第239話 父と息子
《sideテスタ・ヒュガロ・デスクストス》
デスクストス領は、穏やかな気候と、魔物の少ない草原が風を吹き抜け、作物がよく育つ。
広い草原の向こう側は何が存在するのか? それはデスクストス家の者だけに許された私有地であり、立入禁止区域に指定されている。
領民ならば誰もが知っていることであり、盗賊たちにとってはデスクストス家の財宝が眠る場所だと言われている。
だが、盗賊たちも決して、近づくことはない。デスクストス家の財宝を狙った者は誰一人として帰ってきた者はいないのだ。
他の領主たちは、誰が管理をしても裕福でいられる土地だとデスクストス領を揶揄する者もいる。
「ここで待て」
「はっ!」
我は、自分の中にある力のことを考えなかったわけじゃない。
初代デスクストス様は、どうしてアレシダス王家と契約を結んだのか。
支配するだけの力を持っていたと言うのに。
その答えを知ってからは、我は身に降りかかるデスクストスの血を受け入れた。
草原とは変わって、冷たい遺跡の中を歩く。
数千年も前に作られた建物の中は、今では使われない材質で壁が作られている。
遺跡を知る者たちからは、伝説的な霊獣が管理していたとも、神が舞い降りた場所だとも言われいる。
もしも、最古の存在が魔王ならば、魔王はいつこの遺跡が出来たのか知っているだろう。
魔王が手を出さないように、代々のデスクストスはこの地を守ってきた。
「父上、参りました」
遺跡の最奥。
玉座のように用意された石の椅子には、いつも傲慢に世界を見下す父上が座っている。宰相として、ずっと王国を支え、デスクストス領を納めて来られた父上は、清々しい顔をされている。
「よくきたな。テスタよ」
我は唯一父上にだけは敬意を払う。
膝を折り、頭を下げる。
「はっ!」
「時間が限られている。お前には伝えておきたいことがある」
「父上の話を、私にお聞かせください」
父上は、父上だけには、ずっと勝てないと思ってきた。
嫉妬するのも烏滸がましいほど、圧倒的な存在。
もしも、一番近くに最強の存在がいたなら、他の誰にも負けてはいけないと自然に思える。
「くくく、お前は堅いな。ならば、聞け。我はお前たち三人を一度、いや一度ではないな。何度も殺そうとした」
知っている。
デスクストス家とはそういう家だ。
我は嫉妬をするあまり警戒強く。
父上が成されることに気づいて、全てを握りつぶした。
アイリスは、様々な者たちに愛され守られてきた。
リュークは、罠にハマりながらも、生き残って頭がおかしい素振りを見せるようになった。
「知っております」
「そうか、お前は子の父親になるのだったな」
「はい」
「生まれる子は、きっと傲慢になるのだろうな」
あの父上が苦笑いを浮かべている。
このように笑う父上を我は見たことがない。
「父上に似ることでしょう」
「くくく、それは大変だな。最初はいい。だが、次第に手に負えなくなるぞ」
「父上も、たくさんの苦労をなされたのですね」
父上の息子として話をするのは、これが初めてのことかもしれない。
今までの父上は、家の中ではデスクストス公爵家の当主であり、外では王国の宰相だった。厳格で、恐ろしく、悪の総括のような方だった。
「我々の計画は、すでに始まってしまった。もう誰にも止められん」
「父上とゴードン様が計画された策は、必ずや次代の者たちを救うことでしょう」
「バカを言うな。我は誰も救わん。傲慢に、ただ我は我のしたいように生きただけだ」
「母上に、アイリスに……、リュークに伝えることはありますか?」
「ない」
我は顔を上げて父上を見る。
いつも怒っているような怖い顔をしていた父上の顔は、清々しく晴れやかな顔をなされておられる。
「我が覇道に悔いはない。シィーは全てを理解している。アイリスは、我々とは別の道を決めた。リュークは我の策謀を跳ね除けデスクストスとして血に抗って欲しかった。この道を進ませたくはなかった。だが、あいつもデスクストス家の男なのだ。もう、道に足を踏み込んでしまった」
父上は天井を見上げて、深々と息を吐く。
「我は我の道を生きた。その結果がこの先に続いている。我は我でなくなるかもしれない。だが、テスタ。お前も同じになる必要はない。お前はお前の信じる道を歩めばいい。この道には、リュークが進んでくれたのだから」
我は拳を握りしめた。
父上に憧れていた。
大人になるにつれて、父上のしていることを知った。
いつかは自分もその道に進むのだと覚悟を決めたはずだった。
それがデスクストスの長を務める道だと。
「嫉妬しないではおられませんな。父上にも、リュークにも」
「お前はそういう男だ。妬み、嫉み、羨む。だからこそ、嫉妬の感情に苛まれたときは、相手にネガティブな感情を抱くのではなくて、自分の方向性を見定め、目標を達成するために何が必要なのかを理解することが必要だぞ」
父上から初めて、我個人へ伝えてくれた言葉に涙が溢れ出した。
今まで誰かの前で泣いたことなどない。
デスクストス家は歪んでいる。
普通の家族ではない。
そんなことわかっている。
だが、父上を尊敬し、母上を讃え、妹を愛し、弟を心配する。
我の心が他の者と何が違うと言う?
大罪魔法と呼ばれる罪深き力に心が引っ張られようと、染まった手に誇りを持つだけだ。
「父上の教え、心に刻み込みます」
「励めよ。テスタ・ヒュガロ・デスクストス公爵。貴様の家族に幸在らんことを」
それ以降、父は言葉を失った。
これより先、父上は父上であって、父上ではない。
別れは済んだ。
「テスタ様?」
遺跡を出れば、デスクストス家の騎士であり、我の従者であるアレックスが驚いた顔を見せる。
それは我の顔を見たから、我は問いかけることはない。
「計画を早める、敵は皇国。リューク・ヒュガロ・デスクストスを殺した皇国をデスクストス家は許すわけにはいかない。我々が滅ぶか、皇国が滅ぶのか、もしくは王国が我々を滅ぼすか、もう止まることはできない」
「はっ! 全騎士、全兵士に招集をかけます」
「カリビアン家、アクージ家、ネズール家、ブフ家、ゴードン家、ベルーガ家に戦の準備を始める手紙を送れ。マーシャル家、チリス家、そして、アレシダス家に伝えろ。邪魔するのであれば滅ぼすと」
アレックスは我の言葉を聞いて身を震わせる。
「王国を取りに行かれるのですね?」
「王国など小さい。この大陸を支配するために始めるのだ。ここからが第一歩だ」
我は遺跡を振り返ることはない。
ここからは前を向いて歩くだけだ。
後ろは、リュークに任せるとしよう。
父上のことを頼んだぞ。リューク。
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