第139話 姦しい

 剣帝杯を迎えると、どうしても一年の終わりが近づいていることを思い知らされる。

 街並みは、巨大なモニターが出現してお祭り騒ぎへと転じていく。

 今年は、年明けから色々なことがありすぎて目まぐるしい一年だった。


 修学旅行に行っていたときの方が、ラクだったのではないだろうか?修学旅行先である迷宮都市ゴルゴンから連れてきた者達の報告が上がってきている。

 それと同時にカリンとシロップが進めているメイド隊の進捗状況や、視察願いの書類が届けられていた。

 ボクを過労死させようとしているのではないかと思えてしまう。


 現実逃避してしまうのは、ボクの部屋に集まった女性たちに少し疲れたからかもしれない。

 彼女たちはクウが入れてくれたお茶を飲んで寛いでいる。


「それで?君たちは今年はどうするの?」

「リューク様のお屋敷でメイドとして働かせてもらおうと思っております」


 そう応えたのはミリルだ。

 ボクは剣帝杯のことを聞いたつもりだった。

 ミリルは元々戦闘が得意ではないから、出ても仕方ないと諦めているのかもしれない。


「私もそうにゃ。今年もお願いするにゃ」


 ルビーは戦闘が得意なので参加するだろう。

 昨年はボクと当たったところで棄権を口にした。

 今年は、ルビーと当たったところでボクが負けを宣言したい。


「ウチは研究があるから戦闘はええかな?」

「今年は私もそうですね」


 アカリとリベラは共同研究の真っ最中だ。

 研究をしていると他のことに興味が無くなるのはよくわかる。

 リベラは、昨年のリベンジマッチに燃えているのかと思った。

 だが、別の事に意識が向いている。


 研究の楽しさは、バルを作るときに味わっているので分かるけど。

 今年も何かしたかったが他が忙しかった。

 研究に参加しても、ボクが出来るのは魔力を流す程度で彼女たちと同じ思考には至れない。


「私は上位を目指そうと思っている。

 迷宮都市ゴルゴンで新たな力に目覚めたので、それを試したい」

「私も同じよ、リンシャン!どちらがリュークに挑むのか、勝負ね」


 リンシャンとエリーナ…………

 どうして当たり前のようにボクの部屋にいるんだ?

 君たちは他陣営だから、普通は入ってきてはいけないのではないか?


「リューク様、お茶を」

「ありがとう、アンナ」


 クウがヒロインたちの世話をしているせいなのか、アンナがボクの世話をする。


 物凄いカオスな空間が出来上がっていた。


 教室で【今後の剣帝杯についてどうするんだ?】と発言した自分を呪ってやりたい。


 ボクは隣にいたリベラに話しかけただけだった。

 それなのにヒロインが集まってきた。


「リュークは優勝を狙うのか?」


 リンシャンの発言に全員の視線がボクへと向けられる。


「いいや、ボクは優勝したときの義務が煩わしいから、優勝はしたくない」

「なるほど。そうなると私も優勝を目指す意味はないかもしれないな」


 リンシャンはマーシャル家として騎士になりたかったんじゃないのか?


「私も、そうね。魔法を使うことは楽しいけど。

 王族だから優勝する必要もないわね」


 エリーナは確かに騎士職を受ける意味はないな。


「ルビーもいらないにゃ。冒険者だから騎士になったらめんどうにゃ」


 なるほど、だから昨年も優勝しなかったのか……

 そうなるとここに集まった者で優勝したいと思う者がいなくなるんじゃないか?


「リンシャン、本当に優勝しないでいいのか?」

「ああ、構わない。

 すでに兄が優勝してマーシャル家の名誉は守られている。

 それに国の義務によって面倒なことを押しつけられるのは確かに嫌だからな」


 リンシャンも随分と変わってきている。

 一年前のリンシャンなら騎士になることこそが誇りだと言っていた気がするな。


「さて、皆さん本日集まったのはこんな話をするためではありませんよね」


 そう言ってエリーナが立ち上がる。

 うん?剣帝杯の話をするためじゃないのか?


「リューク。あなた面白いことをしていますね?」

「えっ?面白いこと?」

「ダーリン。最近ウチらに接触しようとしてきた子がおるねん」


 接触してきた子と言われて、ボクは一人の人物を思い浮かべる。


「リューク様、私たちも研究ばかりしていたわけではありません。情報収集はレディーの嗜みです」

「そうにゃ。ミリルにも相談していたみたいにゃ」

「リューク様の不安を取り除くことも私たちの役目です」


 もしかしてシーラスのことか?


「ハヤセ、それにダンのことだ」


 おっと、違ったようだ。


「ああ、そのことか…… リンシャン」

「私に気を使っているなら気にするな。

 ダンは父様が決めた婚約者ではあったが、私たち自身は姉弟だと思っている。互いにそういう感情はない」


 リンシャンが完全にダンからの離反を口にしたことで、ボクは大きく息を吐いた。


「それでリューク。

 男女の恋愛を裏で操っていて、私たちに相談もしないなんて冷たいのではありません?」


 エリーナが身を乗り出してボクに近づいてくる。


「相談と言っても、ボクも放置しているだけで」

「ナターシャ。それにマルリッタ」

「うっ」


 どうやらある程度は予測を立ててきているようだ。


「ダーリン、女を舐めたらアカンよ。女性には女性特有の情報網があるんやからね」

「ハァ、何が知りたいんだ?」


 隠す必要もない。

 めんどうになって彼女たちが知りたいことを話すことにした。


「それはもちろん、最初からやん!」


 アカリが嬉々として乗ってくる。

 こういうときのアカリは最強だと思える。

 レディーとして、この場では発言を控えたいエリーナやリンシャン、リベラではここまで突っ込んでは来ない。


 だが、聞き耳を立てているのはボクにだって分かる。

 ボクはバルに資料を取って貰う。


「ここに全て書いてあるから読んでいいよ」


 もう観念したボクは全てを彼女たちに話すことにした。


「ダンの恋路を邪魔するのは禁止だからね」

「わかっているにゃ!それでも恋バナは女の嗜みにゃ!」


 資料を見て、あれやこれやと推測を始めるのは姦しいことだ。


 ボクはバルに乗ってカリンの部屋へと避難した。

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