第163話 冒険者の仕事をしよう 5

 どこにいても月の綺麗さは際立つと思っていたけど、チリス領は海辺から離れて雪が降り積もる山の中に入ると、たまに雲が晴れて綺麗な冬の空が広がる。


 雲の隙間から見える月は本当に綺麗だ。


「何を見てはりますのや?」

「月だよ」

「月?なんや面白い物でも写り込んでおりますんか?」


 シロップやクウたちが寝静まっている朝方。

 ボクは日課のモーニングルーティンのために目を覚ましたけど、まだ外は真っ暗だ。


「どうなんだろうね?」


 月にウサギが住んでいると言われたことがあるけれど、真ん丸お月見様の日には団子を飾って食べる方が好きだった。ただ、それは秋の話だったように思える。

 冬の月はただ明るくて、暗闇を照らしてくれる温かい存在に思えてくる。


 ボクは、静かな冬の月が好きだ。


 月を見ていると、リンシャンを思い出す。


 真っ赤な髪に、真っ赤な鎧を着て、見た目は凄く派手で明るく温かいのに。

 他の人たちを照らすためにひっそりと影に隠れる。

 太陽にはならない月のような人。

 それがボクのイメージする良妻賢母のリンシャンという人物だ。


「つまらんなぁ〜別のオナゴを思てはるように感じますよって」

「ふむ。ねぇ、ノーラ先輩」

「わっちのことはノーラと呼んでほしいでありんす」


 ノーラ先輩は、距離を詰めてこようとする。

 ボクとしては、今後の展開を知るが故に距離を詰めていきにくい。


 立身出世パートに入れば、貴族派たちは、様々な事件を起こすことになる。


 その際には王権派にとって最も大きな障害になるのが、ノーラ先輩なのだ。


 裏で糸を引くテスタ兄上とはまた別の意味で障害になる。

 ノーラ先輩は、様々な戦闘に参加しては王権派をかき乱していく。


 ボクと行動を共にしていると、王権派の邪魔をしない恐れがある。

 そうなると貴族派の動きが読み辛くなってしまう。


「リュー様は不思議やね」

「ボクが不思議かな?いつもやる気がないと言われたことはあるけど」

「他の人たちとは見ているものが違うように感じますなぁ〜。それはまるで、世界を遠くの方から見ているようで、ここにいないような気がします」


 たまにゲームの世界であることを意識して、物事を考えてしまうことがある。

 そんな時に、自分がどんな顔をしているかなんて考えていない。


「そんなこと初めて言われたよ」

「わっちは、あまり頭がええ方やあらへん。貴族の令嬢や言うても育ちは歓楽街やし。幼い時は碌な教育も受けとりゃしません。かー様のところへ言って読み書きを習い。アレシダス学園で魔法を教えてもろたけど。なんや堅苦しい話は面白くもあらしません。せやけど、人の機微はよう見てきたでありんす」


 自由に世界を生きるノーラ先輩でも、そんなことを気にするのかと不思議に思う。ふと疑問が湧いてきた。


「前に戦うこと、男女の恋愛は好きだって言ってたよね?本は読まないの?」

「本?本なんて何が面白いのか全く分かりまへんなぁ〜。教科書は、まぁ歴史や数字や意味があるんはわかっています。ただ、興味がわかへん。小説なんて空想の物なんて余計に興味が持てへんわ」


 ノーラ先輩の答えに少しだけムッとしてしまう。

 ボクは、本が好きだ。

 ゲームがあれば、RPGやノベル形式のシミュレーションゲームなんて大好きだった。


 自分では体験できない人物や物語を追体験できることが楽しかったからだ。

 今のボクはゲームの中に登場するリュークになった。

 本来であれば、断罪される未来を生きるはずだった。

 その人生を様々な形で潰そうとしている。


 ノーラ先輩の言葉は、ボクを否定している気がして苛立ちを感じた。


「ノーラ先輩。なら、一つ話をしようか」

「話?なんです?」

「この世界の未来についてだ」

「未来?あまり興味はないけど、聞くだけ聞きましょう」

「この世界は一年後戦争状態に入る」

「へぇ〜それは面白そうやな」


 ボクの言葉にノーラ先輩は、興味を惹かれたように目の色を変えた。

 獰猛な野獣のような瞳は、戦闘を好むノーラ先輩らしい。


「そして、王国は貴族派と王権派と二分する」

「まぁ、今でもそのような状態やから、わっちでも知っとるよ」

「そこへ魔物の襲来が重なっていく」

「ほう!魔物も加わるんかいな。三つ巴やね。それは忙しそうやわ」

「ああ、今、チリス領で起きている魔物の行軍なんて序章に過ぎない」


 朝から晩まで魔物が襲来しているチリス領は、今の時期だけではない。

 立身出世パートに入ると佳境に進むにつれて、全ての領で同じ現象が起きる。


 王国全域のダンジョンから魔物が暴れ出す。


「ワクワクする話やんか!」

「なんてね」

「へっ?」

「ボクが作り出した空想の話だよ」

「えっ?嘘なん?」

「未来の話だって言っただろ?起きるかどうかなんてわからない。ただ」

「ただ?」

「嘘かどうかもわからない」


 ボクは、ゲームの世界を知っている。

 だけど、全てのルートが同じ結末になるわけじゃない。

 ある一定の共通ルートまでは言い当てることができるだけだ。


「なんやそれ、凄いワクワクしたのに嘘はあきへんよ」

「嘘かどうかは未来になって、確かめて見ればいいさ」

「ふむ。リュー様を見てると嘘のように思えへんから不思議やね。ねぇ、リュー様はどんな本を読んでるん?」

「何?興味が出たの?」

「まぁ、本にではないけど、リュー様に興味あるよ。リュー様が好きな物をバカにするのはあかんって、それはわっちでもわかるんよ」


 ノーラ先輩は、距離を詰めようとしてくる。


 ボクは、マジックポーチから一冊の薄い本を手渡した。


「何これ?絵本?」

「うん。ボクが子供の頃に、シロップがよく寝る前に読んでくれたんだ。忠犬はっちゃんの物語って言うんだ。まずはこれから読んで見れば?」

「バカにしてるん?」

「いいや。ボクが最初に読んだのは、魔法基礎書だったけどそっちにする?」

「……まずは、これから読んでみるわ」


 そう言ってペラペラと絵本を捲り出したノーラ先輩から視線を外して、ボクはモーニングルーティンを開始した。


 意外にもノーラ先輩は挿絵が入った絵本は楽しかったようで、忠犬はっちゃんを読み返していた。

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