第136話 ナターシャの接近

《sideダン》


 今日の稽古はキツかった。

 二年次の剣帝杯が残り一ヶ月まで近づいてきていることもあり、アーサー師匠の稽古が厳しくなってきている。


「あれ〜ダン先輩〜。こんなところで〜寝ていたら〜風邪引きますよ〜」


 早朝訓練を終えて休んでいると間延びした声で名を呼ばれる。

 ゆっくりとした足取りで近づいてきたのは、ナターシャちゃんだった。

 寝転んでいる俺の前にしゃがみ込んだナターシャちゃん。

 スカートの中が見えそうになって、顔を逸らした。


「どうしたんですか〜?」

「あっ、いやなんでもない」

「そうですか〜よいしょ」


 寝転んでいる俺の横にナターシャちゃんが腰を下ろした。


「えっ?」

「いっぱい傷があるので〜、私が治してあげます〜」


 暖かい光がナターシャちゃんの細くて柔らかい手から伝わってくる。

 傷んでいた体が癒されていく。


「ありがとう!凄く楽になったよ」

「どういたしましてぇ〜。ねぇダン先輩〜」

「うん?何?」

「ダン先輩は〜、好きな人はいるんですかぁ〜」

「なっ!いきなりだな。まぁ、いるかな」

「え〜誰なんですか〜知りた〜い」

「俺のことはいいだろ。ナターシャちゃんこそ、好きな奴がいるのかよ?」


 女子との恋愛話はどうしても慣れない。

 だけど、ナターシャちゃんに好きな人がいるのか知りたい。


「いますよ〜好きというよりも尊敬しているっていう方が合っていると思います〜」


 一瞬だけ……


 いつものふわふわした雰囲気を持っているナターシャの瞳が真剣な目をした。


「それはどんな男なんだ?」

「あれ〜ダン先輩〜気になりますか?〜」


 あっ?これは踏み込みすぎたか?


「ふふふ〜女性で〜す。とても素敵な人でぇ〜私の憧れなんですぅ〜」


 女性と聞いてほっとしていしまう。


「あ〜安心した顔しましたねぇ〜ダン先輩の好きな人はぁ〜私〜ですか?」


 顔が近い!ナターシャちゃん!


 距離が……


「そっ、それは……「何してるっすか!」」

「えっ?」


 危ない!


 もしも、声をかけらなかったら、俺はナターシャちゃんとキスしてた?


「ダン先輩!ナターシャと何してるっすか?」

「ハヤセ!」

「訓練所にいないからどこに行ったのか探していたのに、こんなところでナターシャと…… 良いご身分っすね!」

「あっ、いやこれは違うくて」

「何が違うっすか?ナターシャとキスしようとしてたっす」


 一気に顔が熱くなる!


 やっぱりあれはキス……だったのか?


「ハヤセちゃん〜ヒドイ〜もう少しだったのに〜」

「なっ!」


 ナターシャちゃんの言葉にハヤセが驚いた顔をする。


「ダン先輩キモいっす!ナターシャにデレデレして、そんなことでリューク様に勝てると思っているっすか?」

「俺は!!!」


 こんなに怒ったハヤセを俺は初めて見た。

 確かにナターシャとキスしそうになったのは俺が悪いけど……


 俺が悪いのか?なんで言い訳してるんだ?


「そうっす!ダン先輩がハッキリしないからいけないっす!」

「ふふふ〜そうねぇ〜ダン先輩〜私とハヤセちゃんどっちを取るんですか〜」

「えっ?どっちって?」


 可愛くて癒し系のナターシャちゃん。

 からかってきて強引で地味な印象なハヤセ。


 どっちってそんなの……


「ハヤセかな?」

「えっ!」

「ええ〜ヒドい〜私負けちゃった〜シクシク」


 えっ?!ナターシャちゃんが泣いた?!


 でも、俺が言い訳してたのもハヤセが悲しむって思ったからだから……


「いやっ俺は!」

「ふぅ〜、負けた〜敗者は去りま〜す。好き同士の二人を残してあげま〜す」


 慌ててナターシャちゃんに近づこうとすると、スッと距離を取られてナターシャちゃんが離れていく。


「ダン先輩〜私を振ったんだから〜ハヤセちゃんとお幸せに〜」


 捨て台詞を残して去っていくナターシャちゃん。


 じっと黙ったままのハヤセを見る。


「えっと、ハヤセ?」

「キモいっす。ダン先輩…… ナターシャより私が好きなんておかしいっす」

「おかしくはないだろ?」

「ナターシャは男子からも人気があって凄く可愛いっす。私は地味で可愛くもなくて口が悪いっす」


 ハヤセが俺を見ないで自分を貶すようなことを言う。


「俺はハヤセに感謝しているんだ。俺は自分がダメな奴って知っているから」

「ダン先輩はダメな人じゃないっす!!!」

「ハヤセは可愛いぞ」

「えっ?」

「うーん、多分ハヤセのそういうとこだ。俺をダメじゃないって言ってくれて、俺がしてきたことを認めてくれて、俺を俺として見てくれた。なのに俺と一緒で自分に自信がない。俺たちは似ているんだろうな。だから、俺を見てくれているのはハヤセだけだ」


 俺は……今まで感じたことがない初めての気持ちで、ハヤセを見ていた。


 ずっと一緒に育ってきたリンシャンには感じたことがない。

 セクシーだと思ったアカリでも、可愛いナターシャちゃんとも違う。


 ハヤセだけに思う気持ちがある。


「ハヤセ、俺はお前が好きだ。お前を守りたい!俺にお前を守らせてくれないか?」

「……ズルイッす……」


 俺の告白にハヤセは顔を伏せる。


 もしかしたら、ハヤセは俺を好きじゃないかもしれない。


「剣帝杯」

「えっ?」

「前に剣帝杯で優勝できたら、彼女になってあげるって言ったっす」

「ああ、言ってたな」

「リューク様に勝てたらいいっすよ」

「それは俺がリュークに勝てたら彼女になってくれるってことか?」

「そうっす。勝たなくてもリューク様よりも上位になれたら、付き合ってあげるっす。ダン先輩の告白を受けるっす」


 ハヤセは俺を嫌っていない。

 リュークよりも上位に入るのはハードルは高い。


 だけど、賭ける価値のある…… いや、守るべき価値のある戦いだ。


「ハヤセ!その申し出、受けさせてくれ。必ずお前を守って見せる」

「守るって、何っすか…… とにかく、ダン先輩頑張ってくださいっす」

「おう、まかせろ!今の俺はリュークよりも強い自信があるぞ」


《不屈》の聖剣から力が流れ込んでくる気がする。


 それは今まで感じたことのないほど強大で、暖かい力を感じた。

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