第367話 王国陣営 1

《sideテスタ・ヒュガロ・デスクストス》


 皇国による開戦の知らせが届いたのは、貴族派が未だに集結する前であり、迅速な行動ではあるが、それ故に無謀な行動をとったものだと窺い知れる。


 アクージ家が手を加えれば、現在の皇国は内部から崩壊してしまうだろう。


 だが今は、帝国を惹きつける囮役としての役目を担ってもらわなければならない。


 王国と帝国との国境は荒野を超えた山間になる。

 互いに領土侵略をやり難いように定めた国境のため、いくら数がやってきても全員が一気に侵入することは難しい。


 だが、そこは何年も帝国と小競り合いをしてきたアクージの領内であり、最も早く戦うことになる。


「それで? 正確な出兵数はわかったのか?」

「疑いたくなる数字だが、聞くか?」


 司令室として定めたアクージ家の屋敷では、バドゥが資料を我へと投げ寄越した。

 そこに書かれている情報はアクージ家だけでなく、ネズール家からももたらされた正確なものであり。


 また、帝国内に潜ませている草によるもので間違いない。


「100万の軍勢? これは事実か?」

「ああ、しかも正規兵じゃない。様々な種族の混合兵だ。まとまりはねぇから指揮官を倒せば終わりとはいかねぇ。厄介なことだ」

「大方、家族や仲間を人質に取られて、戦わなくてはいけない状況に追いやられたのだろう」

「よくわかってるね」

「我でもそうする」

「ヒュー! さすがは我らが貴族派の首魁。帝国の王と同じ思考をお持ちとは恐れ入る」


 バドゥは茶化しているが、現状の困難さを理解しているからの態度だ。


「それで? 貴様はどうするのだ? 裏取引はなされているのだろ?」


 アクージは負けることを嫌う。

 当主になるものほど、それは顕著に現れる。


「よくわかってらっしゃる。王国が勝とうが、帝国が勝とうが俺にはどうでもいい。現状の王国に興味はなく。あんたが俺にくれた皇国の土地があれば、まぁよしとしてある」


 バドゥ・グフ・アクージは狡猾で冷静沈着、傍目からは大胆不敵な盗賊のような暴力性を秘めているように思われている。


 だが、誰よりも計算高くて狡賢い。

 己が生きる方法を理解しており、勝つためには手段を選ばない。 


 親兄弟、親友や女子供でも関係ない。


 勝つことと、生きることに関してあまりにも羨ましいほどに意地汚い。


「それで? 尻尾を巻いて逃げるのか?」

「それもいいが、それじゃあ面白くもねぇ。それに、俺は意外にあんたを買っているんだ。テスタ・ヒュガロ・デスクストスなら、もしかしたら帝国にすら勝ってしまうんじゃねぇかってね。そうなった時に逃げてちゃ、俺の居場所はなくなるだろ? むしろ、俺を殺すための手段すらあんたなら思いついちまいそうだ」


 我は用意された椅子へと腰を下ろして、バドゥと対面で座って顔をみる。


「ならば、我に従って戦うのか?」

「一ヶ月だけだ。一ヶ月だけあんたのいうことを聞いて戦う。一ヶ月で帝国に勝てないのであれば、俺は帝国に寝返る。これは親友としての義理だ」

「そうか、お前は義理堅いな。お前のその行動は嫉妬に値する」


 この男はプロだ。

 平気で嘘もつくが期日を守るのもプロとして、仕事をキッチリやり遂げる。


 我はバドゥに作戦を伝える。


「マジか?」

「作戦なんて呼べるようなもんじゃない。お前もわかっているだろ? これだけの戦力差があって、ずっと戦争していた者たちだ。数でも、強さでもこちらが不利だろう」

「それにしても王族を囮にするのか? エゲツネぇな」


 今回の作戦は王権派に取っては死に物狂いな防衛戦だ。だが、それを囮にする。


「お前にしかできない作戦だ。アクージ領内に帝国兵を侵入させよ」


 アクージだからこそだ。

 帝国に顔が聞くアクージだからこそ許される作戦。

 一ヶ月しかないというなら最大限使わせてもらう。


「数は?」

「10万人」


 10万人だけを、侵入させて戦う。

 地の利を活かした戦い方だ。


「ヤベーな、本当にあんたなら勝っちまうかもな」


 勝ってしまう? 違うな。


 勝ちか、負けるかなんてどうでもいい。


 人殺しは犯罪になる。


 だが、大量に殺せば英雄になる。


「バドゥ、何を言っている? 王国の勝利なだどうでもいい。王国が滅びるなら、それは弱いからだ。我は弱者の気持ちなどどうでもいい」


 椅子に座ったままバトゥを見つめる。

 先ほどまで太々しい顔は鳴りを顰め、顔を顰めている。


「貴様の能力が羨ましい。我が持ち得ない力だ。狂おしいほどに嫉妬するよ。お前は誇っていいほどに強い。だが、弱者は淘汰されるのが当たり前だ。お前とは違う」


 我はバドゥがこれまで築いてきた実績をしっている。

 それは強者であることで圧倒してきた。


「この世は弱肉強食、人間とは誰かを虐げ、自分の存在価値を見出していくものだ。帝王は弱い。己の存在価値ばかり追いかけて前線に現れないことが、なら生贄は美味しくいただかせてもらうだけだ」

 

 アクージ領を戦場とする。


 そして、アクージ一家にしてもらう作戦は国境沿いを支配してもらう。


「へいへい、アクージ一家一世一代の大勝負といかせてもらう。帝国なら不足はねぇ!」


 互いに酒が入ったグラスを持ち上げて乾杯する。


 

 

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