帝国侵略前夜編
前夜 1
《sideテスタ・ヒュガロ・デスクストス》
帝国宣戦布告の報告を受けて、久しぶりに王都にあるデスクストス屋敷に戻ってきた。
我を妻であるサンドラが出迎える。
「お帰りなさいませ。テスタ様」
「……」
「ハゥ!」
何も言わない我の視線によって、サンドラは顔を火照らせて座り込んでしまう。
連れ帰ったサクラが、サンドラの様子に驚いている顔を見せるが弁明はしない。
「ハァハァハァ! 幸せ!」
サンドラはあれで幸せを感じる人種なのだ。
ビアンカはいつものことだと、我関せずといった様子で、先に部屋の中へと入っていった。
「テスタ様、お帰りなさいませ」
執事のバートンに荷物を預けて、サクラに専属メイドをつけるように命令を出す。
「かしこまりました。サクラ様、執事長のバートンです。よろしくお願いします」
「はっはい! よろしくお願いします」
我の足は息子の眠る部屋へと向かう。
長男のルークスは小柄ながらに、堂々とした雰囲気で眠っている。
「うむ。愛苦しいな」
「あっ、あぁ。あなた」
「サンドラ、よくやった」
後からやってきたサンドラに子を産んだことを褒めて、我は部屋をでた。
デスクストス家の当主は、子を抱くことはない。
我も尊敬する父と同じく、子を抱くことはないだろう。
「少し出てくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
我は用意されている馬車に乗って王城へと向かった。
すでに日は傾き、王城の謁見が終了している時間だ。
城の前にガッツが立っていた。
「やっときたのか?」
「ずっと待っていたのか?」
「当たり前だろ。お前は今日戻るとしか言わなかった。謁見が終わった時間になれば、お前を出迎えられる者は俺ぐらいしかいないだろ」
デカい図体をしたガッツ元帥に出迎えられて、我は王城の中へと入っていく。
久しぶりにやってきた城は、随分と殺風景な装いに様変わりしていた。
派手は装飾はなくなり、質素な飾り付けがなされた廊下を過ぎればテラスへと案内される。
「よくぞきた」
「やぁやぁ、テスタ。久しぶりだね」
ユーシュン・ジルク・ボーク・アレシダス王。
セルシル・コーマン・チリス侯爵。
「これで、アレシダス王立学園の同級生が揃ったわけだ。嬉しいな!」
小柄な体をして、やかましく話し続けるセルシル。
「黙れ」
「ひぅ! てっ、テスタ君はあいかわずだね」
ビビって座ったように見えるが、この男はそんなに弱くはない。
ガッツが《不動》と呼ばれるのに対して、この男は《匠のセルシル》という二つ名を持つ。油断できない奴だ。
「だが、本当に久しぶりだな。それに、私たちの呼び出しに君自身が応えてくれたこと心から感謝する」
セルシルに変わってユーシュンが立ち上がる。
手慣れた様子で、我を席へと誘導した。
「此度の相手は帝国だ。王権派、貴族派だといっている場合ではない。貴様らの話を聞きにきた」
「……それを聞いて安心したいところではあるが、君の支配する貴族派は、父君が統治していた時とは違うように感じられる。大丈夫なのだろうか? 実際に、ゴードン侯爵、カリビアン伯爵はほとんど機能していないと聞く」
ユーシュンの言葉に我は内情を話すつもりはない。
「問題ない」
「本当にそうか? 王国の物資の七割以上はカリビアン領からもたらされている。鉱物や武器はゴードン領からだ。本当に大丈夫なのだろうか?」
後方支援を心配するユーシュンの言葉に我は沈黙で返した。
「ふぅ、テスタが来てくれたことは何よりも喜ばしいが、貴族派の者たちは何を考えているのかわからないからな。アクージ家は裏切りの可能性があり、ブフ家は人を動かす気はあるのか?」
話している間にユーシュンの言葉に熱を帯びていく。
次第に声を荒げて、怒鳴っていた。
「見苦しいな」
「なんだと!」
我の言葉に、ユーシュンが怒りを表す。
普段なら、聡明で冷静な男だが、帝国からの侵略によって緊張状態に入り、余裕がなくなっている。
「返答はしたのか?」
「まだだ」
「期限は?」
「十日後だ」
ユーシュンは端的に答えたことで、先ほどの怒りも多少は落ち着いたようだ。
ストンと座ってテーブルに置かれたワインを口にする。
「ユーシュン、そろそろいいだろ」
「あっ、ああ、すまない」
「テスタにお願いしたいことがあるんだ」
ユーシュンに変わってセルシルが真剣な顔で我を見た。
「……断る」
「まだ何もいってないじゃない!」
「貴様のいうことなど想定できる。我は総大将はしない」
「なっ! なんでわかるんだよ!」
「貴様らの魂胆など見え見えだ。我を総大将にすることで、貴族派にいうことを聞かせようと思っているのだろう。そんな浅はかな思考でどうにかなるのか?」
我は深々と椅子へ座り込んで足を組む。
三人は暗い顔をして、策を全て無くしたような顔になる。
これがアレシダス王国の重鎮たちかと思うと羨ましく思う。
平和ボケしすぎている頭しかないことが、妬ましいほどに。
「貴様らと肩を並べることで、安心できることを示さなければ、我々は我々で動くだけだ。今日、ここに来たのは貴様らの覚悟を問うためだ。貴様らは本気で帝国と戦う気があるのか?」
我の言葉に三人は顔をあげる。
「ある!」
「もちろんだよ!」
「当たり前だ!」
戦う意志を示す三人だが、我は深々とため息を吐いた。
「口だけでなく、自分たちに何ができるのかを示せ。貴様らは何もしていない! 何かをして欲しければ、まずは自分たちで無償で示してみよ。求めるなら差し出せ。我々が貴様らのために動きたいと思うほどの相手になってからだ、話をするのは」
我はそれ以上語ることなく席を立った。
「テスタ!」
セルシルだけが立ち上がって追いかけてくる。
「待ってよ。僕らも何もしていないわけじゃないんだ。だけど、帝国の脅威に僕らだけではどうすればいいのかわからなくて、どうしようもないって……」
「本当にそうか?」
「えっ?」
「お前たちは普段から、努力が足りぬのだ。迷いの森近くだから、戦っているだけで、偉いと思っている節がある。だが、それぞれの地域で大変なことを抱えているのは同じだ。自分たちだけが被害者顔した、そんな貴様らのいうことを誰が聞く?」
セルシルが、ぐっと拳を握る。
あの中ではセルシルは奮闘している方だ。
だが、貴族派が生まれた意味を理解していなければ始まらない。
この王国は滅びるだろう。
「貴様は参謀を務めているのであろう。ならば考えよ」
我は王権派に対して、決別を口にして王城を去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます