第137話 情報屋

《sideガッツ・ソード・マーシャル》


 リューク・ヒュガロ・デスクストスが席を立って部屋を出て行った。

 俺は扉を開いて見送りをした後に部屋へと戻った。


 リュークが退いた席に座って正面の友人を見る。


「よかったのか?」

「…………仕方ないだろう。

 断られてしまったのだ。

 無理に引き留めても彼の気持ちを変えられるとは思えぬ。

 だが、すでに時は動き出した。

 彼を諦められるほど朕に猶予はない。

 世界はそう単純ではないのだ」


 ユーシュンは、冷め切った茶を口に含んだ。


「どういうことだ?」

「ガッツ。朕は選ばねばならぬ」

「何をだ?」


 ――パンパン


 リューク・ヒュガロ・デスクストスが断った食事が、俺とユーシュンの前に並べられていく。


「まずは、酒を飲もう。さすがに酒が入らねば。朕は決められぬ」

「美味そうだ」


 俺は酒が好きだ。

 成人して飲んでからこれほど美味い物があるのかと思ったほどだ。

 飯を食うのも好きだ。

 生きるとは飯を食い、酒を飲むためにある。

 そこに多少の戦が交じれば、俺は満足だ。


「美味そうに食べる物だ」

「うん?そうか?美味い物は美味いだろ?」

「朕は、美味いと思っても顔には出せぬ。

 このような人形と同じ顔をした王を誰が好むと言うのだ。

 ガッツ、どうして朕がリュークを選んだかわかるか?」

「さぁな。まぁ、色々活躍しているからじゃないのか?」


 俺はリュークと拳を交えたから分かる。

 奴は強いが、やる気がない。

 大きな責任を背負うタイプではない。

 仲間のために怒る奴ではあるが、それだけだ。

 国や民のために立ち上がるような奴ではない。


「ふむ。朕が仕向けた者の調査に拠れば、婚約者であるカリン・シー・カリビアンが起こしたダイエットブームは幼いリュークが指示を出したそうだ」

「へぇ~一時期健康ブームとか、美容ブームとか言っていたな。

 俺らが学園に行っているときだったか?」

「そうだ」

「里帰りしたときに母上がダイエット料理だと言って出した料理は美味いが、パンチがなくて味気なかった思い出があるな」

「ガッツのように濃い味が好きな物には物足りぬだろうな。

 朕は美味いと感じたぞ」


 ダイエットブームを起こしたからって何なんだ?


「他にも、学園が管理する森ダンジョンのレアメタルを使って空飛ぶ魔道具を開発したそうだ。

 剣帝杯では一年次でありながら、レベル差をものともせずに3位入賞を果たした」

「魔道具にダンジョン攻略ねぇ~随分器用なことだ。剣帝杯は3位じゃダメだろ?」


 ここの料理は美味いな。


 また来よう。


「アイリス嬢が聖女として教会に認められた」

「ああ、あれはビックリしたな。アイリス嬢が聖女だったとは!」

「…………他にも、迷宮都市ゴルゴンで」

「おっ!うちの弟分のダンが、塔のダンジョン50階を攻略してS級冒険者になったんだ」


 ダンもやるもんだよな。

 リンシャンも一緒だったから、やっぱりあの二人は凄い妹弟だ。


「…………ハァ~…………ガッツ。少し黙れ」

「うん?どうした?」

「お前が感心した全てをリューク・ヒュガロ・デスクストスが成したことだ」

「はっ?」

「リューク・ヒュガロ・デスクストスは…………


 ・ダイエットブームを起こして。

 ・人が空を飛ぶ魔道具を作り出し。

 ・剣帝杯で入賞して。

 ・教会から通常人至上主義を消させ。

 ・聖女を祭り上げ。

 ・迷宮都市ゴルゴンのダンジョン攻略を成した


 全て、彼は表舞台に立つことなく成し遂げたんだ」


 えっ?どういうことだ?


 ダイエットはカリビアン伯爵の令嬢がしたんだろ?

 人が空を飛ぶ魔道具も魔狂人グリコ男爵の令嬢が手伝ったと言ってた。


 剣帝杯はネズール伯爵家が裏工作で他の者を蹴落とした。

 リュークに実力はあったが、入賞はほとんどネズール家の功績だ。


 教会だって、ブフ家が代替わりをして、公爵家アイリス嬢を迎え入れたことで体制が変わったんじゃないのか?


 塔のダンジョンだって、ダンとリンシャン、それにエリーナ王女も協力したはずだ。


 全て、誰かに手を借りている。

 リュークの名前は裏方として出てきてもいないものもある。


「買いかぶり過ぎじゃないのか?」

「朕の情報を疑うのか?来なさい」


 先ほどから気配は感じていた。

 物陰から控えていた者が姿を見せる。


 現われたのは地味な少女だった。


「うん?誰だ?」

「朕の目として活動してくれている。

 ハヤセ、君が集めた情報に相違はないな?」

「はいっす。リューク・ヒュガロ・デスクストス様の調査に偽りはありませんっす。

 リューク様の側にいる人、数名の信用を得て集めました」


 信用?どういうことだ?


「彼女の属性魔法情報は、スクープと言う。

 攻撃的な魔法ではないが、他者の記憶から情報をすくい上げて手に入れることが出来る。

 発動条件として、相手から信頼を勝ち取り信用を得なければ《情報》を抜き出すことはできない」


 俺は初めて見る少女をどこかで見た印象がある。


「なぁ最近、俺の弟と話しをしていなかったか?」

「はいっす。《情報》収集をさせて貰っていたっす」

「それはダンを騙したのか?」


 俺は自分でも信じられないほどの闘気が漏れ出ているのを感じる。

 それは目の前の少女を一捻りで殺してしまえるほどの気が溜まっていく。


「…………騙してはいないっす」


 闘気の圧に耐えながら奥歯を噛みしめて否定を口にする。


「ガッツ。彼女は朕が頼んだ仕事をしているだけだ」

「しかし!」

「朕たちには手段を選んでいる時間はないんだ!

 王国の危機はすでに始まっている。

 お前もわかっているだろ!!!」


 ぐっ!俺に負けぬ闘気を持って、ユーシュンに相殺されてしまう。


「ハァ、わかった。手は出さん。だが、一つ聞かせろ。弟を弄んだのか?」

「弄んではないっす。ダン先輩が約束を果たせば、私も約束は果たしますっす」

「…………そうか。お前たちの間にどんな約束が成されたのか知らん。

 だが、弟をバカにする行為をしたなら、たとえユーシュンの手駒であっても殺す」


 家族をバカにされることは絶対に許さない!

 間違ったことは素直に謝る。

 必要ならヘラヘラと笑うこともしよう。

 だが、本気で弟の思いを踏みにじる行為をするなら許さない。


「ハヤセ。下がりなさい」

「はいっす」


 姿を消した少女は部屋を後にする。


「いい加減にしろ。彼女は彼女の仕事をしただけだ」

「わかってはいる。だが、感情で割り切れるものではないのだ」

「お前は昔から感情で物を考え過ぎだ」

「うるせぇ!お前とテスタが頭で考えすぎなんだよ」


 昔からそうだ。

 こいつらは頭が良いから、余計なことまで考え過ぎる。


「もしも、リューク・ヒュガロ・デスクストスが朕の思惑通りに成らぬなら…………」


 ユーシュンはたっぷりと時間を取った。


「消せるか?」

「無理だな。俺の命一つじゃ勝てない」

「そこまでか?」

「そこまでだ。

 差し違えようとしても、奴は逃げる方法を持っている。

 魔法を使えないようにして、武器だけの戦いに持ち込まない限り勝ち目はない」


 俺の発言にユーシュンは考える素振りを見せた。


 出来れば俺もリュークとは戦いたくはない。


 魔法が使えなくても、勝負は難しいことが予想できた。


「まだ、そのときではないが、考えてみよう」


 俺は胸くそ悪い気分で、酒を呷った。

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