第298話 他の動き 6
《side剣豪イッケイ》
秘境と呼ばれる温泉地。
私のお気に入りの一つでさぁ。
そんな大切な場所を、血で汚すことになるのは不本意でなりやせんねぇ。
「イッケイ様。来ました」
「くくく、本当に来なすったか」
「よろしかったので? バル様が避難する方法を教えてくれたのでは?」
「ベイケイさん。あんたなら面白い喧嘩が目の前で起ころうとしているのに、自分から逃げますかい?」
あっしは戦うことが好きでさぁ。
生涯、刀と共に生きたい。そう思って生きてきた。
「絶対に逃げませんね。むしろ、楽しみで仕方ありません」
「くくく、お好きですねぇ。よろしいので? あっしにお付き合い頂いても?」
「バル様に仕えないかと言葉を頂きました」
「ほう、バル殿に?」
「拙僧は、これまで多くの人を殺めてきました。破壊僧として許されないこともたくさんしてきた。だが、バル殿に陰陽術を教えるのは楽しかったのです。これだけ罪を背負いながらも、誰かに求められることが楽しいと感じてしまいました」
「くくく、そうですな。バル殿は不思議な男だ。あっしも戦いたいとバル殿に言いながらも、あの人とは戦いたくないと心のどこかで思っちまいやした」
互いに顔を向けて笑みを溢す。
良い歳したオッサン二人が、若者に魅せられた。
つくづく生きるということは面白い。
いつ如何なる相手と出会うのかわからぬ。
「ですがね。それじゃあ、あっしの生き方を曲げることになる」
「拙僧も同じでございます。あの人は眩しい。陽の光を浴びて生きてはいない。それなのに誰よりも眩しいのです」
「くくく、あっしは目が見えませんが、よ〜くわかりやすよ」
二人は側に置いてある酒を一気に飲み干した。
「バル殿に」
「バル様に」
二人が杯をぶつけて二杯目を飲むところで無粋な声がかかる。
「剣豪イッケイ並びに破壊僧ベイケイだな」
真っ赤な鎧を着た美しい女性。
色気のある雰囲気ならば大歓迎ですが、どうにも物々しくてイケねぇな。
「そうでござんすよ。それで? あんさんはどこの誰さんで?」
「惚けるなよ! 再三に渡って私の遣いを突っぱねた奴が」
「はて? 遣いなど腐るほどいらっしゃる。あんさんのことを一々覚えていられるほど暇ではございませんよ」
「くっ! ならば名乗ってやろう。私は朱雀領戦巫女であり、この国の第一皇女メイ・カルラ・キヨイだ」
「これはこれは皇女様でしたか、はて? このような場所に皇女様が何用で?」
「まだ惚けるのか?!」
皇女様は、背中にぶら下げた薙刀を抜きはって、あっしに突きつける。
「おやおや、物騒ですな。これを抜いた意味をご存知で?」
「当たり前だ。二度も私に対して舐めた口を聞いたのだ。死を覚悟しているのだろう? ならば、私自ら殺してやろう」
「くくく、本当につまらない女子ですなぁ」
あっしはのっそりと立ち上がって杖を手にする。
「ちいと頭を冷やしなさい」
あっしは皇女殿の体を凍り漬けにして差し上げやした。
「貴様! 完全な反逆行為だぞ!」
「刃を向けたのはあんさんだ。死ぬ覚悟はあるんでしょ?」
「舐めるなよ!」
皇女様の鎧から炎が吹き出して、炎の翼が生えやした。
「この程度で私を殺せると思うなよ」
武器の性能に頼る者はどうにもつまらないと感じてしまう。
「抵抗すると判断して、お前たちを反逆者として見なす。ベイケイ、貴様も同罪だぞ」
「拙僧も望むところです!ざっと見て百人。そちらはお任せください」
ベイケイさんが、両手に武器を持って皇国の兵たちを薙ぎ倒していく。
王国剣帝杯で出来なかった残酷な技も戦場では使い放題。こっちの方があっしらには合っておりますね。
あっしの前には、皇女殿と先ほどから静観している鎧を着た男性がこっちを見ていやすね。
「どこを見ているのですか? 余所見をする余裕があるとでも?」
「へいへい、せっかちなお人ですね。そんなことではモテやせんぜ」
「必要ない!」
薙刀を振り回す。
「力だけではどうにもできませんよっと」
薙刀術は未熟。されど纏う鎧によって陰陽術の精度と身体能力を向上させている様子。
あの赤い鎧が厄介ですね。
「分析はお済み?」
皇女様は、その瞳から燃え盛る炎を放ちながら薙刀に纏わせる
鎧の装甲からは炎の羽が生え、その威風はまさに炎の女神のごとき存在感を放っていた。
「最新カラクリも伊達ではありませんね。あっしもつくづく炎使いとの縁が深い」
冷たい風があっしの頬を撫でていく。
長年の愛刀に凍てつく霧が立ち込める。
剣技は繊細で豪快でなけりゃいけねぇ。
一刀の下には絶対的な力が宿す必要がある。
周囲は熱気と冷気が交錯し、空気が歪み始める。
「いくわよ!」
「ええ。どこからでも」
激しい斬撃と炎の舞い、氷の結晶が砕ける音が響き渡る。戦いは互いに力をぶつけ合う。
「ふぅ、年寄りを気遣ってはいかがですかい?」
「バカなことを言わないで! 一撃も当たってないくせに」
陰陽術は莫大な力を生むことができやすが、使い手の技量などよりも、込められた力の方が大切なんでさぁ。
事前に力を込めた赤い鎧は、随分と反則的な品物でさぁ。皇女様は機敏な動きで炎を纏い、薙刀の一撃は炎の斬撃と化すんですねぇ。
「ハァァァ!!!」
「氷輪論度」
あっしは氷の円を描いて、繊細で精密な剣捌きを以って薙刀を結界内には入れさせやしません。
「ふん!」
「くっ! さすがは剣豪ね。ヤマト隊長!」
皇女様の声にあっしは、白い鎧を纏った御仁に意識を向けようとして、ベイケイさんが倒される。
「グホッ!」
「なっ!」
白い鎧を着た侍がベイケイ殿を後ろから襲って腹を刺した。力量は皇女様より上でありながら外道な。
「剣豪イッケイ。あなたは強い。でも、仲間が傷ついたらどうするのかしら? それでも戦う? それとも」
興醒めもいいところですね。
「イッケイ殿! 拙僧のことなど!」
「ベイケイさん。命は大切にしなせぇ」
あっしは刀を手放して地面に突き刺した。
「甘いわね!」
あっしの首を取りに二体の鎧武者が武器を持って迫る。
「バル殿、お先に失礼します」
あっしに迫る死神たち。
外道であろうと戦場で死ぬなら本望。
「失礼。お邪魔しますの」
美しい声、漂う良い匂い、人を拐かす存在があっしの前に舞い降りた。
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