第355話 塔のダンジョン攻略 4
九十五階層はフロア全てが鏡に囲まれた部屋だった。
魔物はどこにいるのかわからない。
ゲームシステムならターン制で行われていた戦いも実戦になれば、ターンは自分で勝ち取らなければいけない。
そう思っていると鏡の中から現われた無数の魔物が上下左右から襲いかかってくる。
「全員、背中を預けて守るんだ」
ボクは足元のガラスを割って、荷馬車を囲むように指示を出す。
互いに背中を荷馬車に預けて、バルニャンを中心に背中を預ける。
「上だ!」
大量の魔物が降り注ぐ。
全員で対処して追い返すが、数の暴力に圧倒される。
「ぐっ! 俺が!」
そういってダンが攻撃を受けながらも光の刃を飛ばすと、鏡は力を吸収して別の窓から放出してきた。
「なっ!」
「結界よ!」
チューシンが結界をはって、ダンの刃を受け流す。
同じ聖属性であったために、なんとか回避ができた。
普通の魔属性ではダンの攻撃はかなり危険な一撃になっていた。
「ならば物理でいくでありんす!」
ノーラが魔物を掴んで武器代わりに鏡を割っていくが、割れた直後にすぐに鏡が元に戻っていく。
「どうすればいいんですの?!」
アイリスが、迫る敵を倒しながら怒りを表す。
終わりのない戦いはストレスが溜まっていく。
「部屋中の鏡を同時に壊さなければ、こちらの攻撃が反射されてしまうんだ」
「わかりましたの! 駄犬! あなたの光の刃を放つんですの!」
「わん! いくぞ!」
条件反射というのは怖いものだ。
ダンはアイリスの命令に従って光の刃を飛ばした。
ハヤセとのコンビよりは小さいが、十分な威力が放たれた。
「《色欲》よ! 愛されなさい!」
《色欲》は、思いを強めることができる。
ダンが放った光の刃が強さを増して、上下左右に魔物を切り伏せながら鏡を破壊していく。
「ダメだ!!!」
ボクが二人の行動を咎めた時には遅かった。
分裂して増えた刃が回復した鏡の中へと吸い込まれていく。
光の刃に色欲の魔法の威力で強化されて何倍にもなって返ってきた。
「やれやれです」
「ディアス?」
強化された力がアイリスに向かっていく。
それを見て動いたのは、アクージだった。
何をするのか? ボクは彼の力の全てを知らない。
「リューク様、後を頼みます」
そういって力を解放したアクージは、全身を糸に変えて部屋全体に広がる鏡を寸分の狂いなく同時に破壊した。
だが、中心になった胴体は、強化された刃によってアイリスの盾になって受け止めていた。
闘気を胴体に集中させていても、聖属性+大罪魔法が上乗せされたとんでもない威力は、ボクでも相殺できない。
ディアスはその命をかけてアイリスを守った。
「《怠惰》よ」
ボクはディアスに《怠惰》を発動させる。
腹に風穴を開けて、命を散らそうとするアクージ。
その体の時間を《怠惰》によって遅らせる。
「バルニャン!」
馬車を守っていたバルニャンに鏡を再生させようとするボスを倒すように指示を出す。
シーラス、オウキが同時に動いてボスを蹴散らせてくれた。
「もっ、もうこれは!」
聖女ティアが、アクージの傷を見て諦めを口にする。
「ディッ、ディアス! 何をしていますの?! あなたは私の護衛ですの! こんなところで死ぬなんて許さないんですの!?」
アイリスの叫び声に、タバコを咥えようとしたアクージの口からは力が抜けていく。
「いやですのーーー!!!」
アイリスから《色欲》の魔力が溢れ出して、アクージの体に興奮と活性を強制していく。
「よくやった!」
「えっ?」
ボクは溢れる魔力でアクージを生きながらえさせたアイリスの肩を叩いて、再生の魔法を発動する。
数年前には、四肢しかできなかった魔法も、今なら内臓でも問題なく再生することができる。
「死んでないなら戻って来い!」
ボクの言葉にアクージの体が再生していく。
「ハァハァ」
意識は戻っていないが、呼吸を取り戻したアクージに、扉が開かれたことで九十五階層の走破を確認する。
「一度戻ろう」
九十五階層は全員が、傷を負った。
アクージはしばらく休息を取らなければ本調子に戻ることはないだろう。
結界を張るためにチューシンもかなり魔力を消耗したようだ。
ボクのように魔力呼吸で吸収ができない。
チューシンや、聖女ティアは消費が激しい。
だが、時間をかければかけるほど敵の強さは強くなっていく。
「脱落者は置いていく」
ボクは先を急ぐことを伝えて、今回の戦いで力不足だった者たちを休息させることを選んだ。
「どうして、そんなに急ぐでありんす?」
そんなボクにノーラが質問を投げかけてきた。
「それは百階層に辿り着くまでは言えない」
「……わかったでありんす。わっちは付き合うでありんす」
「そうね。わたくしも行きますの」
「俺も大丈夫だ」
「いくっすよ」
「みんなあなたを信じているわ」
「ブルル」
アクージとチューシンはここでリタイヤすることになった。容態が安定していないため、チューシンに治療を引き継ぐことにした。
ミリルが主治医になって、アクージを見てくれる。
「わっ、私は行きますから!」
「大丈夫なのか? 魔力が追いついていないように見えるぞ」
「離れません! まだ活躍と呼べるような働きをしていませんから恩を返せていません!」
そういって、脱落組に入れるつもりだった聖女ティアが意地を見せた。
正直なところはリタイヤしてくれた方が、楽なのだが本人の意思を尊重する。
「九十六階層以降は死天皇の一人マグマ帝と呼ばれるボスモンスターが出現する。誰一人死なせたくない。ボクの指示は絶対だ」
ボクが全員に意思を伝えれば、無言で頷き返してくれる。
ここからは失敗は許されない。
「ダン。ここからはお前の力が頼りになる。先頭で扉を開いて、生きて帰ってきて欲しい」
「まかせろ! リュークの信頼に絶対に応えてみせる!」
そういって九十六階層の扉をダンが開いた!
その瞬間にダンの体を溶かすほどの高熱放射が放たれて跡形もなく消し飛んだように見えた。
「あっぶねぇ! 俺じゃなかったら死んでたぞ!」
絶対に死んだと思ったダンが、軽傷の火傷で立ち上がる。
恐るべき主人公能力。
「さすがだ。ダン! そのまま溶岩の魔物を相手にしてくれ!」
「まかせろ! リュークの期待、嬉しいぜ! へへ!」
そういって溶岩の中を泳いでいくダン。
「リューク、駄犬で大丈夫ですの?」
「アイリス。見てくれ。あの溶岩に体を焼かれながらも嬉々としている表情を。あれがダンだ。もうボクもあいつのことはわからん。ハヤセ」
ボクは理解不能になったダンの姿に、恋人であるハヤセを見る。
「まだまだっす」
溶岩に体を溶かされるダンに追い打ちをかけるように弾丸を打ち込むハヤセ。
もう、この二人はボクの理解を超越してしまっている。
何よりも九十六階層は、溶岩を固めることから攻略の糸口になるのだが、ダンにはその必要もないようだ。
そのまま本当に溶岩のボスを一人で、いや、ハヤセと二人で倒してしまった。
このままダン一人でも攻略できるのではないかと、思えるほどの活躍だ。
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