第497話 ダンとリューク

《sideダン・D・マゾフィスト》


 光の放流が消えると魔王の姿は朽ちる寸前だった。


「そうか、クロノスよ。貴様も負けたのか……」

「魔王カイロス」

「勇者よ。見事であった。貴様を侮ったことを謝ろう。貴様は強い。たった一人、いや仲間と共によくぞ我を倒した。そして、我はやっと永遠の眠りにつくことになるだろう」


 魔王は微笑んでいた。


 朽ちる寸前まで、とても嬉しそうな笑みに不気味さを感じるほどに。


「終わった……のか?」

「終わったっすよ!」

「やりました〜!!! ダンが魔王を倒したのですよ〜」

「やったのですね。勇者ダン。あなたは本物の勇者です」


 女性たちが喜びを表現する中で、俺は、いや俺とタシテはどうしても違和感を感じていた。


 魔王カイロスは、貴様も負けたのかといった。


 リュークもどこかで戦っていたんだ。


 それなのに胸に使える不安が拭えない。


「ダン」

「ああ、わかっている」


 タシテに言われて俺は魔王よりもとんでもない気配を感じてしまっていた。


「みんな魔王城を出るぞ」

「どうしたっすか?」

「何かおかしい」

「タシテ様〜?」

「ナターシャ。どうやら最悪の事態になったのかもしれません」

「最悪の事態〜?」

「どういうことですか?」


 状況をわかっていない女性たちを連れて、俺たちは魔王城の外へ出た。


 《漆黒》のクッションに寝転んだリュークの頭には二本のツノが生えている。


「リューク!」


 俺が呼びかけるとクッションに寝転んでいたリュークが、重い瞼を開くようにこちらを見る。


「ダンか」


 その瞳は薄い紫色ではなく、血の染まったような真っ赤になってこちらを見下ろしている。


「なっ、なんだよその姿は! まるで魔王じゃないかよ」

「やられたよ」

「やられた?」

「ああ、どうやらボクは最後の最後で時のクロノスに負けたようだ」


 ゆったりとした雰囲気はいつもと変わりはない。

 だが、魔王など非にならないほどの威圧が俺たちを押し潰すほどの恐怖を与えてくる。


 空に浮かんでいたリュークが近づいてくるだけで、俺以外は立っていることもできないで倒れていく。


「どうやらボクの前に立つ資格があるのは、ダン。お前だけのようだ」

「そうみたいだな」


 右手に聖剣を構える。


 俺の手が震えているのが伝わってくる。


「何がどうなっているんだよ! どうしてお前がそんな格好になってんだよ!」

「運命は変えることができなかったようだ。ダン、少し移動するぞ」


 パチンとリュークが指を鳴らす。


 魔王城が消え去り海が見える浜辺にやってきていた。


「ここは?」

「リューク? ダン?」


 俺は声が聞こえて、振り返る。

 そこにいたのは昔から何度も顔を見たリンシャンの姿だった。


「リンシャン。ボクは失敗してしまったようだ」

「リューク! その姿は……そうか」


 リンシャンは流石だ。


 あの威圧が鋭いリュークの前に立っても意識を保てている。


「リンシャンがいるということは!」

「リューク様?」

「あっ、リュークにゃ!」

「リューク様?」

「ダーリン、何してるん?」


 昔馴染みたちがやってくる。


 ミリル、ルビー、リベラ、アカリ。


「何事ですか?」

「リューク! どうしたんですの?


 シーラス、エリーナ。


 リュークの妻たち七人が現れる。


「どういうことだ?」

「ダン。これは決められた事象なんだろうな。覚えているか?」


 リュークは漆黒のクンションから降りて地上に立った。



《sideリューク》


 ボクはボクの意識を失ったわけじゃない。

 だが、魔王になった瞬間にオウキとの契約は解除され、クマはボクが魔力になったことで魂ごと吸収されてしまった。


 バルニャンは漆黒に染まり、ボクの存在が完全に別の存在になったことを理解させられる。


 だから、本来行うべきだった事象を再現しなければいけない。


「入学式の日、お前はボクにチュートリアル戦を挑んで、ここにいるメンバーの前で敗北した」

「忘れたことは一度もない!」

「そうか、ならその時の決着をつけよう。お前は勇者として、そしてボクは魔王として。みんな、ボクは魔王になってしまったんだ。今のままでは世界を滅ぼす存在になってしまう。だから見届けてほしい」


 本当はカリンやシロップにも見ていて欲しかった。


 だけど、これはイレギュラーを取り除くために必要な処置だ。


「勇者ダンよ。魔王リュークが相手をする。かかってくるがいい」

「おっ、俺は!」


 聖剣を握りながらも躊躇いを見せるダン。


「ダン! 男が戦いを口にしたのだ。逃げてるなど騎士として恥ずかしい行為だ」

「姫様!」

「そうですよ。リューク様がそれを望まれているのです」

「そうにゃ! 今のリュークは凄く怖いにゃ。倒さないといけないにゃ!」

「リューク様。今までご苦労様でした。もうお休みになられてください」

「ダーリン。ホンマにおおきにな。めっちゃ幸せやったよ」

「リューク、ありがとう私を孤独にしないでいてくれて」

「わっ、私は! リューク、あなたが大好きです!」


 七人の正ヒロインたち。


 ダンが本来恋人になるはずだった彼女たちを奪ったボクには断罪される未来を回避することはできなかったようだ。


「ありがとう。みんなボクも君たちを愛しているよ。さぁ、ダン。ボクの理性があるうちにあの時の再現をしよう」

「わかった!」


 ダンの瞳に涙が浮かぶ。


 ボクは生まれ変わってすぐに夢の中で醜悪な顔をした自分の姿を見た。

 そんなボクを女性に囲まれた顔の良い騎士が、剣を向けて首を刎ねるのだ。




 

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