第362話 封鎖された九十九階層

《sideノーラ・ゴードン・ゴルゴン》


 わっちの腕から暴食の腕輪を抜き去ったリュークは、一人で九十九階層の部屋へと入っていったでありんす。

 ここまで一緒に戦ってきたリュークが、わっちたちの傷を見て、一人で最後の戦いに向かってしまったでありんす。


 できることならば、最後まで一緒に戦いたかったでありんす。


 だけど、自分でもわかっているでありんす。


 わっちの体も、他の者たちの体も、ボロボロでもう戦える状態ではありはしやせん。

 リュークは優しいから、それをわかって一人で行ってしまったでありんす。


 それでも最後まで一緒にいたかったでありんす。


「ここはどこですの?」

「目が覚めたでありんすか?」

「ノーラ。あっ! わたくしたちは塔のダンジョンを攻略していたはずですの!」

「アイリスが意識を失って、丸一日が経ちんした」

「どういうことですの?」


 わっちは、リュークが九十九階層に一人で入っていった際の話をしたでありんす。


「そうですの。情けないですの。ここまで来て気を失うなんてありえませんの」


 アイリスは意識を失った自分を恥じているようでありんした。

 やっぱり、同じ気持ちになるのでありんすね。


 それからシーラスが目覚めて、二日目の夜を超えてもリュークは戻ってはきやせんした。


「どうなっているんですの!」


 ダンの傷は思いのか酷く。

 ハヤセがシーラスと共に塔を出て行ったでありんす。


 オウキに荷馬車を引いて欲しいとお願いしんしたが、オウキは動こうとはしなかったでありんす。

 それは主人を待つように、扉を見つめたままだったでありんす。


「ここにいても何も出ませんの」


 三日目になり、扉を攻撃しても開かないことで、アイリスも諦めることができたようでありんす。

 わっちとアイリスも塔のダンジョンを出で休むことにしたでありんす。


 オウキだけは、いくら言っても動こうとはしやせんでした。それから毎日わっちは九十九階層の扉を見に行く日々が続きんした。


 一週間が経っても、二週間が経っても、一ヶ月が経っても、リュークは出てきやせん。

 その間にアイリスとエリーナは、王都に戻ることになって、名残惜しみながらも、旅立って行ったでありんす。


 シーラスも学園のことは良いのかと問い掛ければ、リュークのことを放ってはおけないと、学園に辞表を送ったそうでありんす。


「もしも、リュークが長らく出てこないのであれば、あなたたちよりも私の方が長く待てますから」


 寿命、そんなにも長くリュークが出てこないのかと思うと涙が落ちんした。


「早く出てきて欲しいでありんす」


 ヒナタはわっちの補佐役として、迷宮都市ゴルゴンの仕事を覚えてくれているでありんす。

 ミリルはヒナタの母だけでなく、かつてミリルの師匠が開いていた診療所を使って、病院を始めんした。


 ルビーもミリルの手伝いをしながらも、冒険者としての活動を始めて塔へ挑戦しているでありんす。

 今回の作戦に参加できなかったことが、悔しいそうでありんす。


 それぞれが自由に行動するようになり、迷宮都市ゴルゴンにある大図書館は順調に運営が進んでいるでありんす。


 聖女様や教皇様のお墨付きをいただいたので、通人至上主義教会の信者たちが利用するようになったでありんす。


 ここを皮切りに、他の領にも図書館設立をしていければ良いと、わっちは活動をすることにしやんした。

 アイリス、カリンと連絡を取り合って、隣接する三領に図書館を造れないかと思ったでありんす。


 カリンは現在身重で返事はすぐにできないと連絡が来やんした。

 アイリスは、すぐに返事をくれて取り掛かるといってくれたでありんす。

 わっちも手伝えることがあれば、手伝うように準備を始めんした。


 リュークは本が好きでありんした。


 帰ってきた時、リュークが楽しめるように。

 

 もしも、わっちたちがいなくなっていても、本がたくさんある世界になっていたら、リュークは喜んでくれるはずでありんす。


「ノーラは、随分と優しい顔をするようになりましたね」

「そうでありんすか?」


 シーラスに言われて鏡を見てもわかりはしやせん。


 三ヶ月。それだけの時が流れても、リュークは戻りはしやせんした。


 リュークが、カリビアン領から、旅立って半年が過ぎようとしていたでありんす。


 カリン、シロップ、リンシャンは臨月に入ったと言っていたでありんす。


 他にもテスタ・ヒュガロ・デスクストに長男が生まれ。

 マーシャル家に子が出来たそうでありんす。


 ベビーラッシュのめでたい報告を聞いて、わっちは図書館に取り掛かる準備を進めていたでありんす。


 だけど、それも潰えようとしているでありんす。


「今、なんといいんした?」

「ユーシュン王より、緊急招集がかかりました。全貴族は王都に集まるべし。これを破る者は反逆者として処罰するものなり」

 

 そういってやってきた伝令の言葉に、毎日リュークを待っていたわっちの日々が崩れていきんした。


「理由は?」

「帝国が宣戦布告を行いました。王国、教国、皇国を相手にとって、全世界に対して大陸統一を宣言しました。そのため、王国の貴族は集まって対策を練るための会議を行います。どうか緊急収集に応じください」


 こんな時に最も頼りになる男がいないでありんす。


「あい分かりんした」

「ありがとうございます」


 伝令が出ていくのを見送り深々とため息を吐きんした。


「最悪のタイミングでありんすね」

「ノーラ姉様」

「ヒナタ、マッスルに全てのことは任せているでありんす。わっちが戻らぬ時は、ゴードン家をお願いするでありんす」

「そんな!」

「ゴードン家はわっちで終わりでありんす」


 ヒナタはゴードン家の血を引かないでありんす。

 アイリスの母君である叔母上が正当な後継者になるでありんす。

 それまではヒナタに全てを任せるしかありゃせん。


「リューク。わっちもこの地を離れなければいけないようになってしまったでありんす。もしも生きているなら、出てきて欲しいでありんす。どれだけ仲間がいようと、やっぱりリュークがいなければわっちは孤独でありんす」


 わっちの家族である、お母様も、リュークも、いなくなってしまったでありんす。


「オウキ、私の代わりにリュークを、そしてヒナタをお願いするでありんす」

「ブルル」


 幻獣は魔素が濃い場所にいれば、食事もいらないそうでありんす。

 塔のダンジョンの九十九階層は十分な魔力濃度を含んでいるでありんす。


「リューク、どうか王国に勝利を」


 最後に願いごとを伝えて、迷宮都市ゴルゴンを発ったでありんす。


 

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