第162話 冒険者の仕事をしよう 4
《side???》
それが生まれたとき、極めて小さい虫だった。
その辺に落ちている石よりも、花びらよりも小さくて、人の目にも映らない。
ただ、極めて小さい虫は、一つだけ意志を持っていた。
《腹が減った》
虫は何でも食べた。
石や砂、草木や花びら。
自分が食べられる物は何でも口にした。
そんなある日、一匹のウサギが自分の目の前に現われた。
大きなウサギは、自分の存在に気付いていない。
思い切ってウサギの足へと飛びついた。
ウサギの身体には様々な小さな虫が戦いを繰り広げていた。
自分は弱くて小さい虫だから、他の虫によって敗北した虫を食べた。
それは今まで石や花を食べたときよりも美味だった。
極めて小さな虫は、魔力を持つ存在を初めて口にした。
「美味しい」と初めて感じたのだ。
それから毎日、身を隠しながら弱った虫を食べる日々が続いた。
ある時、ウサギの毛に囓りついた。
弱った虫が少なくなってきていて、腹が減っていたからだ。
ウサギの毛は美味かった。
虫を食べるよりも遙かに濃厚で、身体に満腹感が満ちていく。
極めて小さな虫は知らかった。
ここが迷いの森と呼ばれていることを。
強力な魔物の巣窟でありながら、日々魔物たちがせめぎ合っていることを。
極めて小さな虫は他の小さな虫を食べる事よりも、ウサギの毛を食べ、肉を食らうことを覚えた。
最初はウサギも極めて小さな虫が何をしようと気にしていなかった。
たまに身体を擦りつけて、痛みを誤魔化そうとする程度だった。
だが、いつしか痛みは激痛に変わり、ウサギは弱り朽ち果てた。
極めて小さな虫は……… ウサギの全てを食らい尽くした。
極めて小さな虫ではあったが、強く強烈な感情が全てを突き動かす。
『腹が減った!もっとほしい』
極めて小さな虫を意思が生かした。
次のウサギを求めた。
迷いの森に生きるウサギなのだ。
どの個体も弱くはない。
弱くはないが、極めて小さな虫に、魔物たちが気を配るほどの繊細さは持ち合わせていない。
極めて小さな虫は、自分を殺さない安全な相手を選んで寄生をした。
毛を食べ、血を啜り、肉に囓り付き、魔力を食べた。
『こんなにも小さな獲物では満たされない』
いつしかウサギでは、空腹を満たせなくなっていた。
極めて小さな虫は、いつの間にか視認出来るほどの小さな虫になっていた。
羽を生やし、六つの腕で取り付き、寄生する他の虫を食らって強くなった。
次に取り付いたのは熊だ。
小さかった虫は少しだけ大きくなっていた。
だからウサギや小さい魔物に取り付くことができなくなった。
大きな熊を獲物に定めて、血を吸った。
魔力を奪い、いつの間にか肉も全て食らっていた。
『ダメだ。腹が減った』
熊はウサギよりも魔力が多くて美味かった。
しかし、小さな虫は、ウサギのときよりも食べる量が多くなっていた。
大きな熊を食べても満足しない。
熊よりも大きな大きなイノシシに取り付いて全てを食らう。
それでも足りなくて、今度は大きなトカゲに取り付いて、また全てを食らった。
どれだけ食べても満たされない。
美味しいと感じる。
だけど、いつの間にか終わってしまう。
小さな虫は、熊と変わらないほど大きくなっていた。
もう虫を小さなとは表現できない。
普通の魔物では満足できない。
もっと魔力が多くて、もっと大きな魔物が食べたい。
トレントと呼ばれる大きな木を食べた。
迷いの森を、森たらしめる木の魔物。
彼らは芳醇な魔力に、大量の実体を持つ。
生まれて初めて、お腹がはち切れそうなほどいっぱいになった。
それも一日が終わってしまえば、また腹が減る。
森の魔物を食べていると、次第に魔物は自分から逃げるようになった。
生まれたときは、あれほど自分が極めて小さな虫だったのに、今では自分が森で一番強い存在になってしまった。
それなのに自分の身体に訪れる最悪な飢餓感は、どうしても獲物を求めずにはいられない。
「もっとだ。もっと魔力が多く。芳醇で美味しい物を食べたい」
どうして、こんなことを思うのかわからない。
「匂いがする。美味そうな匂いだ」
極めて小さな虫だった魔物は、海辺の漁村へ向けて飛び立った。
森から近い海辺には、たくさんの魔物と魔物以外の者たちが戦いを繰り広げていた。
「こんなにたくさんの獲物がいる!!!」
歓喜した!
美味しそうな食事がたくさんいる!ここは夢のような場所だ。
魔物たちがいっぱいで美味そうだ。
何かよくわからない魔物と戦っている物も美味そうだ。
「全て食らい尽くす!」
嬉々として戦場へと極めて小さな虫だった、化け物が降り立った。
突如現われた巨大な虫の襲来に、魔物もそれ以外の者も何も抵抗できないまま、一つの戦場は鎧も残すことなく全てが消え去った。
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