第215話 三年次剣帝杯 2

 ボクは決勝リーグに残った者たちの名簿を見て、どうしても気になる人物の元へと訪れていた。


「失礼」

「えっ? えっ! デスクストス様!」

「ボクのこと知ってるの?」

「もっ、もちろんです! びっ美の女神であるアイリス様の弟君であり、わっ、私がいくらなりたいと思っても慣れない完璧な美しさ。私の神様! こんなにもお近くで見ることができるなんて、もう死んでもいい」


 う〜ん、こういう子を何ていうんだろう? 熱狂的なファン? オタク? まぁよくわからないけど、ボクを目の前にしてここまで言えるんだから、思っていた人物で間違いなさそうだ。


「クロマ」

「デスクストス様が私の名前を! 幸せです! 何でしょうか?」

「君は怪盗サウザンドだよね?」

「!!!」


 ボクの問いかけに対して、先ほどまでグイグイと近づいてきていたクロマが距離をとる。

 立身出世パートになれば、王国だけでなく他の国々も戦乱の世へと突入していく。

 世界は次第に荒れ始める。その際に様々な活躍の仕方を見せる者が現れる。

 ハヤセが、表の情報屋とするならば、クロマは裏の情報屋と言われる存在だ。

 ゲームの主人公であるダンに対して、情報源の一人として登場する者こそクロマと言われる女性だ。

 

 彼女は千の顔を持つ大怪盗として、属性魔法変身という希少属性魔法を使う。


「デスクストス様、どうしてあなたがその名をご存知なのですか?」


 怪盗サウザンドは、学園パート編ではそれほど名の売れた怪盗ではない。

 精々、売り出し始めたばかりの怪盗? と言った程度の扱いで、彼女にどんな事情があって怪盗をしているのかもわからない。

 だが、二つ名に恥じない属性魔法は、彼女を大怪盗へと昇り詰める助けになる。


「否定はしないのかい?」

「……しません。私はいつか大怪盗になる者です。ここでバレたとしても絶対に逃げて見せます。それでは「待て」えっ?」

「別に誰かに君の正体をバラそうとしているわけでも、捕まえようとしているわけでもない」

「そっ、そうなんですか?」

「ああ、むしろ勧誘しにきた」

「勧誘?」

「そうだ。お前の力をボクのために使う気はないか?」


 自分で言っていて、悪役貴族らしいセリフだと笑いそうになる。

 薄暗い個人用の控え室は、レンガで密閉され、窓という気の利いた物はない。

 部屋の中を照らしているのは、魔力が込められたライトの光だけで、ライトは、二人の顔をユラユラと照らしている。


「わっ、私の力をリューク様が欲しい? なっ、何か盗んでほしい物があるということですか? それなら仕事として」

「違う。お前が欲しい。クロマ、お前自身をボクに捧げろ」

「えっ! 私? 私が欲しいと?」

「そうだ。お前の力は素晴らしい。だが、その力を使おうと思ったお前に興味がある。お前自身の話を聞かせろ、クロマ。お前の本来の姿を見たい。そして、お前がすること、お前が成すこと、全てを知りたい」


 大怪盗なんて体験したいと思ってできるようなことじゃない。

 激動な時代を一人の力で生き抜くクロマは、素晴らしい才能と、気概を持った女性だ。

 話を聞けるだけで十分に価値がある。


「そっ、そんな言われたら拒否できるはずないじゃない! 最高なの? これは夢? ふぅふぅふぅアハァー リュークしゃまが私の話聞きたいって幸せすぎ! あれこれが幸福? 今日死ぬの? 私死ぬ? ああ、でも死んでもいい」 


 ええええ、ちょっとドン引きなんですけど、座り込んで自分の太ももをモジモジさせて目が逝っちゃってるよ。ヤバい子に声かけちゃったかな? 今なら逃げられる?


「ハァハァハァ、でもダメ。私はまだ認められるような存在じゃない。だからダメ。リュークしゃま!」

「しゃま? えっと、何?」

「私は、まだ何も成し遂げられていません。どうか、この大会で一勝でも出来ればあなたの元へこの身を捧げたいと思います!」

「ふ〜ん。それはわざと負けて来る気がないってこと?」

「そうではありません。決してそうでは! 私はこの身を引き裂かれる思いでお断りして、自分自身に更なる重責を負わせたいのです」


 うん。ヤバい子だね。

 

「君の一回戦の相手は誰?」

「マルリッタ先輩です」

「あ〜うん。なら、期待して見てるよ」


 クロマは、特殊な分野においては優秀ではあるが、別に強さを誇るキャラではなかった。


「リュークしゃまの期待に必ず答えて見せます!」


 意気揚々と、控室を飛び出していくクロマ。

 ボクは期待をしないまま、控え室から戦いを見ることにした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【実況解説】


【実況】「いよいよやって参りました第三試合、マルリッタ選手対クロマ選手です。それにしても、第二試合のヤマト選手対セシリア選手は、皇国が誇る侍の刀術の前に、我が王国が誇る【我儘令嬢】の斧術が暴れ回る静と動の相反する戦いでした。猛攻を受け切ったヤマト選手が勝利するかに見えましたが、最後まで猛攻を耐え忍んだことで、反撃に転じる瞬間、互いの武器が破壊するという決着を迎えました」

【解説】「ヤマト選手は、刀は侍の誇りだと言って敗北を宣言しましたね」

【実況】「潔し、これぞ皇国魂」

【解説】「今年も強さを見せつけてくれる選手たち。どの選手も一癖も二癖もありますね」

【実況】「ええ、それでは第三試合、マルリッタ選手対クロマ選手の入場です」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【sideクロマ】


 キヒッ! 私はリューク様ファンクラブ会員No.9610のクロマ。

 このアレシダス王立学園に来た目的は、一年次剣帝杯でリューク様とクソアクージの戦いを見たから、あの試合は私にとって特別な一戦だった。


 私の家は、もともとアクージ家の小間使いとして使われている家だった。

 名前など与えられていなくて、草としか呼ばれない。

 様々な場所に潜伏して、情報を集め、人を殺し、アクージ家のためだけに生きる。


 私はそんな生活に嫌気がさしていた。そんな私を使っていたのが、カリギュラ・アクージだった。あいつはアクージ家の中でも最悪なやつだった。


 頭が無いくせに無駄が多い仕事ばかり、押し付けてくる。家族だった者たちはあいつのせいで死んだ。情などとうに捨てたつもりでも、私の心にいつか逃げ出してやると言う思いが強くなった。


 だけど、潜伏していたアレシダス王立学園のモニターでカリギュラが、リューク様によって廃人になった。

 その瞬間、私はアクージ家に隠し通していた能力を使って、逃げた。

 逃げて、逃げて、誰も追いかけて来ないことを知って、自由を手に入れた。


 私が変装していた生徒が、何者かの手によって暗殺されたらしい。私は死んだと判断されたのだ。

 私を解放してくれた神こそ、リューク・ヒュガロ・デスクストス様。

 私は新しい私を手に入れるために教会に行って、孤児からやり直した。

 

 聖女アイリス様の政策によって、才有る者は取り立ててくれる制度は私にとって都合がよかった。

 私はクロマとして、アレシダス王立学園に入学することができた。


 アイリス様、リューク様は私にとって神そのものだ。


 もしも、逃げただけの私なら盗みをして生きていくしかなかった。

 教会にいく前にいくつか盗みをしたが、怪盗サウザンドとかいう変な名前をつけられた。

 変な名前だけど、自然と気に入って自分でも名乗っていた。


 そんな誰とも知れない私をリューク様が見つけてくれて、私を欲しいと言う。

 だけど、ダメ。今の私は何もなしていない。

 せめて、強さを、能力を見て私を求めて欲しい。


「マルリッタ先輩。あなたを倒します」

「できると思うのか? 一年!」


【実況】「開始!」


 私は怪盗サウザンド、千の顔を持つ者。

 絶対に負けない。

 全てはリューク様に捧げるのだ。


 私の初めてを……

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