第125話 深淵を知る魔女 後半

 黒龍戦、あれはボクにとって悔しい戦いだった。

 ダンの聖剣を使わなければ、倒せないのはゲーム仕様だから仕方ない。ただ、それは一回だけの話だ。

 次に黒龍に会ったら、自力で倒さなければならない。


 ゲーム仕様の理不尽を打ち破れ無ければ、キモデブガマガエルリュークのボクは未来に断罪される。


 それなら理不尽でも倒せるように自分を強化する。

 一番得意な魔法の強化が必要になる。

 肉体の鍛錬はバルに任せてきた。


 これまでは体を鍛え、魔法力を消費することを重点的に訓練してきた。


 それは生き残るためにやってきたことだが……

 迷宮都市ゴルゴンで出会った黒龍は、今のボク一人では倒せない。

 ダンの聖剣と、ヒロインたちの力があったからこそ倒すことが出来た。


 このままでは本当に強い魔物や、敵が現れた時、ボクは生き残れるのか不安になった。


 あの程度の黒龍なら、一人で倒せるぐらいにはならなくちゃならない。

 本当の強者を相手にした時、大切な人たちを守ることができない気がする。


 ゲーム仕様である《怠惰》の大罪魔法に頼っている間は、本当の強さを手に入れたとは言えない。


 ボクの安定した未来を手に入れるためには力がいる。


 では、どうすればこれ以上強くなれるのか?バルの強化は今後もしていくつもりだが、それ以上に自分自身の能力への理解を深める必要がある。


 では、魔法を知るために最適な方法は何か?


 自分よりも詳しい者に聞くことだ。

 本当ならグリコ師匠と話したい。

 最近は手紙のやり取りも数ヶ月に一度になってしまっている。修学旅行に行っていたこともあるが、グリコ師匠の知る魔法の知識を、ボクが超えてしまったことも原因だ。聞くことがなくなってしまった。


 それでも友人として、近況の報告を伝えてはいるが、最近はリベラを嫁にどうかと、打診する内容が増えているので、少し敬遠してしまっている。


 では、グリコ師匠よりも詳しい人……


 それも信用できる人じゃないと教えを乞う意味がない。


 ーーコンコン


「入りなさい」

「失礼します」


 二人きりで話をするため放課後にアポをとった。

 場所はシーラス先生の研究室だ。


 迷宮都市ゴルゴンで話した時のことを思い出していた。シーラス先生は生徒思いの良い先生だった。

 お姉様から庇ってくれた態度にも、好感が持てると判断した。


「いらっしゃい。リューク・ヒュガロ・デスクストス君」

「シーラス先生。ボクの名前は長いでしょうから、リュークと呼んでください」

「うむ。わかった。君が許してくれるならそうしよう。それでは、君が発した契約の話をしよう。すまないが、警戒している」


 精霊族のエルフは魔力が高く容姿も優れている。

 何よりも、長寿族と言われるだけあって、寿命は1000歳を超えるという。


 シーラス先生は、ゲームの設定では200歳程度で、通人族でいうところの20歳ぐらいに相当する。

 だが、150歳の時に魔法を極めて深淵を見たと言われるほどの魔法への知識と魔力の持ち主だ。


 ダンの攻略対象のヒロインではあるが、立場は他の女子たちとは違う。


 その理由が、契約だ。


「単純な話です。シーラス先生、あなたと契約を結びたい」

「ほぅ〜その意味をわかって言っているのか?」


 別に攻略をしようというわけじゃない。

 だが、今よりも強くなるためにはどうしても必要な力が存在する。

 そして、それを手に入れるためには、シーラス先生と契約をする必要がある


 契約の仕方はとても簡単だ。


 メルロがボクに名前を捧げたように、シーラス先生にも名前を捧げてもらうことで力を授けてもらえるはずだ。


「もちろんです。先生の身も心も捧げてもらうつもりで来ました」


 ゲーム主人公であるダンがシーラスを攻略する際、アレシダス王立学園に通う3年間の間に、一定回数シーラス先生に相談を受けると……


 シーラス先生の方から卒業式の日に契約の話を持ち出してくれる。


《私の身も心も捧げて受け止めてくれるなら、私は君と契約を結んでもいい》


 シーラスルートに入った時にしか出ない演出なので、重要な言葉であることはすでに確認済みだ。


 ダンは、これまでの感謝を伝えて契約を結ぶ。

 すると、契約した者だけが得られる力を授けてもらえるのだ。



「うむ…… 」ボン!!!



 えっ?クールで知的美女であるシーラス先生が顔を真っ赤にしている。


 なぜ?


 ゲームではそこまで細かい演出はない。


 シーラス先生と契約を結べば、ゲームならダンは仲を深めていくシーンに突入する。

 別に契約はメルロで経験しているので、そう言う行為をしなくてもできることはわかっている。


 それなのに何故照れる?


「ウォホォッン!!!君は…… それを本気で言っているのかね?」


 なぜか潤んだ瞳で問いかけられる。


「もちろんです!ボクは本気です!」

「ハゥア!!アワワワ」


 先生がいきなり悶え出した。


 イメージと違い過ぎる反応に訳がわからない。


「ボクでは、契約を結ぶ相手に相応しくないですか?」


 真剣であることを伝えるために、シーラス先生へ近づく。


「なっ!ちょっ!」


 ダンの師匠になっている以上、ダンが成長を遂げて卒業を迎えると契約を結ぶことになるかもしれない。

 そうなってからではリュークであるボクとは契約を結んでくれない可能性がある。

 ダンよりも早く、契約に応じてもらわなければならない。


「条件があるなら、教えて頂きたい!ボクは真剣なんです!」


 まるで生娘のような態度を取るシーラス先生。


 ゲームの描写では、ダンよりも大人な対応で、導くような態度だったのにどうして狼狽える?


「じょっ!条件も、何も…… わっ、私は契約を結ぶのは初めてなんだ」


 それがどうしたと言うんだ?互いに名を差し出すだけのはずだが?


「初めての相手がボクでは嫌と言うことですか?」


 理由が感情と言われてしまえば、どうしょうもない。

 彼女に認められるようなことは何一つしていない。


 ダンの様に相談することはなく、一年次は避け続けてきた。こんなところで好感度が関係してくるとは……


「かっ、考える時間をくれ!」


 シーラス先生の返事は保留だった。


 くっ、焦り過ぎたようだ。


「わかりました。出直してきます」


 ボクは立ち上がる。


「一つだけ教えてほしい。いつから契約のことを考えていたんだ?」


 シーラス先生がモジモジしながら聞いてくる。

 ボクは目を閉じて学園に入ってから、シーラス先生に会ったときには候補の一つとして考えていた。


「入学式で先生を見た時からです」

「なっ!」

「それでは失礼します」


 ボクはシーラス先生の研究室を後にした。





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