第146話 二年次 剣帝杯 7

 頭を下げるハヤセの元へ王子が近づいていく。


「ハヤセ、朕とリュークの連絡役、ご苦労であった」

「はっ!王子に受けた恩を少しでも返せたなら光栄です。ですが、此度の一件は私欲も含まれており」

「よい、好いた者と幸せになるがよい。我々は全てリュークの筋書き通りにのったのだ。そして………これが勇者か?」


 第一王子ユーシュンの視線が、ひび割れた地面に横たわるボロ雑巾となったダンに向けられる。


「うん、そうだよ。さっき使っていた力を見たでしょ?まだ自分の物には出来ていないようだけど、勇者としての素質は十分だよ」

「力は………な。だが、オツムの方が足りていないように見える。それではガッツと同じではないのか?」


 無表情ながらも、ダンの存在に希望と不安を抱いているのがわかる言葉だ。


「違うよ。ガッツは公爵家として教育を受けてきたからね。本来は、一人で戦うよりも軍の指揮官として、集団を率いた方が活躍するんだ。ガッツは本能で軍を指揮するタイプだから任せてみるといいよ。

 その補佐として、マルリッタは最高の相性だよ」


 ボクはマルリッタにウインクしておく。

 彼女がガッツを好きなことも事前調査で知っていた。


「ダンはハヤセと絆を結んだことで、個人的な力が強くなったんだ。ガッツが軍を統率する将軍なら、ダンは一人で戦況をひっくり返す聖剣の勇者ってことだよ」


 ボクが王子と話していると、呆然としていたガッツが意識を覚醒させる。


「おっ、お前らはグルだったのか?」

「うむ」

「当たり前だろ?」


 ガッツの質問に二人とも普通に応えた。


「意味がわからん。何がどうなっているんだ?」

「だから、バカへの説明はめんどうなんだ。後は王子様に聞くんだな」


 ボクはハヤセを見る。


 ハヤセはボクの切り札だ。


 三人の女性を集め、それぞれがサブヒロインであることを知っていた。その中でもハヤセは特別な存在だった。


《最後の一人である彼女は特殊な存在であり、ボクにとっても一番期待の出来る人物でもある。》


 彼女はゲームのキーマンとして登場する。


 情報屋ハヤセ。


 彼女は。属性魔法によって将来的に情報屋として活躍することになる。幼い頃にダンに助けられた過去があり、女性なのだ。


 ミリル同様、ある事件がきっかけで王都に移り住んだ。

 その際に王子に拾われた。


 ボクはリンシャンを奪った負目で、ダンのことを好きになってくれる人物の情報を考えた。

 思い出した人物こそがハヤセだった。

 彼女はマーシャル領出身者ではあるが、王都に移り住む際に王子に助けられて密偵として働いていた。


 立身出世パート直前にしか現れないレアサブヒロインで、探し出すのが大変だった。


 しかも、本来のルートではサブヒロインとして、攻略の難易度高いキャラなのだ。

 スタイルもよくて、顔を隠しながらもからかい上手なツンデレは人気が高かった。


 ボクは見つけることが出来なかったのだが、カリンがボクが提示した条件からハヤセを見つけてくれたのだ。

 三人を集める前に、ハヤセにはダンの情報を流して交流をもった。

 その際に王子の後ろ盾があることをタシテ君から聞いて、王子との繋ぎも頼んだ。


 ガッツが学園にやって来たのは王子からの返事だった。

 横柄な態度を取ったのもボクの指示だ。

 だからこそ、ガッツの行動も全て知っていた。

 ただ、ボクは王子の代理が出来る騎士を送れとは言ったが、親友のガッツを寄越せとは言っていない。


 まぁ、こうしてハヤセには、三人を呼ぶ前から動いてもらっていたと言うわけだ。


 彼女は将来的に情報集めを生業にして、ダンの手助けをしてくれるお助けキャラになる。引っ込み思案で独占欲が強い彼女は攻略が難しい。


 ある条件を達成していなければ、ダンと絆を結ぶことができない。


 その条件とは………


「ハヤセ、お前の願いを叶えよう」

「……わかったっす。ダン先輩に他の女の人を近づけないでほしいっす。あと他の女子に籠絡させるのを止めてほしいっす」


 彼女は独占欲が強い。

 ダンが誰とも結ばれていない状態で、他の女性から言い寄られるのを阻止(ゲームでは断り続ける)することで攻略条件が満たされる。


「その願い叶えよう。金輪際、ダンへ近寄る女はボクが知る限り全て阻止しよう」


 タシテ君に言っておけば、ダンはハヤセ以外の女性との恋仲は100%発展しない。


 ハヤセルートは、ダンが立身出世パートに入ってヒロインと付き合ってしまえば消滅する。

 ハヤセは単なる情報屋になってしまうと言うわけだ。

 メインヒロインではない特殊なルートになるが、ダンの力は確認できたから十分な相手だ。


「そういうことで、マルリッタ。お前とダンの交際は認められない」

「はぁ?あっ!」


 マルリッタはガッツを意識して慌て始める。


「代わりにガッツをやる。この男は朴念仁で女を知らん。公爵家の令息だから妾にしかなれないが、愛してもらうといい。ガッツ、マルリッタを妾として迎え入れろ。これがボクからの命令だ」

「「なっ!」」


 マルリッタとガッツが同時に声を発して、お互いに見つめ合う。

 頬を染めるマルリッタは嬉しそうだ。

 ガッツも女性と付き合うのは初めてだが、マルリッタの態度に顔を赤める。


 次期公爵家への命令権なんて、持っているだけで物騒だ。そんなものはさっさと使って縁を切った方がいい。


 ガッツの婚姻は公爵家に見合う位の令嬢がなるだろう。

 だが、現在の情勢では貴族派についている貴族が多いため婚姻が進んでいなかった。


 マルリッタは健気で真面目なので、ガッツにとっては良く支えてくれる良縁になるだろう。


「うむ。やっぱり其方が王に」

「ならん」


 未練たらしく言ってくる言葉を一刀両断しておく。


「ボクはならないって言っただろ。ボクの代役は用意した。舞台は王子が整えろ。それと王になれ。あんたには生きて新しい時代を見てほしいって言っただろ?王として勤めてくれ」


 たくさん話して疲れてしまった。


「ボクは【怠惰】なんだ。これ以上働かせるなよ」


 ダンとユーシュンが出会う場は整えた。

 ハヤセとダンの絆も確かめられた。

 ガッツには、尽くしてくれる最高の女性を与えた。


 ハヤセとガッツが、ボクに襲われるというピンチを演出する茶番は、ガッツをボコボコにして、ハヤセがピンチとダンに見せることで、力を引き出させることに成功した。


 実際に使うダンはまだまだ未熟だが、今後の課題も見えただろうから、よしとしよう。


 ボクは満足して特別闘技場を後にした。


 決勝リーグには興味がないから、このまま不戦敗でいいや。

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