前夜 終
《sideカリン・シー・カリビアン》
季節が変わり、いつまでも常夏ようだったリューの街並みにも、少しだけ肌寒さを感じる季節になりました。
リュークが旅立って半年を過ぎ、旅立つ前は目立っていなかったお腹も随分と大きくなって臨月に入りました。
もういつ産まれてもおかしくない状態になっても、リュークは帰ってはきません。
ミリルやノーラの手紙では迷宮都市ゴルゴンでは大変なことが起きていた様です。
そして、リュークは塔のダンジョンに入ってから、九十九階層の扉は閉まったままだそうです。
「ふぅ」
リューの宮殿にあるテラスに座った私は海を眺めながら、最近多く知らされる不穏な動きに頭を悩ませてしまう。
帝国は何を考えているのだろうか?
これだけ大きな戦乱が巻き起こって、喜ぶのは魔王の方ではないだろうか? ノーラは図書館を作りたいって言っていたのに頓挫しそうなのが口惜しい。
「リュークは何をしているのかな? 世界は動き出していると言うのに、あなたのお父様は相変わらずのんびりと怠惰なことね」
だけど、それがリュークだからこそ、私は愛していられる。
普通は塔のダンジョンを、九十九階層まで上がることすらできない。
それを成し遂げただけでも、凄いことなのだ。
「うっ、んんんん」
父親に似たのか動きの少ない子だった。
だけど、今日は朝から暴れる頻度が多くて、お医者様を急遽呼んでもらった。
宮殿の中は、リュークのお世話してもらうためにたくさんのメイドたちがいるので、誰か呼べばきてくれる。
「こりゃいかん、そろそろ生まれるぞ! 温かい湯の準備をせい! 回復術師も呼んできてくれ。もしかしたら、急な出産になる、母子共に大変なことになるかもしれん」
急遽、宮殿の一室を病室として、ベッドへ寝かされてシーツを敷かれる。
「いかん、陣痛が始まっとる!」
ミリルの師匠に当たるお医者様がいてくれてよかった。
王国内でも出産は命をかけなければいけないほど危険な行為だ。
だけど、少しでも有能な医師や回復術師がいるだけで、母子ともに命の危険度はグッと下がることになる。
「んんんんん!!」
「まだ力んではいかん! 子が出てきてしまう! 回復術師はまだかい!」
お医者様が声を荒らげる。
だけど、ふと、私の顔を隠すほどの影が覆い被さる。
「ボクが勤めよう」
「なっ!」
「えっ!」
痛みと苦しさで目を開ければ、誰よりも安心する顔が目の前にある。
「カリン、ただいま」
「リューク!」
「こりゃ! たまげた、主人様と共同とは腕がなるねぇ!」
私は突然現れたリュークに驚きながら、お産の苦しみで、すぐにそんなことは考えられなくなった。
リュークが手を握ってくれる。
「領主様! ギュッと握らせてもらいな!」
「んんんん!!!」
リュークの手は大きくて安心する。
「カリン、待たせてごめんね。でも、なんとか間に合ったよ」
「リューク!! んんんん!!!」
「ええぞ! 領主様、今じゃ! 力め! 頭が出てきた!」
リュークが手を握って側にいてくれる。
それだけで凄く心強い。
「んんんん!!!」
「ハハッ! 領主様、出てきおったぞ! もう少しじゃ!」
「カリン! 頑張って!」
「んんんん!!!ハァ!!!」
「よし! 頭が出た」
「ハァハァハァ」
「頑張ったね」
リュークが私の頭を撫でてくれる。
もう、本当にいて欲しい時は絶対にいてくれるんだから、ズルイよ。
「どうじゃ! 領主様!」
お医者様が見せてくれたのは女の子でした。
私に似た髪の色をした女の子。
リュークに似た子が嬉しかったけど、成長して顔だけでも似てほしい。
「本当によく頑張ったね。カリン」
「ふぅふぅふぅ、うん。お帰りなさい」
「ただいま。ゆっくりおやすみ」
リュークが私に回復魔法をかけてくれる。
それまで痛くて辛かった体から痛みが引いて落ち着いていく。
「少しお眠り」
リュークが私にキスをしてくれて、ゆっくりと眠りに落ちていく。
それは久しぶりに感じる暖かい眠りで、リュークが帰ってきたのは夢だったのではないかと思ってしまう。
目が覚めると……。
「おはよう。カリン」
「ずっといてくれたの?」
「ああ、もちろん。頑張ってくれたカリンを癒してあげたくてね。それに子供はバルに任せているよ」
そういって見上げるとバルちゃんに乗って、赤ちゃんが浮いている。
綺麗に洗われて服を着て眠っている。
「バルちゃんは、子守もできるのね」
「バルは万能だからね。それに寝心地は普通のベッドよりも良いから子供ベッドには完璧だよ。子供を寝かせるには最適だと思うよ」
「ふふ、そうね」
私は久しぶりにギュッとリュークを抱きしめた。
「おかえりなさい」
「うん。ただいま」
リュークと子供しかいない部屋の中で私は久しぶりに甘える。
嬉しい。
家族だけの時間がこんなにも幸福と思えると思わなかった。
「リューク、名前をつけてあげて」
「えっ? ボクがつけるの?」
「もちろんよ! 私たちの子供なんだから」
「う〜ん、ボクってネーミングセンスないんだけどね。そうだね」
リュークは気持ちよく眠る娘を見る。
「カリンに似た子になって欲しいから、カレンはどうかな?」
「似てるけど大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。全員の名前を間違えたことないだろ?」
「それもそうね。これからたくさん増えるから頑張ってね」
「それは大変そうだね」
久しぶりに会うリュークは、子供の頃にあった時のような元気な様子に見える。
「何かあった?」
「どうして?」
「なんだか、顔色がよく見えるから」
「ふふ、そうかも。カリンが頑張ってくれたから気分がいいんだ」
「そう?」
なんだか誤魔化されたような気がします。
だけど、リュークが元気なら嬉しい。
私はもう一度、強く抱きついた。
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あとがき
どうも作者のイコです。
いつも読んでいただきありがとうございます。
幕間にお付き合い頂きありがとうございます!
明日から、帝国編を始めていきます。
長い章になりますが、お付き合いいただければ嬉しく思います。
第十章 帝国編
どうぞよろしくお願いします!
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