第221話 三年次剣帝杯 終

 賑やかなアレシダス王立学園のお祭り騒ぎも、もうすぐ終わりを迎える。

 三年間は長かったようで、短いと感じてしまう。


 ボクがアレシダス王立学園に入学して三年。

 色々な人々と出会って、経験を積んできた。

 それも、もうすぐ終わりを迎える。


 夜空に浮かびながら、ボクはアレシダス王立学園だけでなく、王都全土が見渡される高さまで上昇して始まりを迎える静かな時を眺める。


 ボクを照らす月灯り、バルニャンと二人で風を感じる。高い場所では、強い風が吹く。

 魔法障壁を張っていなければ、寝ていることも難しい。


「ねぇ、バルニャン。ボクはこの先の物語を知っているんだ。ボクの知っている物語とは確かに変化が起きている。だけど、ここで生きる人たちの想いが変わったわけじゃない。これは単なる分岐したに過ぎない。決められた大きな流れが変わるわけじゃないんだ。ボクはもしかしたら、止められたのかもしれない。だけど、ボクが知る登場人物がいなくなっても、物語に大きな変化はなかった」


 ダンは聖剣を手にした。

 王権派と貴族派の対立は継続している。

 帝国や皇国との間に起きる争いは止まらない。


 少しでも変化が起きるかと思った出来事もある。

 貴族派のシータゲの死だ。

 ゲームの中ボスとして登場していたはずなのに、代わりが現れて流れには影響もない。

 

「王都は美しいね」

「マスターはどうしたいのですか?」

「うん? どういう意味だい?」

「マスターと私は繋がっています」

「そうだね。僕らは繋がっているね」

「だから、不思議なのです。マスターは、困ったような話し方をされているのに、どこか楽しそうにも聞こえます」


 バルニャンの質問には答えることなく、森ダンジョンへと降り立つ。

 もう、アレシダス王立学園は卒業式を残すだけになった。

 

 学園が終われば、デスクストス家の意向ということで、カリンとの結婚が成立するだろう。


 そこから始まる、世界を巻き込む戦いが……


 本当に面倒な世の中に来てしまったものだ。


 いくつか、三年次を終える準備は進めてある。

 本日も、ココロや皆に協力してもらって、来客を迎えた。

 

 今後の行く末に導いてくれる来客も来てくれたようだ。


「準備通りに事は進んでいる」


 刀を帯びた侍がこちらに向かってくる。

 ダンなどよりも遥に強い気を感じる。

 決死の覚悟をした侍を見ることになるとはね。


「ヤマト、もしも君が魔王のテリトリーに一人で入っていたら、勝てると思うかい?」


 ここは僕のテリトリーだ。

 ダンジョンマスターしかできないこともたくさんある。


「何を?」


 どうやら皇国にもダンジョンマスターは浸透していないようだね。


「ふふ、ダンよりも、聖なる武器に長けてはいるが、それはわからないか。うん、まだまだ君はボクと戦う力はないようだ。力量は、素晴らしい。だけど、聖なる武器を完全には使えていない」


 聖なる武器には全て、パートナーが必要になる。

 この場に現れたのが一人の時点で、ヤマトは脅威になり得ない。


「何を! 俺は誰よりも修練を積んできた」

「ああ、別にその修練を否定はしない。だけど、聖なる武器とは、人の想いの強さを具現化したような武器だ。意思の強さと想いの多さに比例する」

「知ったような口を聞くな! 貴様に何がわかる! 神刀のことは俺が一番よくわかっているんだ」


 僕は知っているんだよ。


「奥義 魔・断絶」


 ヤマトが、音速の抜刀術を披露する。


 それは素晴らしい太刀筋で、もしも聖なる武器の力を発揮できていたなら僕を殺せていただろう。


「モーションレスディスパッチ」


 行動の欠如、相手は自分がした行動に欠陥があることに気づけない。


 ボクはダンジョンマスターになったことで、一つの成長を遂げた。


 大罪魔法のデメリットだと思っていた倦怠感が楽になった。そして、怠惰の魔法が進化を遂げた。


「ディスフォーカスウェブ」


 集中の散漫、極限の集中を得られる代わりに、そのあとは注意力が散漫になり、正常な判断が出来なくなる。


「ふん、首が落ちたか」


 本来のヤマトであれば、相手を倒したか確認していたことだろう。

 だけど、ボクの大罪魔法によって、注意力を削がれたヤマトは確認をしないまま去っていく。


 モニターに視線を向ければ、セシリアがメイ皇女を倒していた。


「ふふ、セシリアは、魔物の行軍で大分レベルアップしたみたいだね。相性も良かった。カスミやダンが相手なら、勝負はわからなかった。メイ皇女ならセシリアが負けるはずがないよね。これで、王妃になるための箔はついた。不思議だね。女性でも強さが尊重されるんだから」


 ヤマトは言うのかな? リューク・ヒュガロ・デスクストスを殺したって。

 そうしてくれたら色々と手間が省けていいな。

 カリンとシロップには連絡してある。


「さて、今の映像は撮れているかい?」


 ボクが声をかけると、クロマとアカリが姿を見せる。


「バッチリや、ダーリン」

「リュークしゃま! わっ私、上手くできましたか?」

「ああ、クロマの変身魔法があったからヤマトを騙せたよ。ありがとう」

「リュークしゃまにお礼言われた!!!!死にゅ!!!」


 クロマはリアクションが大きいね。気絶しちゃった。


「せやけど、ええの? ホンマに」

「言っただろ。ボクは怠惰なんだ。怠惰っていうのは、やらなければいけないことをやらない悪い罪なんだよ」


 正しいシナリオを進んだとしても、キモデブガマガエルのリュークは、絆の聖騎士によって首を刎ねられて殺される。


 殺される相手は違うけれど、首を刎ねられて、立身出世パートが始まる前にリューク・ヒュガロ・デスクストスが首を刎ねられて死ねば、それはシナリオ通りだ。


「リューク・ヒュガロ・デスクストスは、本日皇国から留学してきた【神刀使い】のヤマトと決闘の末、敗北して死亡。ダンジョン内で死亡したため、遺体はダンジョンに吸収されて死体もない。これはクロマの変身能力によって映像に残り、ヤマトも証言してくれるだろう」


 怠惰として、ボクが考えた最も効率的な方法は、シナリオにこれ以上関与しないということだ。


「ダーリンはこれからどうするん?」

「ボク? もちろん、引き篭もるよ。ちょうど良い場所も手に入れたからね」


 森ダンジョンの全てがボクの物だ。


「カリビアン領のリューはどうするん?」

「あっちがボクの家だと思ってるよ。カリンには手紙で知らせてあるからね」

「ウチらはダーリンが居てくれればええ。ただ、ダーリンに頼り切りな女は一人もおらへんよって、ダーリン一人ぐらいウチらが支えたる」


 本当にボクの愛した女性たちは全員が強いね。

 ボクの怠惰をみんなが応援してくれるんだから。


「ダーリンは、これまで大勢の女性たちを救ってきた。今度はウチらがダーリンを養ったる」

「ふふ、楽しみにしているよ。ボクも君たちに何かあれば必ず助けになると約束するよ」


 大人向け恋愛戦略シミュレーションゲームの学園編は、卒業式を持って終わりを迎える。ダンはパートナーを見つけて、騎士としての道を歩むだろう。

 本来であれば、リュークは学園編を終えた直後に一番最初に断罪されるキャラとして登場するが、ボクは自分で自分を終わらせる。


 ボクは死を以て、アレシダス王立学園を卒業する。

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