第487話 それぞれの戦い 6

《sideディアスボラ・グフ・アクージ》


 砦の中で一人きり、ここで全てを終わらせてもいい。

 これまで私の才能は戦いの中にあった。


 だが、これからやってくる時代に、戦う力は必要なくなることでしょう。


「万を超える魔物の軍勢を一人で相手にすることになるとは、やりがいがありますね」


 荒野を埋め尽くす魔物の軍勢。

 それは今まで見てきた魔物の集合体だ。

 一体一体が今まで戦った魔物よりも遥かに強い。

 これまでの戦士たちが命をかけて殺してきた魔物。


「そんなことは関係ありませんね。ここに集まる魔物が世界最強であろうと、リューク王を除いて、テスタ様がいないなら、私は地上最強だと自負しております。糸は最強なのです」


 私の両手から十本の糸が荒野に張り巡らされる。


 荒野の岩山も、大粒の石たちも全て砕け散るほどに世界を糸で支配する。


「ハァハァハァ!」


 魔力も、体力も、最早限界です。

 何時間戦っているのしょうか? 強い魔物が集まって、途方もない疲労が押し寄せてくる。


 リューク王は、たった一人で帝国兵一万の軍勢を倒したという逸話がある。


 本当の話なのかと思いましたが、案外できる者ですね。


「私は、結構強かったんですね」

「あなたは昔から強かったですの」

「えっ?」


 血みどろの幻想でしょうか? アイリス様がここにいるはずがない。

 

「何を驚いていますの? あなたはワタクシを支える両翼でしょう? この戦争が終わるまで、最後までワタクシを支えてほしいですの?」

「どうしてあなたがおられるのですか? あなたは安全な場所で」

「ワタクシがそのような女だと誰が決めましたの?」


 こんな魔物ばかりの戦場で、ピンクのドレスにピンヒール。まるで社交界にでも行くような衣装で現れる。


 そんな方は一人しかいない。


 敬愛するアイリス・ヒュガロ・デスクストス様。


「チューシン、ディアスの治療を。キキ、レイ。行きますわよ」

「かしこまりました。アイリス様」

「ウキ?」

「はいです! アイリス様!」


 皇国を、迷宮都市を、旅したあの時間が私の人生で1番楽しい日々でした。


 それがまた再現されるなんて……。


「《色欲》よ。敵を魅了してしまいなさい! あなたたちは全て私のシモベ。さぁ私が欲しいなら最後の一人になるまで殺し合いをするんですの」


 凄い! アイリス様が強いことは知っていたが、集団戦になれば、ここまで強いお方だったなんて思いもしなかった。


 ああ、自分がリューク王やテスタ様がいなければ最強だと思っていたのが恥ずかしい。


 戦いとは色々な戦い方があるものだ。


 確かに糸は最強かもしれない。


 だけど、きっと私はアイリス様には勝てない。


 いや、抵抗する気力すら湧いてこない。


「ディアス、大丈夫ですか?」

「お前も宗教家として王国のトップに上りつめたのに、どうしてこんなところに?」

「バカですね。友のピンチに駆けつけるのが、親友というのですよ」

「親友?」

「おや、私だけですか? あなたを親友だと思っているのは? たくさんの旅をして、たくさんの話をして、互いに命を預け、救いあった中だと思っておりましたよ」


 私はずっと一人だと思っていた。


 だけど、テスタ様から依頼を頂き。

 アイリス様に出会い。シータゲに出会い。

 リューク様に世界を任された。


「くくく、ああ。私はどこかで自分を悲劇のヒーローだと思っていたのかもしれません」

「何を言っているのですか? あなたは昔からヒロイズムの強い人でしたよ」

「言ってくれるな。友よ」


 私はチューシンの手をとって立ち上がる。


「パオーン!!!!」


 立ち上がると同時に、魔物たちを踏み潰すほどの巨像がこちらに向かってくる。


 その疾走は怒り狂って、《色欲》に溺れるほどの理性も残すことなく《憤怒》していた。


「ディアス! チューシン! そろそろ働きなさいですの」


 アイリス様に呼ばれたなら、どんな化け物でも相手にできる気がする。


「城が向かってきますね」


 そう城だ。まるで巨大な城が動きながら向かってくる動く要塞だ。


「あれはどうやって倒すのでしょうか?」


 チューシンが見上げている。

 あんな物を倒す? そんなことができるのか?


「うわ〜お城なのです!」

「ウキャキャキャ!!!」

「問題ありませんの。ディアス、あなたに全てを任せますの」

「くくく、あ〜なんて無茶な要求でしょうね。本当にアイリス様は……。いや、デスクストス家の方々は私をなんだと思っているんですか? 全く、どれだけの無茶でも答えてみせましょう。報酬はキッチリ頂きますからね」


 城ほどに大きく三十メートルは超えているんじゃないですか? くくく、こんな質量を……。


 それでも生き物の急所も、体の構造も変化はない。


 ただ、デカく、固く、巨大で、圧倒的な存在感を放っているだけだ。


「それでも一本の糸でお前は死ぬのだ。数など要らぬ。プレゼントしましょう。地獄に垂らされる一本の蜘蛛の糸。それは救いにはならない。大勢を救うことができない地獄へ突き落とすための最後の一本。糸は細く鋭く、巨大な象の胸すら貫き潰す」


《ヘル・エンド》


「パ」


 最後に鳴くことも許さない。


 アイリス様に向かって、私は一礼する。


 この勝利を我が愛しき人に捧ぐ。


 ああ、また生き残ってしまいました。

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