第325話 預言者アケガラス

 ボクは迷宮都市ゴルゴンの上空へ飛び上がってサーチの魔法をかけた。

 サーチによって迷宮都市全体の全てを把握する。


「ボクを怒らせてただで済むと思うなよ!」


 アイリス姉さんが、変な仮面をつけた男を捕らえたようだ。

 聖女ティアが犯人だと言ったが、ボクが知る彼女は、こんなことをするメリットが何もない。


 彼女は良くも悪くも聖女なのだ。

 聖女以上でも聖女以下でもない。

 彼女は聖女として生まれ、そうとしか生き方を知らない。そういう風に教育をされている。


 それは誰かを蹴落とすために生きることはない。

 むしろ、何かあったとき、彼女は打算的なことを考えるよりも自分を犠牲にする。面倒な女性なのだ。


 ボクにとっては、大嫌いな人種だ。


「だから、聖女ティアは絶対に犯人じゃないんだよ」


 ボクは仮面を取り外した一人の男を見つけた。


「なっ! どこから?!」


 それはボクにとって意外な人物であり、そしてここが大人向け恋愛戦略シミュレーションゲームの世界なのだと思い出させられる相手だった。


「預言者アケガラスだな」

「だっ、誰だ貴様は?」


 ボクは怒りと戸惑いを感じながら、ネームキャラの存在を思い出した。

 預言者アケガラスは、ダンが主人公の世界線では、仲間の居場所を教えてくれて、好感度などを教えてくれるお助けキャラだった。


 かつては、魔法を極めようとした魔導士で、シーラスと同じ深淵を知る魔導士という設定がなされていた老人だ。


「お前がノーラを傷つけたのか?」

 

 ゲームでは、預言者アケガラスが戦うことはない。

 だが、その力はシーラスに匹敵する魔導士として、知識と魔力そして、預言者としての未来予知の力を持つ。


「ワシの預言に貴様のような人間は存在しない! まさか?! 本来は死ぬ者か?」


 本来のこいつは、

 

 良い意味で無害。

 悪い意味で無意味。


 ゲームに登場するキャラではあるが、攻略を知ってしまえば居てもいなくてもいい存在。


「アケガラス、どうして貴様がここにいる?」

「ふん、死人に語る口などないわ! 貴様の存在などワシには関係ない」

「関係あるんだよ! 貴様はボクの嫁に手を出した。死ぬ覚悟はできているだろうな?」

「なっ! 嫁? 強欲の暴君ノーラ・ゴルゴン・ゴードンを嫁じゃと?!」

「ほう、お前はそれを知っているのか?」


 それは本来ノーラがゲームの世界で語られるはずだった最終的な二つ名だ。

 だが、強欲を手にしていない現状は名付けられない。

 理知的に成長したノーラにその名は相応しくない。


「イレギュラー! そうか、貴様がワシの予言の異物ということか?!」


 もしかしたらボクが死んだ後の世界を予言として見ていたのかもしれない。だが、ボクは生きてここにいる。


「道化よ。楽しかったか? 登場人物に干渉できて?」

「何じゃと!」


 ボクが死ぬはずだった悪役貴族なら、こいつは必要とされない預言者だ。


「貴様は脇役なんだよ。貴様はただ占いをして他の者の恋愛相談を乗ったり、仲間の居場所を伝えるためだけの存在だ。こんな場所に出しゃばるような存在じゃない」

「何を言っておるのじゃ?」

「もう、貴様との問答をする必要はない。答えよ。ノーラを救う方法はあるか? それを答えるなら命だけは助けてやろう」


 ボクは手をかざして、魔力を込める。

 これは脅しじゃない。


 預言者アケガラスは、ボクの手を見て魔力を感じたようだ。腐っても深淵を知る魔導士。

 ノーラに腕輪をはめたのはこいつだ。

 敵として、こいつ以外にそんなことをできる奴はいない。


「ふん、知らんよ。知っていたとしても教えるつもりはないがね」

「ほう」

「貴様がワシにとってのイレギュラーであることは認めよう。だが、貴様にとってもワシはイレギュラーのようじゃ。ならば、問おう。この世界はどうなるというのじゃ?」


 それは遠くを見るように空を見上げた預言者アケガラスの憂い。


「死人に、未来を憂う資格はないさ」

「ワシはワシを必要としてくれたある方に変化を求めた。そして、与えられた宝具を使ったに過ぎん。一度きり、ワシは自分のために預言を使った。ノーラ・ゴルゴン・ゴードンの攻撃を避けるために」


 瞳から血を流す預言者アケガラス。


「ある方? そいつが黒幕というわけだな」

「知らんよ。どうしてこの世界はワシを必要とせんのだろ? ワシは何のために生きてきた? ワシはどうすれば必要とされたのだ?」


 ボクがダンにハヤセを当てがったことで、ダンは複数の女性に手を出すことは無くなった。

 テスタ兄上が皇国に戦争を仕掛けたことで、内乱も起きなかった。

 

 ダンが内乱を、そして世界の混乱を鎮めるための旅に必要になる預言者アケガラスの存在は、必要とされなくなった。


 弊害。


 これもまた、ボクが生き残った弊害なのかもしれない。


「お前は道を誤った」

「何じゃと?」

「力の使い方をもっと別の方法で、仲間を求めるようにしていればよかったのに」


 必要とされないから、必要としてくれた者に縋った。

 

「あなたほどの魔導士なら、もっと別の生き方も選べたはずだ」

「……貴様はワシを憐れんでくれるのだな。……ワシは後悔はしておらんよ。ワシの予言ではノーラ・ゴルゴン・ゴードンは死んだ方が良い人間だった。そして、聖女ティア様は本来の正しき道を進むべきなのじゃ。グハッ!」


 大量の血を吐き出すアケガラス。

 未来を知るからこそ、違いを見つけ、整合性を合わさようと思ったのだろう。

 それが自分にしかできないと、他人の力を借りて。


「予言は人のために使わねばならぬ。自分に使えば、ワシは命を失う。その覚悟を持って行った行動を、悔いてはやらぬ。そして、死を前にして貴様の正体を見ることができたようじゃ」

「そうか」

「ブホッ!」


 最後に大量の血を吐いて預言者アケガラスは死に絶えた。


 悲しいものだ。ゲームのキャラがこんな形で死ぬなんて。


「あの方か、お前はボクを怒らせた。ノーラのことを解決したら、お邪魔させてもらうぞ」


 ボクは死んだアケガラスの遺体をノーラの部下へと渡した。

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