第292話 奥ゆかしい

 隠れ里と呼ばれる場所がいくつか存在する。

 そこには、忍びの里があり、普通は気づくことすら難しいように細工が施されている。


 そんな隠れ里の一軒家に通されたボクは高級そうな茶葉が使用されたお茶を堪能していた。


 どうしてこんなところにいるのかと言えば、ボクが皇国に来た一つ目の目的。


 その情報を集めるためにやってきていた。

 ボクに変わって情報を集めてくれた者たちがいた。

 情報を集めるために、どうしても時間がかかってしまった。

 王国内ならば、ネズール家の力で全てを把握することができた。


 だけど、皇国にまでネズール家を潜伏させることは難しく。

 かといって、全くできないわけじゃない。


 それは何年も年十年もかけて、ネズール家であることすら忘れるほどに長い年月を過ごした一族が根を張った。


「まさか、貴様がネズールの手の者だったとはな。ユヅキ」


 ボクの呼びかけにオレンジの髪をした小柄な美少女が目の前に座っている。

 彼女にはすでに一仕事を頼んでおり、ここまでの案内をしてもらった。


 ただ、こうして面と向かって話すのは初めてのことだ。


「はっ!」

「大義であった」

「ありがとうございます」


 そして、ユズキの隣に座る老人へと目を向ける。

 骸骨に皮膚が付いただけようにも見える恐ろしい顔をした老人が、穏やかな顔を向けてくる。


「ヒョヒョヒョ、お初にお目にかかります。皇国忍集流図根一族の頭目をしております。骸と申します」

「長年の働き大義であった」

「なんのなんの、バル様。いえ、リューク・ヒュガロ・デスクストス様」


 ボクが名乗ったわけではない。

 ただ、タシテ君からユズキになんらかの情報提供や、協力要請があったことは伺える。


「あなた様のお力に慣れるのであれば光栄の極み。デスクストス家の方々には返しても、返しても、返し切れぬ恩が我々が若かりし頃の時代にありました。こうして新天地で新たな生き方を見つけることができたのも、我々を生かす方法を教えてくださったからに他なりません」


 それは我が父プラウドが行なったことではあるが、彼らにとっては自分たちの生きる意味になっているのだろう。


「あなた方の働きに感謝と、それ以上の褒賞を用意してある」


 ボクはすでに仕事をしてくれた彼らのために大きな袋に三つの金を詰めておいた。


「ありがとうございます。此度の仕事は苦労しました。この国では伝承に近いものでしたので。ただ、それらを取り仕切る者たちがいる以上は、全てを隠すことは不可能でございます」

「よくぞ、情報を集めてくれた」

「我々の仕事でありますれば」


 そう言って、ユヅキがボクに目的の情報を渡してくれる。

 ボクは彼らが十分に暮らせるだけの金須を提供して、褒美を与えた。

 忍びの里に暮らす物だけでなく、情報を集め根付くために各地に一族を忍ばせていることだろう。


「ありがたき幸せ」

「それだけの働きをしてくれたのだ。これからも苦難ではあるだろうが。よろしく頼む」

「ヒョヒョヒョ、雅なお方じゃ」


 ボクが握り拳を床に立て、頭を下げれば骸は表情をさらに柔らかくする。


「どうですじゃ? 我が孫を嫁に」

「おっ、お祖父様!」

「ヒョヒョヒョ、孫もその気でございます」

「ユヅキは良いのか? ボクには嫁がたくさんいるが?」


 ユヅキの印象は正直薄い。

 これまで、ボクの前では控えに徹していた。

 そのためカスミの相方をしている忍びの少女ぐらいにしか思っていなかった。


 だが、ハク・キリン・キヨイから探りを入れられる際に骸とユヅキが顔を合わせたことで、此度の計画が進行した。


 そして、ユヅキの働きによって、忍びの里への訪問や目的物の発見に至った。


 褒美として彼女がボクの嫁を望むなら、拒む理由はない。


 彼女の顔は真っ赤に染まり、これまで見たことがない表情を見せる。

 他の誰とも違う反応に、彼女の奥ゆかしさが現れている。


「ユヅキが良ければもらい受けよう」

「ありがとうございます。すでに、この国ではユヅキは死人。デスクストス様にもらって頂き、我々も喜ばしく存じます。良いな?」


 骸が優しそうなお祖父さんの顔でユヅキに問えば、ユズキは首を縦に振った。


「そうか、今後もルズネ家とはよくしたい。頼むぞ」

「はっ!」


 挨拶が終われば、骸は控えていた忍びごと里から姿を消してしまう。

 ユヅキだけが一人残っていた。

 皇国の町娘が着る着物に身を包んだユズキは、オレンジの髪で自身の顔を隠すほど恥ずかしがり屋だ。

 

「ユヅキ。今後は、ボクのお嫁さんとしてよろしくね」

「嬉しゅうございます」


 恥ずかしさと嬉しさからか、涙を浮かべるユヅキ。

 彼女の印象はこれまで薄かったが、奥ゆかしい女性だった。

 常に後に控え、呼ばずともボクがして欲しいことを考えて行動してくれる女性だ。


 しばし忍びの里から帰った後、ユヅキに身の回りの世話をしてもらって、より彼女の対応がボクに合っていた。


「シロップはメイドとして完璧だけど、ユヅキは奥さんとして完璧だね」


 カリンは料理上手で、尽くしてくれるけど。

 領主として仕事が忙しくて、なかなか一緒にいられない。

 リンシャンは、心は通じ合っているが、家事全般は得意ではない。

 

 それぞれの妻たちはそれぞれの良さがある。

 ユヅキは見た目は派手だが、行動は地味だ。

 だけど、怠惰なボクにとっては丁度いい。


「ありがとう、ユヅキ。助かるよ」

「そっ、そんな私なんて」


 カスミはすぐに変なことをしたがるのに対して、ユヅキは奥ゆかしく、お風呂で背中を流してくれる時も、他の者たちが服を脱いでくるのに対して、濡れても良い薄紗ウスシャと呼ばれる薄い着物を羽織って入浴してくる。


 普段は化粧もしないで、顔を隠すように前髪を長くしているが、お風呂に入って髪を上げさせると、王国と皇国のクオーターとして、美しく整った容姿が誰とも違う魅力を発揮している。


 そして、夜伽の時だけは薄い化粧をして、髪の毛をまとめて現れる。


 それは羽化するように、奥ゆかしい彼女を夜の蝶へ変貌させる。

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