第72話 船上のパーティー 終
裏ボス認定した強烈なお姉様襲来イベントが過ぎ去ったことで、平和が訪れた様に見えたが、どうにもきな臭い状況であることは変わりない。
「タシテ君」
「はっ」
「お姉様の話す内容は聞こえていた?」
「はっ!私にも聞こえるように話しておられたように感じましたので」
「うん。ならわかっているよね?」
「お望みのままに」
うん、タシテ君マジで優秀。
ボクが何か言わなくても、すでに動き出しているようだ。ボクは見える範囲の大切な人を守ることにしようかな?ここに居なくて守りたい人はカリビアン伯爵ぐらいだ。そっちには警戒してもらうしかないね。
それ以外の人間はどうでもいいや。
「私は」
「タシテ君もボクの側にいてくれたらいいよ」
「はっ、ありがとうございます」
何も言わなくてもわかるんだね。
ボクは後ろで立食パーティーを楽しむ少女達を見る。
本来はゲーム主人公ダンのヒロインたち、立身出世パートで彼女たちには役割がある。ここにダンはいないので、仕方なく守るしかない。
ボクの役目じゃないと思うんだけど……
「お集まりの皆さん!いよいよ我らがデスクストス公爵様のご登場です」
そういって司会者が現われたことで、ダンスホールが暗転して騒がしくなる。
ボクは二つの魔法を発動して、守りたい人たちにボクの魔力で作った結界を纏わせる。
「これは」
横にいるタシテ君はボクの魔力に気付いたようだ。
「念のためだよ」
「ありがとうございます」
小声で礼を言われる。会場中が拍手によって賑やかになり、スポットライトが当てられて、デスクストス公爵一家の四人が現われた。
「皆よ、もうすぐ今年も終わる。一緒にカウントダウンを祝おうではないか」
父上がカウントダウンを告げると、ダンスホールの外に花火が上がり始める。
花火はカウントダウンをするように数を減らしていく。
タシテ君にかけていた結界に反応があり、倒れる人間がいた。どうやらオートスリープアローが発動したようだ。
「タシテ君?」
「はっ」
「無事ならいいよ」
「ありがとうございます!!!」
どうやら、狙いはボクじゃなくてタシテ君だったみたいだね。ヒロインたちは花火を見て喜んでいる。
シロップに目配せするが、倒れた者達もすぐにどこかに運ばれていったようだ。
暗闇と花火で人々の気を逸らして仕掛けてくるなんて常套手段だね。
「さて、皆さん新年を迎えることが出来た。今宵はめでたい!我が息子テスタの結婚が決ったのだ。美しき二人の令嬢たちがテスタの嫁としてデスクストス公爵家へ嫁いで来てくれる。こちらへ上がってきてくれ」
父上の呼びかけに応じて、黒いドレスに身を包んだビアンカ・グフ・アクージ嬢と、サンドラ・ドスーベ・ブフ嬢が会場に上がっていく。
「アクージ侯爵家のビアンカ嬢。ブフ伯爵家のサンドラ嬢だ。皆さん二人の美しき令嬢に拍手を」
盛大な拍手が会場中を埋め尽くす。
その闇の中で数名の悲鳴が上がっているが、すぐに消えてしまう。
「うむ。今年は祝いから報告できたことを嬉しく思う。まだまだ催しは用意してあるので楽しんでくれ」
父上が挨拶を終えて退出していく。
光がつけられたダンスホールには倒れた者は誰もいない。
「どうやら凌げたかな?」
「そのようです。それに私の用意した者も上手くいったようです」
うん?君は何をしていたのかな?ボクはタシテ君が何をしていたのかは聞いてないよ。
「お望みのままに」
いやいや、ボク何も望んでないよ。カリンとシロップと怠惰に暮らせれば問題ないからね。
「ふふ、アクージ家よりも裏工作で負けるわけにはいきませんからね」
ええ!それボクの望みじゃなくて、君の家とアクージ家の対抗意識だよね。
ボクに関係なくない?タシテ君凄く満足そうだ。
「良く来たな。弟よ」
ボクがタシテ君に気を取られていると、兄上が近づいてくる。
兄上と話したのは小さな頃に数回程度だ。
ほとんど顔も合わせたことがない。
アイリス姉様とは歳が一つしか違わないので、話すことも何度かあった。だけど、テスタ兄上は歳も離れていて、住んでいた屋敷も違ったので接点がなかった。
ボクはバルから降りて膝を突く。
「おめでとうございます。テスタ兄上」
「うむ。貴様も三年後はカリビアン伯爵のカリン嬢と結婚するのだ。励めよ。カリン嬢、弟を頼む」
「テスタ様、ご結婚おめでとうございます。リューク様のことはお任せください」
「うむ」
兄上の背後では二人の妃が付き従い、白いゴスロリを着たサンドラは虚な目をしてウサギのぬいぐるみを抱きしめて、何を考えているのかわからない。
黒いドレスに強い視線をボクに向けるビアンカ嬢からは敵意を感じた。
二人は何も言葉を発することなく、兄上がボクとカリンに声をかけて去って行った。
「相変わらずですね。鉄の騎士様」
「鉄の騎士様?」
タシテ君の発した言葉を聞き返す。
「はい。鉄のように堅く無表情でいる騎士という意味だそうです。何を考えておられるのかまったくわかりません。ただ、仕事は完璧で強さも申し分なし。裏工作も一切通じないので、ゴードン侯爵様とは違った意味で完全無欠だそうです」
説明を聞いて、ボクは違うことを感じていた。
テスタ兄上の瞳には嫉妬のような、人への妬みが感じられる。無関心とは程遠い激しい僻みがボク以外の人にも向けられて、瞳の奥に緑の炎を放っていた。
「ふぅ~これで一通り挨拶も終わったし、ボクはキリがいいから帰ろうかな?」
「そろそろ退出されますか?」
「うん、そうしようと思う」
素直に退出させてくれるほど安全な場所ではないようだ。武装した者達がダンスホールへ雪崩れ込んできた。
「皆、ボクの側に」
六人を呼び寄せて、ボクは窓際へと移動して魔法障壁を張った。
「リューク、大丈夫ですか?」
「う~ん、どうかな?ここには化け物が山のようにいるのに、ここまで大胆ことをするんだから、何かあるんじゃないかな?」
不安そうなカリンを抱きしめて状況を見守っていると……どうやら目的はボクではなさそうだ。
「テスタ・ヒュガロ・デスクストス!!!貴様によって潰された我が家の名誉。貴様の命で償ってもらう!!!」
……よくここまで来れたものだ。そこにも様々な思惑が含まれているのだろうが……ここでの主役は兄上だ。
「我が目的か?」
「テスタ様!あれは」
兄上の横でビアンカが何か言っている様子だが、兄上は気にすることなく魔法を使った。
「味わうがいい【嫉妬】よ」
それはボクが良く知る大罪魔法と同じ魔力を感じる。
濃い緑色の禍々しい魔力がテロリストへと伸びていく。
「貴様の嫉み……心地よいぞ。全て奪ってやろう」
それまで憎々しくテスタ兄様を見ていたテロリストが感情を無くしていく。
それは【怠惰】を受けたカリギュラのように虚ろな木偶が出来上がる。
「ふん。これほどの嫉みを抱くなど妬ましい」
圧倒的な力量を誇示した兄上は、集まった貴族派へ力を示すに十分な魔力を放出して見せた。
「終わりだね」
テロリストが身体に巻き付けていた爆弾は兄上によって使われることなく終わりを迎えた。
ボクが息を吐くと視線を感じて、視線を追いかければ兄上がボクを見ていた。
それは敵を倒した愉悦ではなく、ボクへ向ける嫉妬以外の何物でもないように思えた。
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