第167話 ヒロインたちの会話 10

《sideエリーナ・シルディー・ボーク・アレシダス》


 あれはなんですか?


 リューク様が、迷いの森の主を倒したと思ったその時。

 現れた存在に、私は膝をつくように立ち上がることができなくなりました。

 私を含めた全員が、ただ絶望を味わう中で、リューク様だけが真っ直ぐに視線を合わせて立っておられました。


「《憤怒》の魔王」


 リューク様の発した言葉に、私は心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えます。

 マオウ?魔王?まさか実在していたなんて、それは御伽話のような昔の絵本にしか現れない存在。


 リューク様が、魔王と会話をして追い返してくれた?真っ青な顔をしたリューク様は、ノーラさんに近づいて回復魔法をかけ、傷を治し終えるとそのまま眠りにつかれました。


「とんでもないお人ですわね」


 先ほどの戦いを見ていたセシリアが、リューク様を見て複雑な顔をしています。


「凄い人でしょ」

「単純に凄いと思う気持ちと、私ではわからない領域過ぎて悔しいと思う気持ちが溢れています」


 リューク様が纏っていた防具は、美少女へ変わってリューク様を抱き上げました。


「一先ず、砦に戻りましょう」


 傷ついたノーラさんも、リュークに傷を治されて眠ってしまっています。

 魔物の襲撃を受けてしまえば、二人を守るのは大変です。


「シロップさんですね。リューク様専属メイドの」

「はい。アレシダス様」


 膝をつく獣人の美しい女性に、私は目線を合わせるように同じく膝をつく。


「楽にしてください。私のことはエリーナと呼んで頂きたいのです。同じく、リューク様の妻になる者です。対等に話していただける方が私もありがたいです」

「ありがとうございます。それではエリーナと呼ばせて頂きます。この場は指示に従います」

「はい。セシリア、この場の指揮をお願いできますか?」

「もちろんです。我が領のことですから」


 私は、シロップが御者する馬車に乗って、リューク様とノーラを馬車に乗せて、リューク様に膝枕をしてあげる。


「ルビー。あなたも久しぶりですね」

「そうにゃ。エリーナはどうしてチリス領にいるのかにゃ?」

「それは……」

「リューク様に会いに来たからです」


 私の代わりに、アンナが答えてしまう。

 少しだけかっこいい理由を探したのだが、言われてしまえば仕方がない。


「そうなのかにゃ?」

「ええ。間違ってはいないわ。カリビアン領にいるというリューク様に会いに来たのだけれど、チリス領が思っていたよりも被害が大きくてね。手伝っていたのよ」


 セシリアはユーシュン兄様の婚約者です。

 私にとっても可愛がっている友人であり、そんなセシリアが困っていれば助けなければなりません。


「そうかにゃ。エリーナも大変だったにゃ」

「王族として当然なことをしただけよ」

「なし崩し的に断り辛くなってしまって」

「それは大変だったにゃ」

「はい。エリーナ様は、カッコつけなところがありますので」

「アンナ!あなたは先ほどから何を言っているのですか!」

「それは知ってるにゃ!」

「ルビー?!あなたまで」


 もう、どうしてアンナは私をからかうのかしら……


 ふと、私の膝に頭を乗せて眠るリュークを見る。

 とても綺麗な顔。ここまで来た甲斐があったわね。


「むっつりにゃ」

「むっつりですね」

「別にむっつりではありません!リュークが綺麗だから……」

「それは否定しないにゃ。さっきの魔王出現もビックリしたにゃ!リューク様がいなかったら絶対に私たちは殺されていたにゃ」


 ルビーはリューク様の横まで来て、髪を撫でました。


「そう。あなたも」


 その行為に、私はルビーがリューク様と通じ合ったのだと理解しました。


「どういうことです?」

「アンナはわからないのね」


 アンナもリューク様を好きなのは、私でもわかっている。けれど、リューク様はきっと受け入れた者と、そうでない者を線引きして分けている。


 隣で眠るノーラさん。


 きっと、彼女はリューク様に認められてはいない。


 その理由を、私が知ることが出来たのは、アンナのおかげだけど……


「これは、きっと言葉にして説明出来ることではないわ」

「ハァ?」


 アンナは意味がわからないという顔をする。


 私は愛おしい者を見る目で頭を撫でるルビーが、対等の存在になったことを理解する。

 そして、御者をしてくれているシロップさんは、私よりもリュークに愛されている。


 魔王が出現する前に、森の主との戦いの際。


 シロップさんとバルニャンちゃんだけが、名を呼んで貰えた。それは、リューク様と共に戦う。もしくは、この場で戦う資格があると、リューク様が判断したということだ。


「悔しいにゃ」

「えっ?」

「同じ気持ちにゃ」


 私は自分でも気付かないうちに、表情に出していたのかもしれない。そして、ルビーにそれを悟られた?


「エリーナは魔法で一番にゃ」

「リベラがいるわ」

「リベラは戦闘に向いている魔法ではないにゃ。戦闘に関して、魔法はエリーナが学園で一番にゃ」

「それを言うなら実技はあなたが一番ね」

「そうにゃ。バランスはリンシャンが一番。だけど、私たちでもリューク様は足手まといだと判断したにゃ。凄く悔しいにゃ」


 そうなのだ。

 私はこれまで努力を続けた来たつもりだった。

 だけど、黒龍のときも、今回も、結局リューク様に頼りきりだった。


「あと一年しかないのね」

「そうにゃ。私たちがリューク様に頼って貰えるようになるのか、それを決めて貰うのに一年しかないにゃ」


 それぞれがそれぞれの役割をもって、リューク様の役に立とうとしている。


 私は自分には何もないと不安に思ってきた。


 だけど、もしもルビ-と力を合わせて、戦闘で役に立てるとしたら………

 それは私の役目になるかもしれない。


 王族として………力を求めることを考える必要があるのかもしれない。


「私は、両親を見つけようと思うにゃ」

「ご両親?」

「そうにゃ。王国冒険者S級の二人にゃ。もっと強くなるために両親に指導してもらにゃ!」


 ルビーの決意。

 そして、私の想いが重なる。


「私も、王国の宝物庫をカラにしたとしても強くなってみせます」


 戦闘で役に立つ。

 その決心を持って、ルビーと固い握手をした。


 また、リューク様が魔王と戦うとき、悔しい思いをしたくない。


 あなたと共に………


 私はリューク様の頭をルビーがするように撫でた。

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