第312話 号外
「号外! 号外!」
夕方に駆け回る瓦版売りから瓦版を購入してボクは目を通した。
城の崩壊と皇王の崩御。
皇王殺しのハク皇太子。
皇王家の皇位継承権を持つ者の相次ぐ不幸。
ここ最近で起きた事件がまとめられた瓦版は飛ぶように売れていた。
目を通したボクはあまりにも様々な事柄が細かくまとめられた内容に、それらの内容について問いかけるため、夜の茶室で人を待っていた。
「お呼びになられんしたか?」
そう言って浴衣を着崩したアオイノウエが姿を見せる。
「ああ、すまないな。忙しい夜の時間に呼び出して」
「ええどす、ええどす。今日は仕事にならんやろうし。城で起きたことがあまりにも大きい事件になってしもうたでありんす」
「そうか。それで? どこまでわかっていたんだ?」
「なんのことやろ? わからへんなぁ〜」
「ユヅキ」
「はい」
茶室に控えていたユヅキが姿を見せる。
ユヅキは二人の間にお猪口を用意して酒を注ぐ。
口笛を吹くと、庭に骸も姿を見せた。
「忍がどないしたんどす?」
「アオイノウエ、お前も忍だな。それも、皇国に一番根付いているハットリ派だよね?」
「バレておったんどすか?」
「お茶屋には情報が集まる。そういう場所にいるものが忍でないと疑わないわけはないだろ?」
「バル様はどこまでもスキを見せへんなぁ〜。それに深慮深いお人やわ。そうどす。私は竜人族であり、ハットリ様の忍でありんす」
アオイノウエが白状したことで、ボクは全ての辻褄が合ったように思える。
瓦版に描かれた情報元。
都合よく現れたトラ。
そして、皇国の現状。
「お前たちハットリ派は皇国を滅ぼしたかったのか?」
ここまでお膳立てされた事柄を考えれば、そう考えずにはいられない。
「……本当にバル様は恐いお人でありんすね」
観念したようにお猪口の酒を口にする。
「キヨイ皇王家は三百年の時を収めはった。それは素晴らしいことどす。ですが、時が流れ優秀だった家も腐っていくでありんす。王族もまともな思考が出来る者が少なくなりんした。せやけど、私らが内から変えようとしても、傀儡として使いやすい皇王を奉りたい者たちに邪魔される。せやから、王国が進軍してきたタイミングで利用させてもらいました」
ハク・キリン・キヨイに正しい情報が伝わらないように。
メイ皇女が暴走するように。
各地の五大老が動きを制限するように。
彼らは上手く情報を操作して、内部から狂わせていった。それをおかしいと思うことすらさせないように巧妙に。
「三代将軍のジュウベイ様、コジロウ様も我々の味方をしてくださいました。ですから、戦場には出ておりません。我々にとってのイレギュラーはバル様。あなた様だけでした」
トラを傀儡として、アオイノウエが飼い慣らそうしている際に現れたボク。その強さにアオイノウエは驚いたそうだ。
「皇国では、トラ様が一番危険な相手だと思っておりした。まともで、強く、優しいトラ様」
直後に奪われた青龍のダンジョン。
計算違いが重なり、逆にそれを利用しようとしたアオイノウエ。
「旧体制を破壊するためには、我々では力不足だったのです。ですが、ココロ様、メイ様、ハク様、そして、皇王様が崩御しました。嬉しい誤算どす」
二杯目を口にして、ホッと息を吐く。
「バル様ならもしかしたら、ハク様を皇太子から引きずりおろしてくれるかもしれない。そんな野心が、このような形になるなんて。我々の悲願は達成されました」
庭に立ち大袈裟に両手を広げるアオイノウエ、そのまま美しい舞を披露する。
月明かりに照らされて、美しく愛らしい姿を見せた。
舞は終わりを告げて、庭へと膝をついて頭を下げる。
「償いは、この命を持って。この体をお好きにしてくだませ。八つ裂きにしようと、犯そうと、毒の沼に飛び込ませようと全て受け入れるでありんす。ただ、今後の皇国にしばしの猶予をいただけないでしょうか?」
覚悟を持った瞳は、本当に全てを受け入れるつもりなのだろう。
「契約しよう。貴様はボクの命令を従うと」
「お受けします」
魔法の契約。
「だが、アオイノウエの命は取らない。すでに償いの命は頂いた」
「えっ?」
「骸」
「はっ!」
庭で待機していた骸が、三つの丸い布を地面に置いた。
「五大老の内、ボクへ従わなかった二人は骸たちが始末をつけた。旧体制を維持していた者たちは、これで全て死に絶えた」
「二人? それでは最後の一人は誰の?」
「お前に沙汰を告げる。お前の手腕は失うのが惜しい。そして、皇国という国を維持するのにトラの血も必要だ。トラと結婚して皇王となるがいい」
ボクは立ち上がって、ユヅキを抱き寄せる。
「なっ!」
「責任を取るということは、今後の国を作る手伝いをすることだ。ただ、言っておく。王になるまでが大変なんじゃない。王になってからが大変なんだ。人は時が経つにつれて腐っていく。お前の言葉だろ? それを腐らせないように維持させることこそが難しいのだ。そのシステムを作れ。それがお前の仕事だ。ボクは善人じゃない。悪役なんだ」
契約の魔法により、アオイノウエはボクの命令に従わなければならない。
皇国は王国に玄武領を攻め取られ、皇王を失い。
民は不信感をもち、未来を示してくれる占い師のココロはいない。
この国は一度滅ぶことになるだろう。
だが、そこから立ち直れるかどうかは、次代の者たちにかかっている。
過去に縛られた者達はもういないのだから。
先人に教えを乞うこともできない。
「あっあぁあぁァァっァァあああ!!」
アオイノウエは、風呂敷に包められた最後の一人を見て泣き崩れる。
彼女が涙を流し後悔する人間である以上は、同じ過ちを犯さないことを祈りたい。
「骸。今後は忍のトップはお前だ。皇国の忍をまとめよ」
「はっ! 最高の名誉をありがたき幸せ」
ある意味で、アオイノウエと骸。
二人の人間に指示を出せる存在として、ボクは皇国という国を手に入れたことになる。
何かをするつもりはないけど、あとは皇国に生きる者達がすることだ。
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