第216話 三年次剣帝杯 3
マルリッタは、この二年間をガッツ・ソード・マーシャルに師事して過ごしてきた。剣術や戦闘術など、普通の生徒よりも確実に成長を遂げた強さを大規模魔法実技大戦で示した。
カスミとの一戦は、一年分の経験値が差を分けた。
もしも、マルリッタが、もう一年早く生まれて、カスミと同じレベルや経験を積めていれば、勝負は違っていたのかもしれない。
「一年クロマ、あなたがどんな戦い方をするのか知らないが、私はそれほど甘くないぞ」
「ええ、そうですね。確かに強さなら私よりも上だと思います。ですが、私はそれを補える魔法技術を持っている」
「言ってくれる。修練に勝るというなら見せてみろ」
「マルリッタ先輩、あなたに苦手な物はありますか?」
「ない!」
「ふふ、そうですか。では試してみましょう」
会場に霧のような白いモヤが立ち込める。
それは二人を包み込むように、モニター画面を真っ白に染める。
「視覚を奪われた感想をいただいても? キヒ」
「無駄だ。貴様の存在は、視覚などなくても捉えている」
「武人とは凄いのですね。それでは」
霧の中を巨大な影が、蠢き始める。
巨大な大蛇が、トグロを巻くようにマルリッタを包み込む。
「なっ!」
「蛇は苦手ではありませんか?」
「マーシャル領に住む者を舐めるなよ。いったいどれだけの魔物を見てきたと思っている」
「ふふ、そうですか、そうですか、それは失礼しました。では、小さい虫はいかがですか?」
「痛っ!」
マルリッタは手の甲に感じる痛みに、驚き剣を落としそうになる。
それまで自分を取り囲む大蛇に気を取られていたのに、今度は小さな虫が現れる。
「幻覚で私を騙して、このような姑息な手を仕掛けて来るとは、卑怯だぞ」
「卑怯? それは異なことをおっしゃるのですね。これは私の魔法が生み出した空間、それを打破できないマルリッタ先輩にこそ未熟という言葉を差し上げます」
霧の中が見えている僕としては、クロマの仕掛けが理解できてしまう。
別に、クロマは特別なことをしているわけじゃない。
無属性魔法を使って、温度差を作りドライアイスのように白い霧を生み出しただけにすぎない。
それ自体は、単なる目眩しで意味はないが、マルリッタにとっては視界を奪われて不安を募らせる。
そこへ、自身の魔力を増大させて薄く張り巡らせる。
そうすることで大蛇がいるように演出してみせた。
だが、実際には変身魔法にも制約のような物があるのかも知れない。
ボクの大罪魔法に使うデメリットがあるように。
「先輩、終わらせますよ」
「来い! 貴様のようなものには負けぬ」
確かに、クロマの方が
マルリッタは、ガッツに師事していることからも、真っ直ぐな戦士として育てられている。良く言えば清廉潔白、悪く言えば馬鹿正直だ。
観客もそんなマルリッタを自然に応援したくなる。
だけど、ボクはマルリッタではなく、クロマを応援する。
彼女は、自分にできることを最大限まで知恵と魔法を使って勝利しようとしているにすぎない。
正面から戦えば、マルリッタに勝利をすることはできない。
だからこそ絡めてで、奇襲を使う。
それは誇っていいほど堂々とした行いだ。
態度や思想は引いてしまうが、彼女の戦い方は尊敬できる。
「変身魔法よ」
クロマは、獣人の姿をとる。
それも極めて獣に近い鳥人族の翼を持って、低空飛行を仕掛ける。
翼の羽ばたきに寄って、霧が晴れて互いに相対する。
正面からの激突では、クロマに勝ち目がないように思える。
「一閃」
マルリッタの綺麗な一太刀が一線を描く。
その剣は確実にクロマを捉えて、体を真っ二つにした……はずだった。
「先輩、変身能力を甘く見ましたね」
真っ二つに分かれた体は同時に爆発してマルリッタを飲み込んだ。
爆弾を獣人に見立てた変身を施していたんだ。
「ガハッ!」
爆炎の中から、マルリッタが転げ出る。
寸前で身を低くして致命傷を避けたマルリッタ。
だが、転げ出てきた場所には、クロマが短剣を持って待ち受ける。
「降参して頂けますか? それとも喉を切り裂きますか?」
倒れるマルリッタの喉元に剣を突き立てたクロマが問い掛ければ、マルリッタは奥歯を噛み締めて、降参を宣言した。
武力では完全にマルリッタが上を言っていた。
だが、知力と作戦。己ができることを理解していたクロマの戦略勝ちだ。
「勝者一年次【千の顔を持つ者】クロマ」
クロマは、全ての魔力を使い果たしたようで、変身が解けて痩せ細った体に髪がボサボサの女の子が現れる。お世辞にも可愛いとは言えない。むしろ、どこか汚らしくて、顔を顰める生徒もいる。
だが、戦う姿は十分に綺麗だった。
ボクは立ち上がって、クロマに向けて拍手を送る。
それに釣られるように会場中で拍手が起こり、クロマがボクを見る。
ギョロリとした瞳は大きく、まだまだ成長途中の少女なのだと思い知らされる
「リュークしゃま」
「見事だ。クロマ」
小さくボクの名を発したクロマに、ボクから称賛の言葉を送る。
賑やかな会場で聞こえてはしないだろうが、戦っている時は濁っていたクロマの瞳が光り輝いたように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます