。


「ならば、手を出す相手は選ぶんだな」


 ボクはスラム全体に魔力を解放して、敵と判断した者を問答無用で全て眠らせる。

 起きている奴らはボクへの敵意がない者として判断できる。


「さぁシロップ、案内してくれ。ボクが欲する物の元へ」

「はっ!必ず、ご期待に応えて見せます」


 地上には、ボクを邪魔する者は全て寝てしまった。

 もう誰も、邪魔する者はいない。


「魔王しゃま?」


 痩せ細り敵意のない幼い子供が疑問を口にする。

 ボクはマジックポーチから、リンゴを取り出して差し出した。


「ああ、ボクは魔王かもね」

「魔王しゃま、キレイ!!!ありがとう」


 もしも、このスラムに住む子供たちがいるなら、ボクの元に連れて帰ってもいい。

 ただ、それはゴードン侯爵である、お姉様の許可が必要になる。スラム街であっても、それはお姉様の所有物であることに変わりはないのだから……


「ここです」


 シロップが案内してくれたのは、スラム街にしては真面な家の造りをした建物だった。


「失礼!こちらにメルロ殿がおられると聞いてきた。メルロ殿は居られるか?」


 シロップが声をかけると、小さな身体をした女の子が現われる。髪の毛はモッサリとして、分厚いメガネをかけていた。


 酒の匂いを漂わせる汚い少女に、シロップは鼻を摘まんで距離を取る。


「キャハハハハ。なんだなんだ?あんたは私に用事か?用事があるなら酒を持ってこい!」


 狂ったように酒を求める汚い少女が、シロップのローブを掴む。


「申し訳ありません。リューク様。私の捜索が間違っていました」


 シロップが申し訳なさそうに謝罪を口にする。


「あぁ?何が間違っているだって?」

「お前だ!お前のような者に会いに来たわけじゃない!」

「ハァー!!!人の名前を呼んどいて、ただで帰れると思うなよ!!!」


 完全に酔っ払いであり、イチャもんを付けてくる汚い少女。


「お前がメルロなんだな?」

「あぁ?なんだお前!私がメルロなら悪いって言うのか?ヒャッ!」


 勢いよくボクを睨んだと思ったら、今度を悲鳴を上げた。


「なっ!なんで男がいるんだよ。そっ、それにそんなキレイな顔をしやがって!男?なんだよな?!とっ、とにかく帰れ帰れ!!!」


 何やらその辺にある物をぶん投げてくる筋力は凄まじいので、ドワーフに間違いないのだろう。

 小柄で力持ち、成人している女性には全く見えない。


「なるほどな!シロップ、君は間違っていないぞ」


 ボクの口角は上がっていた。


「ヒッ!あっ、悪魔!キレイな悪魔!!」


 人の顔を見て悪魔と呼ぶのは失礼な奴だ。


「メルロ!お前は今日からボクの物だ」

「ヒッ!」

「スリープ!」


 完全に人攫いの手口ではあるが、ボクは目的の人物を見つけ眠らせた。


 名工メルロ!ゲームの立身出世パートで活躍する鍛冶師を見つけたんだ。



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