第176話 仮面の冒険者

 雪が舞い散る戦場で、一人の武人が闘気を爆発させる。


「ウオォオオオオオオ!!!!!」


 身体が二倍に膨れ上がったように見える武人は、巨大な斬馬刀を普通の剣と同じように振り回して魔物を横薙ぎに切り払う。

 部隊の先頭に立ち、騎士たちを鼓舞する姿は誰もがついていきたくなる背中をしている。


 頼りになる。背中をした人物は、戦場の魔物たちを倒して白い息を吐き出す。彼が剣を振るった場所は、魔物が一掃されて雪すらも溶かしてしまう。


「父上!!!」


 武人を父と呼ぶ声に皆が振り返る。

 リンシャンが真っ赤な鎧を身に纏い、過酷な行軍だったマーシャル領内の苦労など忘れたように武人へ近寄っていく。


「リンシャン! 無事であったか!」


 真っ赤なロングヘアーは獅子のように雄々しく、髭面の巨大な武人がリンシャンを抱き止める。


「はい。我が部隊は、ほとんどを失ってしまいました」

「任務を果たしたのであろう。辛いを思いをさせたな。苦労をかけた」

「いえ、私一人では絶対に成し遂げることができませんでした」


 リンシャンが、百名以上のレベルカンスト軍団へ視線を向ける。ここまで来る間にエナガ隊の十四名もレベルをカンストさせることに成功していた。

 カンスト軍団は魔物を倒しながら、北上して迷いの森の入り口近くまで進軍を続けてきた。

 それは、マーシャル公爵を助けるためであり、ルビーの両親を探すためだ。


 すでにチリスへ向かった魔物は掃討が完了しているはわかっている。

 タシテ君の耳によって知らせが届いていた。


 リンシャンが率いるエナガ隊の調査によって、受け持っていたチリス方面討伐は完了したことになる。


「うむ。よくぞ娘を助けてくれた。其方たちは見たことがない一団だが、チリスからの増援か?」


 マーシャル公爵からの問いかけに一団の視線が馬車へと注がれる。

 姿を見せぬ一団の長の代わりに可憐な銀髪の乙女が馬車から顔を出す。


「お久しぶりです。マーシャル公爵様」

「これは! 王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく! まさか、王女様がこの部隊の指揮を取られているのですか?」


 明らかに、冒険者や傭兵がガラが良いものたちではない。そのような者たちを率いるなどあり得るだろうか? だが、王国騎士団を動かせるほどの権力をエリーナは持ってはいない。

 護衛として数名の騎士は確かにチリスまでついてきていた。だが、アンナ以外の護衛はチリス領においてきていた。


「一応、指揮官は私です」

「一応? ふむ、見たところそちらの傭兵がリーダーか?」


 バッドに視線を止めたマーシャル公爵に、バッドは膝を折って挨拶をする。


「傭兵のバッドにございます。マーシャル公爵様」

「ふむ。貴殿は経験も豊富でレベルも高そうだ。この一団を率いる力量もあると判断できる。どうだ?」

「申し訳ありません。私は傭兵隊をまとめるに過ぎません。我らが大将は具合が悪く。アレシダス王女殿下が代わってご挨拶申し上げます」

「そうか、ここほどの一団を率いる将に会いたかったが、具合が悪いのであれば仕方あるまい。ここまで相当無理をしてこられたのだろう。貴殿ほどの力量を持つものが付き従う御仁だ。相当の手練れなのだろう。感謝を伝えてほしい」


 リュークとしてマーシャル公爵に会うのは、まだ先にしておきたい。リンシャンのことを認めてもらいたいと思う気持ちはある。

 だけど、何も成していないボクでは、まだマーシャル公爵に会うには早い。


「父上。もしも、私が冒険者と結婚したいと言えば許してくれますか?」

「なっ! 何を言っておるのだ? リンシャン、お前はダンと」

「はい。わかっています。ですが、ダンにはすでに恋人ができました。私とはもう」

「うっ、うむ。そうであったな。ダンの人生はダンのものだ。もちろん、リンシャンの人生もリンシャンが決めればいい。しかし、お前には好きな男が……」

「ありがとうございます。父上」


 リンシャンは、マーシャル公爵から離れて馬車へと戻ってきた。


「私は、我が命を助けてくださった冒険者様にこの身を捧げ、生涯を共にしたいと考えております」

「……そうか。ならば、すまないが大将とやら。顔だけでも見せてはくれぬか? 娘の命を救い。マーシャル領内の揉め事を救ってもらったなは心から感謝する。だが、顔も名も知らぬ者に娘はやれぬ」


 怒気と威圧、何よりもボクと同じの気配を感じる。

 ボクはバルニャンに仮面になるように命令をした。

 紫のクマ仮面をつけたボクは馬車を降りた。


「マーシャル公爵におかれましては」


 ボクは馬車を降りて、すぐに膝を折って礼を尽くす。


「其方が大将か? 随分と若く見えるが? 名を聞いても?」

「バルニャンにございます」

「バルニャン殿か、貴殿の冒険者ランクは?」

「SSSと判定結果では出ております」

「なっ! SSSだと! そんな者が存在するのか?我でもSランクとしか表示されぬぞ」

「所詮は、魔道具の検査結果かと」

「うむ。そうであるな。具合が悪いと聞いたが、一手願えるだろうか?」

「父上!」


 リンシャンが止めようとするが、ボクはそれを制した。


「一合であれば」

「うむ。頼む」


 ボクは拳を握り、遥か遠い間合にいるマーシャル公爵と対峙する。

 斬馬刀のような剣を振り回すマーシャル公爵の間合いで、構えを取ったのは礼儀だ。


「ゆくぞ」


 赤い闘気が振り上がり、辺りの雪が溶け始める。

 ボクの身体からも闘気が吹き荒れる。


「見事!」


 互いにたった一合。

 相手に当てることはない。

 それでも、マーシャル公爵はこちらの力量を理解してくれる。


「何か、呪いを受けているようだ。貴殿が万全の状態で戦えたなら……、バルニャン殿。娘をどうかお守りくだされ」


 膝を折ったのはボクの方だった。

 別に負けたわけじゃない。

 それは見えない壁のような、ボクにもまだ越えなければいけない壁があることを感じさせてくれる。


「バル!」


 ボクを抱きしめるリンシャン。

 心配してくれたのだろう。


「大丈夫なのか?」

「ボクは大丈夫だ」

「ボクは?」

「グフっ!」


 次の瞬間、マーシャル公爵は血を吐いて倒れた。


 ここまでの戦いをしてきたマーシャル公爵の方が相当な深手を負っていた。

 それなのにボクに膝を付かせた力量は、ガッツやダンよりも遥かな高みにいることは間違いない。


「父上!」

「エリーナ、皆に野営の準備をさせてくれ。リンシャン。マーシャル公爵の治療に入る。天幕の準備を」

「わかった」


 ボクは、厄介なマーシャル領の環境に苦戦しながら、己が越えなければいけない事象について考えていた。

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