第294話 他の動き 4

《sideテスタ・ヒュガロ・デスクストス》


 足早に聞こえてくるヒール音。

 うるさく開かれる扉に視線をあげる。


「お兄様!」

「アイリス、どうした?」


 執務室に無遠慮に入ることが許される人間などいない。

 彼女も普段であれば、このような入り方はしない。


「どうしたではありませんの?! この一ヶ月小競り合いだけでありませんの。ほとんど進行が進んでおりませんの! 相手の強さは大したことがありませんのに、どうしてこのような場所で足踏みしているんですの?」


 怒りをぶつけてくるアイリスに、私は深々と息を吐く。

 彼女が言いたいこともわかるが、すでに説明は二週間前に済ませたはずだ。


「時を待っていると、言っているだろ」

「なんですの? 時とは?」

「無闇に戦線を伸ばせば食糧や兵士の疲労は高くなる。だからこそ、相手の弱点になり得る場所を探して、一点集中させることが大切なのだ」

「そう言ってから、すでに二週間ではありませんの? いいかげん我慢の限界ですの」


 短気なことだ。もう一度息を吐く。

 ふと、息を吐いて視線をアイリスからズラせば、タイミングよく現れた人物が目に入る。


「ふむ。アイリス、タイミング良く知らせが届いたようだ」


 開かれた扉から、バドゥ・グフ・アクージが姿を見せる。


「おいおい、俺を伝令係程度に言うのはやめてくれよ」

「違うのか?」

「いいや、良い情報と悪い情報を届けにきた」

「なんですの? もったいぶらないで教えになったら?」


 バドゥは肩を竦めて、二通の書状をテスタに渡した。


「ほう」


 私は一通目の書状を読んで、バドゥを見る。


「わかっているよ。弟が王国剣帝杯で仕事を終えて戻ってきている。アイリス様、あんたの標的が動いたぜ」


 バドゥの言葉にアイリスの瞳が鋭くなる。

 私は見ていた書状をアイリスに渡す。


「朱雀領から、メイ皇女と元近衛騎士団団長ヤマトが青龍領へ向けて進軍を開始した。何を考えているのかわからないが、アイリス様の標的だろ? 巣穴から出てきてくれたなら、狙い目だ」

「十分ですの! お兄様」

「好きにしろ。アクージ家とブフ家から護衛をつけよう」

「感謝いたしますわ。私兵も連れて行きます」

「ああ、好きにしろ」


 アイリスは、もう一つの報告を聞くことなく、部屋を飛び出して行った。

 今のアイリスは、弟の仇を打つことこそが目標になっている。


「騒々しいことだね」

「いつものことだ。それで? まだあるんだろ?」


 アイリスが立ち去った後で、バドゥはもう一通の書状を私に渡す。


「青龍領に弟君がいるようだぜ」

「リュークが? クク、ククあはははははは。それは面白いな。奴はそんなところで、何を?」

「あんたと同じじゃないか?」

「なるほど、皇国で狙う物は同じか?」

「ああ、あんたら兄弟はよく似ているようだ。場所が違っているのは、弟君の配慮かね?」


 最後の書状に目を通した我は先ほどよりも口角を上げる。


「ビアンカは?」

「すでに用意させてある」

「さすがだな。戦線はバドゥに任せる」

「元々任されているようなものだがな。あんたは最初に五大老と一度戦っただけだし」


 総指揮官の席をバドゥに譲り、我は執務室を後にした。


 アイリスが飛び出して行った城の正面とは反対側。

 皇国を見下ろすことができる広場に、ビアンカと数名の兵士が集まっている。


「話は聞いているな」

「はっ!」

「ならば、行くぞ」


 馬に跨った我は皇国側の門を通って出撃する。


 アクージの指示で大規模な軍隊が大きな門から出撃していく。

 一万を超える軍勢に皇国側も本気で王国が攻めてきたと思うことだろう。


「さて、ここからが始まりだ」


 我々は、大軍から離れるように小道を抜けて、森の中へと入る。

 沼地と雪道が続く玄武領を走り抜け、数日をかけて移動することになる。


 目的の場所へと近づくに連れて、様々な情報を集められるようになってきていた。


「バドゥの奴め、派手にやっているようだな」


 玄武領を蹂躙するように、王国兵が進軍を開始している情報は、各地で聞くことができる。


「テスタ様」

「どうした?」

「そろそろ目的地に近づいております」

「そうか、偵察の者は?」

「帰ってきておりません。ここからは」

「うむ。我自ら行くしかあるまい」

「しかし」

「無駄に兵士を減らす必要はない」

「はっ」


 ビアンカと数名の側近だけを連れて、目的の場所へと入っていく。

 そこは雪山の中にある祠であり、鳥居によって祀られている。


「ここより先は入るべからず!」


 洞窟の入り口に差し掛かると中から恐ろしげな声が聞こえてくる。


「いくぞ」


 洞窟の中は、外の寒さとは異次元のように温かみがあり、空気が違っていた。


 見た目に反して広く深い洞窟に違和感を覚えながら、先へと進む。


「神の怒りを知るがいい!」


 地面から泥人形やゴーレムが湧き出て、兵士たちを引きづりこむ。


「ビアンカ、私の側に」

「えっ? あっ」


 我はビアンカを抱き上げ、側近のアレックスに目配せをする。

 アレックスは地面に手をついて、泥人形どもが硬化する。


 動かなくなった泥人形を兵士たちが破壊する。


 我はビアンカを抱き上げたまま、奥へと進んだ。


「うむ。ここが最終地点か?」


 洞窟の最奥まで辿り着いた我の前に、見覚えのある老人が顔を向ける。


「どっ、どうして貴様がここに?!」

「またお会いしたな。ゾウフ・カイドウ殿」

「くっ! ここが我のテリトリーであることはわかっているのか?」

「だからどうしたと言うのだ? 一ヶ月もかけて調べ上げたのだ。貴様を殺すために」

「それが出来るとでも? 舐めるなよ小僧が!!!」


 ゾウフ・カイドウの後ろから無数の氷柱が生まれてこちらを貫くために放たれる。


「くっ!」


 ビアンカが恐怖から声を発するが、我の前で氷柱は全て破壊される。


「ビアンカ、下がっていろ」

「はっ、はい」


 ビアンカが下がったことで、五大老の一人であるゾウフ・カイドウと対峙する。


「貴様の力。狂おしいほどに妬ましい」


 我から魔力が溢れ出す。

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