第378話 帝国陣営 3

《sideシド》


 帝都の見張り塔に登った私はアンガスに追いかけられる者たちを見ていた。


「増援を送った方が良いでしょうか?」


 門兵たちがアンガスの手から逃れる賊に不安を覚え叫び声を上げる。

 アンガスが河を両断する斬撃を飛ばしても防ぎ、逃げ仰た賊に一般兵を出したところでどうなることか。


「あのような雑事などどうでもいい」


 逃げる者に興味を失い視線を逸らした。

 共をしていた暗部兵が不思議そうな顔をする


「今は王国、皇国との戦争中だ。それだけでなく反乱分子は根強く抵抗を続けている。イシュタロスナイツの第一位と第六位が百万の軍勢を見張るため王国側を指揮しており。第五位が皇国の指揮を取っている」


 帝王様の帝太子や王女様が前線に出て戦っている。

 だが、王国や皇国は死に物狂いでそれを防ぐための戦いをしているのだろう。


「確かに現状は膠着状態になっております」

「うむ。それだけでなく第三位、第四位は帝国内を平定させるために奔走している。アンガスは帝都の守護のために残っているが、暇ならば残党ぐらいアンガスに任せておけばいい」

「はっ!」


 私は見張り台を離れて宮殿へと向かう。

 今の時間であれば帝王様は休まれている。


「シドです。失礼してもよろしいでしょうか?」

「うむ。入れ」


 帝王様はお一人で休まれている。

 多くの妻と子を持つが、誰にも弱さを見せない。

 それは今まで培ってきた者たちを、失う恐怖を知っておられるからだ。


「どうした?」

「地下迷宮に反逆者が侵入者したようです」

「そうか、まだ反逆者を根絶やしにはできぬか」

「はい。申し訳ありません」

「良い。シドが悪いわけではない。むしろ、シドがダンジョンマスターとして管理しているからこそ、敵の侵入を許さないのだ」


 顔色を悪くされる帝王様。


 すでに時はそれほど長くはない。


「お薬は飲まれておりますか?」

「シドよ。口うるさいぞ」

「申し訳ありません。ですが、今帝王様に倒れられては帝国は成り立たないでしょう」

「わかっておる。我とて悲願を達成するまでは死んでも死に切れぬ」


 すでに勇者の剣を持って長時間戦う気力は帝王様に残されていない。

 四十年間、戦い続けてこられた。


 最初からと言いたいところではあるが、私が加わってまだ三十年ほどでしか経っていない。


 たった一人で戦い続けてこられたお体は、病に蝕まれ、回復術師や医療者に調べさせたが、解決することはできなかった。


「では、お薬を飲んでくださいませ」

「わかっておる」


 帝都を一望できる宮殿の一室。

 それが帝王様のプライベートルームであり、入室を許可された者しか入ることを許されない場所だ。

 

 そして、戦いにおいて無類の強さと、リセットと言われる傷を全て元に戻すスキルによって戦闘では死ぬことがない帝王様は、何度リセットしようとも拭えぬ病魔に侵されてしまった。


「ふぅ〜この味がどうも苦手だ」

「しかし、現状の帝王様を生かしているのはこの薬に間違いありません」

「わかっておる。それで? 各地の報告に来たのであろう?」

「はっ!」


 膠着状態が続く現状を一つ一つ報告していく。


 イシュタロスナイツ第一位を務める帝王様の子息であるアウグス・バロックク・マグガルド・イシュタロス様は帝王様に似て血気盛んであり、まだ若く将軍としての才覚が認められる。


 だが、王としての資質はジュリア様の方が高い。


 他の帝子たちは二人ほどの才覚を発揮できていない現状では、なかなかに世継ぎが難しい。


「以上が現在の状況にございます」

「そうか、王国を守るプラウドの息子は強いな」

「こちらの兵に食糧がないことも原因かと」


 百万の軍勢を旅立たせた要因の一つとして、帝国に余裕がないというのが現状だった。

 多くの民は長く続いた戦争の影響で食糧難に陥り、さらにはここ最近飢饉にも遭い、帝国兵の全てを養うだけの食料を確保できていない。


「ふむ。教国から食料は引き出せそうか?」

「それは可能だと思っております。それにウィルヘルミーナ・フォン・ハイデンライヒ伯爵が物流の管理を順調に進めてくれております」

「そうか、ウィルはイシュタロスナイツを辞退しても活躍してくれているな」

「元々、戦場よりも商人として活躍されていた人ですから」

「うむ。適材適所というやつか。ふぅ、すまないが、少し眠る」

「はい! ゆっくりと休まれてください。王都のことは私とアンガスにお任せください」

「ああ、貴殿らに全て任せよう」


 私は帝王様の寝室を出て、廊下を歩きながら今後の方針に想いを馳せる。


「シド! ここにいたの?」

「やぁ、クレオ。どうかしたのかい?」

「聖女様が帝都内を自由に散策したいと申し出が来ているの。人質のくせに」


 我妻であり、帝王様の娘であるクレオ。


「好きにさせてやればいい」

「いいの? 敵国の人質なのよ」

「構わない。むしろ、ストレスをかけることで能力を失ったり死んでしまうことの方が厄介だ」

「はぁ、あなたは本当に優しいわね。《フェイク》のシドとは思えないわ」

「この姿すら《嘘》かもしれないよ」

「それはわからないけど、お父様が最も信頼しているのはあなただもの」


 クレオに聖女ティアの監視を頼んでいるので、報告してくれるのは嬉しいのだが、現場を離れるのは嬉しくないものだ。

 聖女ティアと友人になって、共に行動するぐらいになってもらいたい。


「ありがとう。聖女ティアは客人として扱うように頼む」

「わかったわ」


 私はクレオと別れて一人で執務室へと入る。

 宰相として、現在の王国を一手に引き受けている。


「ふぅ、オーダーか。何か用か?」


 執務室のカーテンに身を潜める影に話しかける。


 暗部の中でも特殊部隊と言われる者たちの一人が潜んでいた。


「さすがは、我らが頭領でございます。シド様、計画の方は」

「順調だ。いつでも動けるようにしておけ」

「かしこまりました。我々の悲願が成されること心よりお待ちしております」

「ああ」


 存在が消えたことを悟って、もう一度深々と息を吐く。

 様々な思惑が交錯する此度の戦争は、あまりにも複雑な思いが多すぎる。


 一人で窓の向こうに映る帝都を眺め未来を憂いた。

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