第354話 塔のダンジョン攻略 3

 ボクは戻ってきたオウキを撫でてやり、回復魔法をかけてやる。

 全身が汚れていたので、クリーンをかけて綺麗にすることも忘れない。


「どうだった?」

「ブルル」


 大したことないといった様子で反応を返してきた。

 だが、前足は折れて鼻血も出ている。

 腹には大きな傷もできているので、だいぶ苦戦したようだ。


「よくやった」


 ボクがタテガミを撫でてやると、気持ちよさそうな顔をする。


「ダン、ありがとう」

「はっ! 余裕だぜ」


 全身から出血しているダンを、魔力を温存していたチューシンが治療している。

 シーラスと聖女ティアは、バフ魔法、デバフ魔法の効果を試していたようだ。

 このボスクラスにも効果があるのか、試すのは良いことだ。


 それぞれの役目を理解して、動きが取れるようになり、パーティーとしても問題なく機能している。

 意外だったのは、チューシンとハヤセが協力して料理をしてくれることだが、それが意外に美味い。


 一つのフロアボスと倒すごとに休息をいれている。


 余力があれば連戦も可能だが、ここからの敵は全てがボスクラスだからこそ、負ける要素を残してはいけない。


「次の九十五階層は敵のレベルが上がるぞ」


 九十三階層、九十四階層は難なく突破ができた。

 だが、九十五階層から残り四つは、扉を開けるともう後戻りはできない。


「いくぞ」


 扉を開いた。


 部屋一面に広がるガラスにボクたちの姿が反射する。


「くるぞ!」


 ボクの声に警戒が強まる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

《sideディアスボラ・グフ・アクージ》


 ふと、仕事の依頼を受けた時のことを思い出す。


「剣帝杯?」

「そうだ。お前が適任だろ?」


 当主になった兄に呼び出されて、赴いた私に徐に告げられた仕事にゲンナリとしてしまう。

 家訓などどうでもいい。 

 《勝つことこそが正義》として教えられてきた。


 だが、自分の考えは違う。

 勝たなくても、仕事をきっちりできればそれでいい。


「そこで名のある奴をぶっ殺してこい。騒ぎを起こすことが大事だ」

「はぁ?」

「お前ならきっちり仕事をしてくれるだろ?」

「報酬は?」

「いつも通り、入金しておく」

「はいはい」

 

 生きるためには金がいる。

 私は報酬のために仕事をする。


「えっ? アイリス様の護衛?」

「そうだ」


 それは初めて、テスタ・ヒュガロ・デスクストス様から受けた依頼だった。


「それはどういう?」

「デスクストス家の者が貴様に仕事を依頼すれば、全て貴様のいい値で報酬を払おう。もちろん、相場はあるのだろ?」

「はい。プロですので、決めております」

「これからアイリスがお前を不要だというまで護衛を頼む。あいつは強いようで弱い。心がどこか壊れてしまいそうなところを持っている」


 ご兄妹を愛されておられるようだ。

 私には理解できない考え方ですね。


 人は一人でしか生きていけない。

 孤独な生き物だ。


 だからこそ、金がいる。

 金を稼ぐために手っ取り早いから殺しを請け負う。

 だが、護衛とはまた面倒な。


 そう思っていたが、案外にアイリス様との旅は楽しく。

 メイドのレイや、チューシン・ブフと過ごす日々は悪くないように思えた。


「ディアス。いきますの」

「ディアスさん。本日は何が食べたいですか?」

「ディアス。お茶を淹れました」


 三人から声をかけられる日々は、いつの間にか当たり前になって数ヶ月が過ぎた。

 メイが加わって、聖女としてアイリス様の仕事が増えて私も護衛として一緒に飛び回る日々。


 仕事であることは分かりながらも、どこかフワフワとした日々であった。


「あなたはリューク・ヒュガロ・デスクストス様ではありませんか?」


 そんな日々に現れた人物。

 気配が明らかに他の者とは違う。

 絶対に勝てない。


 アイリス様は、傲慢に見えてお優しい方だ。

 油断をすれば、私でも命を刈り取ることができるかもしれない。


 ですが、ここまで力量に差があり、命を奪えないと思った相手は初めてだ。


「……そうだと言ったら?」


 心臓を鷲掴みにされるような恐怖。

 いや、これは逆らってはいけないという畏怖。

 この方こそ、魔を統べる方になられるのだろう。


 テスタ様ではなく、この方が本来の……。


「全ては貴方様のために。デスクストス様の命令は絶対です」


 どんな理由でもいい。

 この方の敵になってはいけない。


「なら、こい。塔のダンジョンにいく」

「はっ!」


 ふと、命を受けた時のことを思い出していた。


「ハァハァハァハァ」


 息が定まらない。


「よくやった」


 いつの間にか体が動いていた。

 アイリス様に飛来した攻撃を身をもって防ぐなど私らしくない。

 腹に空いた風穴は、自分でも死が迫っていることが理解できる。


「仕事ですから」


 タバコに火をつけた。

 ああ、美味い。

 アイリス様は、タバコを嫌うので、匂いを消臭してからしか部屋に戻れなかった。


 こんなにも堂々と吸うことができるのは、久しぶりだ。


「お前が作ってくれた活路をボクが使わせてもらう」

「御意!」


 あの方が褒めてくださる。

 あの方が私を認めてくださる。

 あの方のために戦えて嬉しい。


「グハッ!」

「お前が全員を守り、全てのガラスを割ったことで奴は丸裸になった」


 全ての攻撃を反射してくる鏡の魔物は、どんな攻撃も通らない。


 勇者の坊やが放った光の刃。

 それを何百倍にも増幅されて反射され、アイリス様の大罪魔法までも加わったことで、アイリス様でも対抗できなくなってしまった。


 手段を持ち合わせていて良かった。

 

「《怠惰》よ」


 ああ、あの方の光はなんと優雅で美しいのだろうか、この世で見る景色としてはとても綺麗な光景だ。


 タバコが口から溢れ落ちる。


 もう、それを咥える力も残されていない。


 

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