第293話 他の動き 3

《sideハク・キリン・キヨイ》


 御前会議が終わったことで、神都に集まっていた豪族や五大老たちがそれぞれの領地に戻って行った。


 やっと一息つけることで、気持ちが少しだけ休まる。

 彼らとのやりとりはワシにとって一拍も休むことができない緊張の連続であった。


「ハク様」


 一人で晩酌を楽しんでいるところに、物音もさせずに骸が現れる。

 夜に見ると恐ろしさを感じる顔に、気を抜いている時には見たくない。


「なんだ?」

「冒険者バルからの返事を持ってまいりました」

「ご苦労」


 骸から書状を受け取り中を確認する。

 見るまでもないことだが、どれくらいで来れるのか、確認しなければいけないこともある。


「なっ、なんだこれは?!」


 文面に目を通したワシの額は青筋が浮かんでいることだろう。

 

「どっ、どうされたのですか?」

「貴様は、この手紙の内容を知らないのか?」

「はい。ハク様への手紙を我々が読むことはございません。危険がないのかだけは確認していますが」

「ならば見てみろ」


 私は骸に書状を投げつけた。


 地面に落ちた書状に目を通した骸が、動揺しない忍びにしては珍しい表情で驚愕して見せる。

 その姿に骸が嘘をついていないことは窺い知れる。


「こっ、これは!」

「冒険者バルは、どうやら皇国の常識を知らぬようだ。皇太子であるワシの命令を突っぱねるとは」

「いや、突っぱねては」

「何?」


 ワシは反論しようとした骸に威圧を込めて睨みを効かせる。


 元々小柄な老人であった骸が、さらに小さくなる。


「いえ、何も」

「麒麟の兄貴、邪魔するぞ」


 庭を見れば、書状と骸が姿を消していた。

 代わりに現れたのは真っ赤な着物を来た派手な男だった。


「なんだ、白虎か」

「おいおい、俺のことはトラって呼んでくれよ」

「何がトラだ。白虎領をほったらかしにして遊び歩いているバカが」

「おいおい、機嫌が悪いじゃねぇか」

「うるさい!」

「俺は気分がいいんだぜ」

「ふん」


 ワシは白虎のことなど放って、酒を一気に流し込む。


「いいねぇ〜、俺にもいっぱいくれよ」

「勝手にしろ」

「へいへい」


 勝手に杯を持ってきた白虎が酒壺から、酒を注いでいく。

 

「おっととと、ふう。ウメェ。いい酒だね」

「当たり前だ。私が厳選して作っているんだからな」

「マジかよ。麒麟の兄貴が作ってるのかよ」

「そうだ。玄武領を少し借りてな」

「麒麟の兄貴も相変わらず、物好きだね」


 しばし、二人で酒を楽しむ。


「して、何か良いことがあったのか?」

「へへ、それがよ。アオイノウエにこっぴどく振られちまってよ」

「お前はまだアオイノウエを追いかけているのか? 彼女は青龍の戦巫女に選ばれたのだ。そろそろ諦めろ」

「バカ言っちゃいけねぇよ。惚れた女を早々に諦められるかっての」

「そんなものか? だが、振られたのにいいことなのか?」


 振られた話をしているくせに、嬉しそうに笑う白虎。

 いつの間にか、振られすぎて変わった考え方を持つようになったのか?


「そこでな。面白い奴に出会ったんだ」

「面白い奴?」

「おう! バルって奴なんだか」

「バルだと! 会ったのか?」

「なんだ? 麒麟の兄貴も知っているのか?」

「ふん、無礼な奴だ」

「無礼? それは間違いねぇ。あそこまで粋で雅な歌舞伎者は、俺以外では初めて見たからな」


 粋で雅な歌舞伎者? 王国の冒険者ではないのか?


「異国風の顔立ちと出立だったが、流暢な皇国語を話していたな。だけど、滅法、腕が立つやつで。俺は手も足も出なかった」

「なんだと! 戦ったのか? どっちが勝ったのだ?」

「まぁ、喧嘩だけどな。さっきも言っただろ、手も足も出なかったってな」


 トラは武装鎧神楽を使用しない状態で、皇国で五本の指に入る強者だ。

 それを手も足も出ないで倒す人物とは、不遜な態度は強さから来るものか?


「喧嘩だと。お前は、そんなことをしているのか? お前も守護者になったなら、いい加減に落ち着くことを考えろ」

「そんなの関係ねぇよ。面白いやつとは拳を交える。それは俺の信念だ」


 バカなことを言う。


 昔から派手なことが好きで、喧嘩と酒、女性遊びが絶えないやつだ。


 弟と言っても、バカにつける薬はないな。


「好きにしろ。だが、帝国から攻められた時は駆けつけろよ」

「それは任せてくれ。国境の警備は万全だ」

「ふん、色恋沙汰で領地を離れている奴が言う言葉か」

「それはいいっこなしだぜ。麒麟の兄貴は、親父の後を継ぐんだ。他の従兄弟たちも麒麟の兄貴ならと、他の領地守護の任についた。ヘマをしてくれるなよ」

「誰にものを言っている。私に抜かりはない」

「その割には、星読みの姫巫女は失ったがな」


 空になった酒壺を何度も振りながら、こちらの気にしていることを口にする。

 白虎とは、そういう男だ。

 屈託なく裏表を感じさせない。

 だからこそ、兄弟、従兄弟の中で、唯一ワシがサシ飲みを許している相手だ。


「その代わりはもう少しで見つかりそうだ」

「マジかよ! さすがは麒麟の兄貴だな。なら、憂いも一つ消えるか?」

「ああ、もうすぐ。朱雀の軍勢が動くことになるだろうな」

「おいおい、どういうことだ? あんな野蛮な奴ら」

「お前がいうな」

「俺は一人で遊び歩くだけだ。だが、あいつらは民も農地も関係なく蹂躙するぞ」

「それでもだ。手に入れなければならぬ物があるのだ」

「はっ、見損なったぞ麒麟の兄貴」


 白虎はそう言って屋敷を飛び出して行った。

 あいつは素直な男だ。

 白虎領で、帝国かぶれしていればいい。

 その間に、全てのことを終わらせる。


「聞いていたな。骸」

「はっ!」

「メイに命令を下せ。バル及び、ココロを私の前に引き摺り出せ」

「かしこまりました」


 骸が闇に消え、トラが屋敷を去った。


「今宵も一献」


 新たな酒壺を持ち寄って、杯を傾ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る