第160話 冒険者の仕事をしよう 2

《sideエリーナ・シルディ・ボーク・アレシダス》


 アンナの口車にのせられて、チリス領へ来たまではよかったのです。

 ですが、チリスの港街に辿り着いた我々を出迎えたのは魔物の襲撃でした。


「アンナ、守備を!」

「はい!エリーナ様!」


 港に迎えに来てくれていたセシリアたちと合流した我々は共に戦闘を行うチームを組みました。


「ナリア!援護を!」


 セシリアの指示で、セシリア専属メイドのナリアが、補助魔法を発動して援護してくれます。


 近接戦闘を得意とするセシリアとアンナに前衛を任せて、私は魔法で魔物たちを氷漬けにして魔物を一掃していきます。


 リュークと共に迷宮ゴルゴンでレベルを上げていて、本当によかったです。


 リュークから指揮を褒められてからは、そちら方面の能力を伸ばすように頑張ってきました。

 まさか、このような形で活用できるとは思っておりませんでした。

 騎士たちへ指示を飛ばします。

 戦場を見極め、個々の力を判断して、指揮するのは楽しい。


「この近辺は、魔物を撃退できたようです」


 辺りを警戒していたアンナの報告に私は息を吐きます。

 セシリアも戻ってきて、私の顔を見ました。


「エリーナお姉様!本当にありがとう存じますわ!お姉様とアンナさんが来てくれたおかげで戦況をひっくり返すことができました」

「何とかなりましたわね」


 魔物の襲来は驚きましたが、私は船から見えた戦況を判断して、衛兵に市民の避難と護衛を託してよかったです。

 市民に被害が出ることなく、僅かな手勢で魔物討伐へ命令を下せました。


 上手く指揮が出来てホッとしました。


「それにしてもなんですの?どうして港町に森の魔物が出ますの?塩水に当てれば植物系の魔物は弱るはずでしょ?」

「それは、マーシャル領からですわ」

「マーシャル領?」

「はい。マーシャル領の迷いの森が活性化を始めたようなのです。今は魔物の襲撃も多いチリス領でも、戦闘員を増やして冒険者を募っておりますわ」


 セシリアは、お体こそ小さくはありますが、バトルアックスを振り回して戦う一人の武人です。

 戦闘の指揮はリンシャンには劣るけれど、戦闘技術も高く、この場では頼りになります。


 チリス家の人々は、カリビアン領と同じく海に面しております。

 ですが、商売に生きるのではなく、迷いの森から溢れる魔物の討伐に人員を割いているため、武門の家系として知られております。


「チリスは、ここまで魔物の量が多かったかしら?」


 王国の地理を見れば、マーシャル領からチリス領はお隣ではあった。ただ距離があるので、魔物がここまで来ることは少ない。


 辺境伯家

 二大公爵家

 三大侯爵家

 五大伯爵家


 王国は、それぞれの貴族が領地を管理している。

 領地に存在するダンジョンや資源を自由にして良い代わりに税を支払うのです。


 その中でマーシャル領は、領地がもっとも広い代わりにに魔物の襲撃も多い。

《迷いの森》、《魔王の住処》と呼ばれる二大高ランクダンジョンを有しています。


 本来であれば、ダンジョンから得られる資源は、高級な物が多く莫大な富を得られる可能性を秘めています。

 ですが、二大高ランクダンジョンを攻略出来るほどの人材は少なく。

 管理ではなく、他領を守る防波堤としての役割で税の免除の変わりに、優秀な人材育成を義務づけられております。


 それだけ危険な領なので、冒険者や騎士をいくら鍛えても、防備に当てるだけで精一杯ということです。

 マーシャル領で抑えきれない魔物を、チリス領と辺境伯家でフォローすることで、マーシャル領を支えています。


 辺境伯領の向こうにはアクージ家があり、本来は国境線を守る家だったのですが、貴族派になってからは、王権派との対立も考慮して、辺境伯は全兵力をマーシャルに向けることが難しくなっています。


 マーシャル領と連携を取って、チリス領が人材を送り均衡を保っている状態だったはずです。


「これでは均衡は完全に破られているのではなくて?」

「それは………情けない話ですが、そうですわ。そのため緊急で冒険者や傭兵を募集しております。迷いの森からあふれ出てくる魔物は強いため、一定の強さを持っていない者では対処できないのです」


 私の質問に、苦悶の表情を見せるセシリア。

 故郷に帰ってからは、戦闘を続けていたのでしょう。

 鎧や武器は手入れが必要な状態になっています。


「視察に来たつもりですが、しばらくは滞在しなければいけないようね」

「エリーナお姉様!よろしいのですか?」

「もちろんです。王国の民を助けるのは王族の務め。私がこのタイミングでここに来たのは、意味があったのでしょう」


 リュークに会いたい一心でしたが、仕方ありませんね。

 この状況でリュークに会いたいからとは言えませんわ。

 カリビアン領に手紙を出して、エリーナが来訪していることを伝えれば、リュークは会いに来てくれるかしら?


「エリーナ様。このことを王へ報告をされてはいかがでしょうか?」

「そうね。年越しには戻れなさそうなことも含めて、父上に連絡していた方がよさそうね」


 セシリアには、ムーノお兄様と同い年のお兄様がおられます。

 チリス家の最強戦力と呼ばれるお方で、マーシャル公爵家のガッツ様と仲良くされておられます。

 現在は、チリス領の代表として王都に向かわれているそうなので、実質的に前線指揮官は、セシリアが取っていたのです。


「私が出来ることもあるでしょう。チリス侯爵様にご挨拶をしたら、前線に参加します」

「ありがとうございます!!!エリーナお姉様!!!」


 セシリアは、アレシダス王立学園の一年次を修了したばかりです。

 不安を抱えていたのでしょう。

 いくら年配の騎士たちが補佐をしていると言っても、旗印として前線にあり続ける精神は辛かったでしょうね。


「まずは、侯爵様へのご挨拶。それとあなたは少しお休みなさい。ヒドイ顔をしていますわよ」


 セシリアの前でだけでもお姉様として気丈でいなければなりません。

 ハンカチを取り出して、セシリアの顔を拭いてあげます。


「ありがとう存じますわ!ですが、私が休んでは」

「セシリア。いざというときに倒れることになったらどうするのです?体調を管理するのも指揮官の務めです!」


 私の叱責にセシリアがやっと首を縦に振りました。


 チリス領コーマンの街にて、侯爵様にご挨拶を済ませました。


 個室を与えれて休息を取ると、ここにリュークがいてくれればと思ってしまいます。


 ダメですね。


 戦況の打開を目指さなければいけません。


 次の日から戦場の指揮を執るため、王族エリーナ・シルディー・ボーク・アレシダスがいることを戦場で高々と宣言しました。


 騎士たちを鼓舞することには役に立てたと思いたいです。


 魔物の行軍が、これほどまでに辛いものだと思ってもいませんでした。

 天災と呼ばれる魔物の行軍を目の当たりにして、日々心が折れてしまうのではないかと思うほどです。


 こんな地獄でセシリアは戦い続けていたのね。


 指揮官として、気丈に振る舞っても、日に日に戦況は悪くなっていきます。


 数は暴力………


 増え続ける魔物に、チリス領の兵や冒険者は疲弊して、一人、また一人と倒れる者が増えておりました。


「打開策はないのですか?!」


 苛立ちを表してしまう。

 皆、よく頑張っている。

 戦局が厳しいところへは、私やセシリアが赴いて一時的に打開をしたことも多々あった。


 指揮も限界が近い。


「申し訳ありません。エリーナお姉様。我々にもっと力があれば」


 誰よりも戦場で活躍しているセシリアが謝罪を口にする。

 セシリアが悪いなど、誰が言えよう。

 連日の戦闘で、頬は痩けて、可愛いお顔がやつれてしまって………


「セシリアが悪いわけではありません。こちらの戦力も精一杯耐えています。ですが、マーシャル領側が魔物の行軍を止めてくれないことには!」


 根本的な原因が解決しない。


 日々耐えるだけなのだ。


 いつ終わるのかわからない魔物の来襲。


 騎士たちも疲弊して、戦う気力を失ってしまう。


 カリビアン領や王都から食料や武器などの物資は届いているが、人材が足りない。


「報告します!」


 そんな絶望的な状況に騎士が飛び込んで来て、また救難の知らせかと難色を示すような顔をしてしまう。


「なんです?」

「今度はどこが?」


 入ってきた騎士は目をパチパチと驚いた顔をしていました。


「それが、魔物の行軍が止まりました」

「えっ?どういうことです?」

「いえ、正確には止まってはいないのですが、明らかに緩やかになっております!」

「いったい何が?」


 絶望的な状況で、一筋の光が差したような希望に、私は魔物の行軍から領地を守るために建てれた砦から、外へ視線を向けました。


 そこには、魔物が吹き飛んでいく光景が見えます。


「はっ?」

「なんなのじゃあれは?」


 私の隣で同じ光景を見たセシリアも、同じ感想を抱いたようです。


「わからないのです。ただ、近づくのが恐ろしく」

「わかりました。私が行きましょう」

「エリーナお姉様!私も共に!」

「………わかりました。行きましょう」


 覚悟を決めて、セシリアと二人で魔物の行軍が緩んだ原因を調査に向かいました。


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